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ICT・EducationNo.41 > p10〜p13

教育実践例
授業実践「賢い視聴者・読者になろう」
千葉県立東葛飾高等学校 福島 毅
tohkatsu_joho@yahoo.co.jp
1.はじめに
 私たちの生活には日々,シャワーのようにマスメディアからの情報が降り注ぐ。同時にそれらの情報の何が真実で何が虚構かを迅速に見極める力が必要とされる。
 しかるに,そういった教育が系統的に行われているとは言い難い。そして今,テレビや新聞からの報道を真実のものとして無批判に受け入れてしまう素地が国民的規模でできてしまってはいないか。さらに追い打ちをかけるように,児童・生徒の読解力低下の問題がクローズアップされている。こうしたことを考慮したとき,私はテキストベースの素材をしっかり読み込ませ,討論も取り入れたメディアリテラシーの授業の必要性を感じた。
 本稿は,メディアリテラシーの一環として報道を素材にした情報Aの実践報告である。授業は前任校の松戸市立松戸高等学校において平成20年9月に1学年の国際人文科生徒1クラスを対象に5時間かけて行ったものである。
2.なぜ報道素材なのか?
 今回,報道に関連したテキストベースの素材を使用したのには以下の五つの理由がある。
  • 生徒は,まとまった文章であるテキストを読みこなす習慣が乏しく,物事を感覚的な理解でとどめてしまっている傾向があること。
  • 報道されることを鵜呑みにしてしまうことによる社会混乱,報道のねつ造などの問題が近年多く発生し,またそのことによる被害が実際に出ているということ。
  • 生徒は,マスメディアによる報道は正しいと思い,無批判に受け入れているケースが多いこと。
  • 世界は多様化しており,多様な価値観を受容しつつ自己の主張も行うためには,中立的なものの見方を養う習慣が必要なこと。
  • 新聞を読む生徒が減り,政治や経済,福祉,教育などの社会的な事柄に関心が薄れている。社会参画の気持ちを高めるためには報道資料を積極的に取り上げる必要があること。
 さて,報道素材を扱う時,マスコミから流れる報道が正しいかどうかということを,一次情報を持ちえない私たちが客観的に判断することは難しい。しかしながら,過去の報道において事実誤認やねつ造などがはっきりしたケースが知られている。また「イラク派兵」の問題などに見られるように,マスコミ各社の論評に明確な主張差あるいは微妙な温度差があることの実感も生徒に持たせたい。画像が訴求力を持つメディア社会であるが,あえて活字のメディアをじっくり読み解かせることで,情報発信者の狙いを論理的に解明していく面白さを味わわせたいという思いもあった。
3.授業の流れと実践内容
(1)授業全体の流れ

 この学習の最終目標としては,報道メディアを批判的にとらえられる技術や力を身につけることにある。そのためには,まず生徒に「マスメディアによる報道には伝える側の何らかのフィルターがかかっていること」や「報道の中には事実誤認やねつ造,世論形成や情報操作がありえること」を知らせたい。次にそうしたねつ造が起きる報道の背景について説明する必要があるだろう。そして同じニュースソースについて報道各社や記者により違ったフレーム(枠組み)で報道がつくりだされることを,記事の読み比べによって確認させ,生徒同士が討論することで多様な考え方や解釈があることに気づかせたい。最後に確認テストでまとめるといった授業フローを考えた。

(2)1限目 授業ガイダンス(目的と活動の説明,班編成)

 目的地を知らされずにいきなり旅に連れて行かれたら誰もが不安になる。そこで何時間かのシリーズものの学習を始める時,「この授業は何を目的としたものか,この授業を受けるとどういう力が君たちにつくのか。」といったことを私の授業では特に強調するようにしている。今回行ったメディアリテラシーの学習タイトルを,「賢い視聴者・読者になろう」とし,情報が錯綜する現代社会で賢い視聴者・読者になるためにはどういう態度でメディアに接すればよいのかをテーマとして提示した。また,「君たちが情報を伝える側に立ったとしたら何に気をつけなければならないのかも考えよう。」と投げかけ,全体の授業の流れや作業および評価の観点を説明し,4人の班編成を行った。

授業フロー
▲授業フロー

(3)2限目 マスメディアによる事実誤認とねつ造の例(生徒による調査)

 まず,マスメディアの報道はすべてが正しいものではなく,具体例を元に事実の誤認やねつ造が行われることがありうることを説明した。事実誤認は,警察発表が間違っていたり,取材の裏付けが不十分だったりした結果,真実とは異なる報道がされてしまった事例のことである。松本サリン事件(1994年)において被害者で第一通報者の河野義行さんが犯人と疑われた例が有名である。またねつ造とは,真実とは違う偽りの報道をメディアが意図的に行ったものである。例としては,フジテレビ系列「発掘!あるある大事典」のダイエットに関するねつ造報道(2007年)や朝日新聞珊瑚記事ねつ造事件(1989年)などがある。これらの例を紹介した。
 その後,グループで,最近の事実誤認やねつ造事件がないかをネット検索で調べる実習を行い,ワークシートに記入していった。生徒の検索場面では,たとえば旧石器ねつ造事件(2000年)など,ねつ造自体が問題になった事件を取り上げていた班があったので,今回はマスメディアによってつくられた「報道自体のねつ造」についてクローズアップするようにアドバイスした。

(4)3限目 報道がつくられるまでのプロセスを知り,報道を比較する。

 この授業の前半では『メディアリテラシー媒体と情報の構造学』(井上泰造著)の内容を元に,報道がつくられている現場についての講義を行った。報道メディアの系列,通信社や記者クラブとは何か,テレビ番組の制作,CMと番組の関わり,演出とねつ造の違い,ねつ造が起きる背景などについてプリントを作成して解説した。この部分はWeb検索などによってわかる情報は少なく,報道畑を知っている井上氏ならではの視点が役に立った。また,テレビ局と新聞社の報道体制(系列)については知らない生徒も多く見受けられ,意外性を持っていたようである。
 授業の後半では,報道比較の学習を行った。今回は,生徒が実際に体験している全国学力調査の実施について,行う意義や成績結果の公表に関して書かれた2007年10月25日の記事を読み比べることを行った。読売新聞の論調は全国学力テストを教育改善と学力向上に活かす方向で推進する趣旨を展開し,朝日新聞の論調は学校の序列化につながる,また,調査データに新味がないとして不要論を展開していた。生徒は班で話し合いながら,論調の違いをうまく嗅ぎ取ったようである。さらに追加して,2008年8月30日の両紙の記事の読み比べも行った。こちらは,両紙の論調にあまり差異がないものを提示した。それぞれの記事の主張の違いなどをワークシートに整理し,自分の考えを書いていく作業を行った。

(5)4限目 報道比較のミニ討論

 前の時限の記事の読み比べの個人作業ワークシートを元に,班内でミニ討論を行った。討論については,国際人文科が行っている本校独自の科目「人文基礎」でも行われているので生徒は慣れている。
 全国学力調査について,一つ目の論点は,「全国学力調査を行うことに賛成であるか,反対であるか」とした。記事に基づき,それぞれの立場での主張をまとめ,自分の最終意見を出す。ニつ目の論点は,「市町村や学校ごとに成績を公表すべきか否か」とした。この学習では,自分の主張をまとめるとともに,他人の主張にも耳を傾けて,意見や根拠もきちんとまとめさせたかった。そこで,ワークシートには,自分の意見欄とともに反論意見の双方を書き込めるように工夫した。自分とは異なる意見を尊重しつつ自分の意見を展開する習慣をつけさせたいと考えた。
 下図は,本校図書館においてミニ討論を行ったときの様子である。本校の図書館3階部分は,4人で1組になれるような机の配置になっており,それぞれの机にノートPCがあるので,個人でも作業ができる。討論を進める中で,自分の主張と相手の主張を尊重する大切さが芽生えていったようである。

ミニ討論の様子

ミニ討論の様子
▲ミニ討論の様子

(6)5限目 確認の小テスト(知識確認,小学生の携帯電話に関する事項)

 一連の授業の確認テストを行った。講義でふれた知識の簡単なおさらいとともに,「小学生に携帯電話は必要か」というテーマでの賛成派と反対派を想定したミニ論説を読ませ,自分の意見を書くという小論文形式のテストを実施した。テスト用紙の裏には,今回の授業の感想を書いてもらった。
 なお,参考までに,小学生の携帯電話持ち込みについては,クラス39人中で賛成が20人,反対が19人と,意見はほぼ真っ二つに分かれた。
 今回の講義・演習を終えて,メディアに対して批判的な態度で接するとはどういうことであり,どのような心構えをし,日常生活の中で工夫して情報受信したらよいかを総括する時間がもう1時間あってもよかったように思えた。
 私は,批判的思考については,「はたしてそれは本当か?信憑性があるか?」,「なぜそうなのか?」,「結局何がいいたいのか?」といったキーワードを自問自答しながらメディアに接する習慣をつけることで徐々に身についていくのではないかと思っている。批判的思考を身につけるには普段から些細な問いかけを常に自分にしていくことが大切である。また,批判的とは他人の欠点をあげつらうことではなく,物事に検討を加えて判定・評価・精査する思考形態のことであり,こういったことも正確に教えていける場をつくっていきたい。
4.生徒の授業後の感想
 授業後の生徒の感想には以下のようなものがあった。( )内は人数を表す。
  • テレビなどで流れるニュースでも必ずしも正しい情報が流れるとは限らないことを知った。情報を鵜呑みにしてはいけない。(9)
  • 普段よりもニュースを見るようになった。(3)
  • これほど多くのねつ造があるのに驚いた。(3)
  • ディスカッションは戸惑ったが,たくさんの意見を聞けて良かった。人の意見を聞くことで視野が広がった。(3)
  • ニュースや新聞記事などにあまり大きな影響を受けない方がよいと思った。テレビニュースもあまり動揺しないで見ていきたい。
  • 同じ記事でも記者によって意見が違うことがわかった。なるべくそれらに影響されないようにしたい。
  • 図書室の授業では仲間とのコミュニケーションを取ることが多く,とても難しく感じた。
  • 文章を書く場面が多く難しかった。
  • 新聞を違った角度から見ることができた。
  • ニュースは半信半疑で見ていこうと思う。騙されないようにと考えるようになった。
  • 新聞やテレビにもねつ造があって「今まで信じてきた情報が嘘であることもある」と知ってショックだったし,それならどれが本当なのかと思った。
  • 今回の学習で,異常性が高く悪いニュースほど報道されやすいことを知ったが,そういうニュースの繰り返しだから国民の生活が暗くなる。善いニュースももっと取り上げれば人の励みになると思う。
 これらの感想を読む限りにおいては,おおかた今回の学習目標は達せられたのではないかという感触を得ているが,感想を全く書いていない生徒もおり,他の機会もとらえてスパイラル的に教材提示していく必要があろう。
5.まとめと課題
 インターネットや携帯電話による情報流通が盛んになったとはいえ,テレビ,ラジオ,新聞などのマスメディアが与える影響は依然大きい。私が最近特に懸念しているのは,政治や社会の仕組みとして情報がきちんと批判的に受け取られ,対話によって社会が動いていくダイナミズムが弱くなっているように感じられるということである。それに対して学校教育においても,メディアの素材(特にテキストベースのもの)を厳選して与え,批判的な態度で読ませるといったシーンが必要だと思う。もちろん『現代社会』や『国語表現』といった科目でも重複する内容があるかもしれないが,どの科目で扱うかというよりも,様々な教科で繰り返し扱っていくべきものであろう。
 そして,批判的にメディアを読み解くにはテキストベースの読解力は必須のスキルである。読解力に関して言えば,昨年度末に告示された新学習指導要領においても,すべての教科において読解力の向上が意識されて組み込まれている。このことは,読解力なくしては多様で複雑化した現代社会の問題の本質をとらえることも問題解決に至ることもできないというメッセージに思えるのである。
 今回の実践授業をきっかけに,批判的にメディアをとらえる授業を今後も実践していきたいと思う。
参考文献
・井上泰造著,『メディアリテラシー 媒体と情報の構造学』,日本評論社,2004
・池上彰著,『池上彰のメディア・リテラシー入門』,オクムラ書店,2008
・鈴木みどり著,『新版 Study Guide メディア・リテラシー入門編』,リベルタ出版,2004
・読売新聞論説委員会編,『読売vs朝日 社説対決50年』,中央公論社,2001
・読売新聞論説委員会編著,『読売vs朝日 21世紀・日本のゆくえ』, 中央公論社,2008
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