ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.43 > p1〜p5

論説
言語活動と「情報の科学」
東北学院大学 稲垣 忠
1.ネットワーク
(1)コンピュータからネットワークへ

 ネットワークとコンピュータの主従関係が変わりつつある。コンピュータ上でOSが走り,アプリケーションを経由してネットワークにアクセスする構図から,ネットワーク上にさまざまなサービスやアプリケーション,ストレージまでもが提供される環境が出現した。いわゆるクラウド・コンピューティングと言われる状況である。
 PCは,携帯電話,ゲーム機,テレビなどと同じように,クラウド・ネットワークにアクセスできるさまざまなデバイスの1つにすぎない存在になろうとしている。ワープロ,表計算などかつてのPCの中心的な用途がWebサービス化され,画像や動画もWeb上で配信・共有することを前提につくられている。高速なネットワークをどこからでも使えるようになり,Webを介したユーザー体験が静的なHTMLの閲覧から大きく飛躍し,通常のアプリケーションに近い環境が構築されてきた結果である。コンピュータ単体を取り上げて,「何ができるか」「どう使うか」を問うこと自体が意味をなさなくなりはじめたと言い換えてもよいだろう。

(2)ネットワークが重視された「情報の科学」

 「情報の科学」の新学習指導要領の記述を見ると,現行の情報Bと比較してコンピュータからネットワークに重点が移ってきていることは明白である。内容項目において「情報通信ネットワークの仕組み」「情報通信ネットワークと問題解決」のように具体的に示されているもの以外にも,学習指導要領に記載がある「情報システム」や「サービス」のほとんどがネットワークで結ばれた形で機能していることは指摘するまでもない。さらに,情報モラルの問題として,情報通信ネットワークを使用した犯罪や,情報セキュリティを取り上げることとされている。
 本科目の目標は,「情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解させるとともに,情報と情報技術を問題の発見と解決に効果的に活用するための科学的な考え方を習得させ,情報社会の発展に主体的に寄与する能力と態度を育てる」とされている。ここでの情報技術とは,ネットワーク化されたコンピュータや多様なデジタルデバイスが提供する情報システムやサービス全体を支えるテクノロジと解釈するのが妥当であろう。そしてこれらの情報システムやサービスを効果的に問題解決に活かすための科学的な考え方や,その留意点を学ぶことが「情報の科学」の目指すところと捉えたい。
 本稿では,ネットワークの理解と活用を重視する「情報の科学」において,言語活動の充実という観点から想定される学習活動について私見を述べる。
2.言語活動と情報教育を結ぶために
(1)言語活動と情報教育

 新学習指導要領において改善事項として提案された目玉の一つとして「言語活動の充実」が掲げられている。論理的な思考や相手を意識した表現,伝え合いの手段として言語を活用する場面をあらゆる教科の指導場面に設けるとされている。2008年1月の中教審答申では以下の例が示された。
  • 体験から感じ取ったことを表現する
  • 事実を正確に理解し伝達する
  • 概念・法則・意図などを解釈し,説明したり活用したりする
  • 情報を分析・評価し,論述する
  • 課題について,構想を立て実践し,評価・改善する
  • 互いの考えを伝え合い,自らの考えや集団の考えを発展させる
 言語活動の基礎となる言語事項や読解力を育成する教科として国語科の役割がクローズアップされているが,情報教育も言語活動との関連づけが言及されている。同答申では「情報教育が目指している情報活用能力をはぐくむことは,基礎的・基本的な知識・技能の確実な定着とともに,発表,記録,要約,報告といった知識・技能を活用して行う言語活動の基盤となるもの」とされた。ただし,言語活動はあくまで指導方法を改善する方向性の一つであり,情報教育における情報活用能力の育成のような明確な学習目標ではない点に注意したい。言語活動は各教科を指導する上で意識して指導場面を設定する形で組み込むことになるのに対し,情報教育は学習目標として教科の中に埋め込まれている。
 まとめると図1に示すように,互いの領域がクロスオーバーしたまま,各教科において言語活動が取り組まれる複雑な状況を呈している。これらの関連性を流れとして示すのであれば,
【1】各教科・領域の中から情報教育の目標を取り上げる
【2】情報教育の目標に対応する言語活動を想定する
【3】各教科の指導に想定した言語活動を取り込んだ授業をデザインすることで情報教育の目標を意識的に指導できる

情報教育・言語活動と各教科・領域
▲図1 情報教育・言語活動と各教科・領域

といった手順を想定できるだろう。

(2)「情報の科学」ならではの言語活動

 情報科では,言語活動をどのように位置づけられるのだろうか。新学習指導要領には,言語活動と関連が深いと思われる内容として,「社会と情報」「情報の科学」の両方に,内容の取扱いとして以下の記述が見られる。

  • 生徒が主体的に考え,討議し,発表し合う学習活動を取り入れること

 「情報と社会」では,「情報機器や情報通信ネットワークなどを適切に活用して情報を収集,処理,表現するとともに効果的にコミュニケーションを行う能力を養う」ことが目標として示されている。相手を意識した情報の手段の選択や,効果的な伝達方法を工夫する学習は,まさに言語を伴った活動が想定されうる場面である。(2)の(ウ)「情報通信ネットワークの活用とコミュニケーション」では以下のように記述されている。

内容:情報通信ネットワークの特性を踏まえ,効果的なコミュニケーションの方法を習得させるとともに,情報の受信及び発信時に配慮すべき事項を理解させる。


 「情報の科学」ではどうだろうか。先の図1で示した流れに沿って考えてみよう。前節で述べた通り,「情報の科学」では,情報通信ネットワークに対する理解とそれを活用した問題解決を重視するようになった。ここでは,内容(3)の(ア)「情報通信ネットワークと問題解決」に着目する。内容と内容の取扱いは以下の通りである。

内容:問題解決における情報通信ネットワークの活用方法を習得させ,情報を共有することの有用性を理解させる。
内容の取り扱い:内容の(3)については,実際に処理又は創出した情報について生徒に評価させる活動を取り入れること。アについては,学校や生徒の実態に応じて,適切なアプリケーションソフトウェアや情報通信ネットワークを選択すること。


 情報教育の目標と結びつけて考えてみよう。2009年3月に公表された「教育の情報化に関する手引き」には,高等学校に関する記述は含まれていないが,「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」を体系的に指導するための項目例が示されている。同書を手がかりにするならば,「情報活用の実践力」には,課題解決のための様々な情報源から収集した情報の判断や表現・発信の工夫においてネットワークを活用することが想定される。「情報社会に参画する態度」と結びつけてネットワーク上のサービスの社会的な役割や,それを利用する上での責任,知的財産の尊重などを扱うこともできる。ただし,「情報の科学」の特性を考えると,「情報の科学的な理解」におけるネットワークを用いた問題解決の方法論や,情報活用の評価・改善のサイクルを重視するアプローチを中心に据えた上で,情報の判断,発信する活動や社会的な役割の理解を関連させる方向性を提案したい。
 それでは,問題解決の方法や情報活用の評価・改善につながるネットワークを用いた言語活動とはどのようなものだろうか。
1)リソースとしてのWebの分析・評価
2)評価・改善プロセスへのネットワーク利用
3)伝え合い・共同作業へのネットワーク利用
の3つの例を挙げて,具体的な学習活動を考えてみよう。
3.ネットワークを活用した言語活動例
(1)リソースとしてのWebの分析・評価

 辞典・辞書,検索サービス,ショッピングサイトなど,Web上で利用できるサービスの多くは,バックエンドにデータベースがある。ユーザーはWebに表現されたインターフェースを通してデータベースにアクセスし,その結果を利用している。問題解決のための情報源(リソース)として複数のWebサービスを対象とし,それらを利用する際に,データベースの構造やアクセス方法を分析・評価する活動を設定することができる。
 具体例で考えてみよう。風邪に負けない,運動に適した体をつくる,適度なダイエットなど健康に生活するための食生活改善プログラムを考える問題解決を行うとする。利用できるデータベースには,食品成分データベース,カロリーの示されたレシピ集などが考えられる。生徒はデータベースに収録されている項目には何があるのか,どのような検索方法が可能なのかを分析し,自らの問題解決に最適なデータベースの選択と使用方法を判断することが求められる。Webサービスとしてデータベースを提供しているのはどのような組織や企業か,何のためにサービスを提供しているのかを考えることで,情報サービスの社会的な意味や役割を理解した上で問題解決にデータベースを活かすことができる。
 言語活動としてこの実践を行う際に重要なことは,問題解決の結果ではなく,解決プロセスを言語化することである。
  • 健康のどのような側面を問題とするのかテーマをグループで討議して決定する
  • 対象とするデータベースにはどのようなメリット・デメリットがあるのか分析した結果を表やレポートにまとめる
  • グループ間で解決結果をプレゼンテーションする際には,どのデータベースをどのように用いたのかを含める
などの方策が考えられるだろう。

(2)評価・改善プロセスへのネットワーク利用

 問題解決はPDCA(Plan:計画・Do:実行・Check:評価・A:改善)のサイクルで一般的に表される。教師がお膳立てしたサイクルの上で漫然と活動するのではなく,生徒が主体的・自覚的にサイクルを回すことが重要である。
 将来就きたい職業について調べ,その職に就くためのプランを立てる実習を考えてみよう。本来的には実際にその職業に就けたかどうかが評価であり,就けなかった場合の対策を考えることが改善であるが,ここではプランの問題点を評価し,プランの精度を高めることを評価・改善と位置づける。
 職業調べでは,調べる内容と方法は多岐に渡る。その職業は具体的にどんな仕事をするのか,高校卒業後にどんな進路をとるべきか,取得しておきたい資格や必要な免許は何か,そのためにどのような学習・経験が要求されるのか,それに自分がいつ頃,どのような方法で取り組むのか,ひるがえって今現在できることは何か。Web上のリソースだけでも,関連する企業のWebサイトを調べる,資格に関する情報を調べる,実際にその仕事に従事する人のブログやコミュニティを探す,業界動向をまとめたものや統計資料から将来性を分析するなど,膨大な情報から自分にとって有用なものを選びとり,情報の信頼性を吟味・判断する学習は,まさに情報を分析・評価する言語活動である。
 問題解決のプロセスを言語化することが重要である点は先ほどの食生活のプロジェクトと同様であるが,特に評価・改善を支援する手段としてディジタル・ポートフォリオが挙げられる。専用のソフトウェアも多数開発されているが,サーバ環境の構築・運用を学校側で負担せずに,クラウドを利用して手軽にはじめることができれば,短期間の実習でも取り組みやすい。ASP(Application Service Provider)型で提供されているe-learningシステムや,一般的なブログサービスを利用することもできる。その際,単なる活動記録に終わらないような工夫をしたい。チェックリストで進捗状況を整理し残された問題を確かめる,情報源の信頼性や多様性を評価する指針を与えるなど,生徒自身の手で自らの活動を評価するための道具立てをテンプレートとして提供し,ワークシートのように書き込んだ結果をブログの投稿記事として蓄積させるなどの方法が考えられる。
 ブログの場合,コメントやトラックバックを有効に活用することで相互評価を行い,改善の指針を発見させることもできる。情報モラル指導の観点からは個人情報の扱いや誹謗中傷を避けるなど,慎重な運用を心掛けたい場面ではあるが,教師の目の届く範囲で利用する,他学年,保護者など外部の目を取り入れるなどの工夫をし,ネットワークの良さを生徒が経験できる機会としたい。

(3)伝え合い・共同作業へのネットワーク利用

 グループで考えを練り合い,発展させていく活動にネットワークを利用する場面を取り上げる。環境,地域社会などテーマを決めて調査をする,映像,Webなどの協同制作,旅行計画の立案など,現行の情報A,B,Cにおいても多様なグループワークが取り入れられてきた。「情報の科学」でのネットワーク活用は,情報共有の有用性に気づかせることや,創り出した情報を評価する機会を設けることとある。評価については前節のブログやディジタル・ポートフォリオの活用が考えられるが,情報共有の手段そのものを分析的に捉え,その有用性や問題点を考える機会を設けることを意識したい。
 ネットワーク上で共同作業を行うには,共有フォルダや電子メール,電子掲示板を使った非同期な方法以外に,ドキュメントの同時編集が可能なWebサービスや,共有ホワイトボード,テレビ会議などの同期型サービスの活用も考えられる。共同で問題解決に取り組むにあたり,どのようなコミュニケーションが必要で,そのために適切な情報共有の仕方はどのようなものなのかを考え,学習環境の構築に生徒自身が関わることで,その有用性や限界を経験的に理解することができる。
 グループ活動のマネジメントを支援するツールとして,グループウェアを活用してもよいだろう。ToDoリストを共有したり,ガントチャートで役割ごとにスケジュールを確認したりすることで,共同作業のプロセスを評価・改善する活動につなげることも期待できる。
 言語活動を充実させる上でネットワーク上での共同作業を取り入れるメリットを2点指摘しておきたい。1つは,他のクラス,他の国内や国外の交流校,あるいは地域人材や専門家など多様な相手との共同作業が実現することである。豊かな言語活動を創り出すためには,問題解決の目的意識とともに,どのような相手と共同し,誰に伝えていくのか,といった相手意識を高めたい。自分たちのことを知らない相手に対して言葉を尽くして説明すること,異なる地域や文化,意見や考え方の異なる相手を説得したり,互いの合意点を見つけたりするためには言語の運用能力とともに,情報の科学で培いたい,情報に対する判断力や分析力が求められる。もう1つのメリットは,ネットワークのコミュニケーションは記録を残しやすいことである。電子メールや掲示板,ブログだけでなく,Wikiのような共同作業を支援するサービスにも履歴を残す機能が備わっている場合が多い。教師にとって評価の材料にできるだけでなく,生徒自身が自らの言語活動の振り返りを行う場として活用することもできるだろう。
4.おわりに
 ネットワークに重点が置かれるようになった「情報の科学」における言語活動の取り入れ方について考察した。情報教育との役割関係を検討した上で,「情報通信ネットワークと問題解決」に着目し,リソースとしてのWebの分析・評価,評価・改善プロセスへのネットワーク利用,伝え合い・共同作業へのネットワーク利用の3つのアイデアを示した。それぞれに利用できるネットワークサービス,問題解決場面の設定,言語活動として質を高めるための方策を検討したが,内容例そのものはいずれも現行の情報A,情報Cで行われてきた活動である。「情報の科学」として取り扱うためには,問題解決プロセスを生徒が意識化する場の設定や,ネットワークサービスを分析的に吟味した上で利用する,といった観点から見直しを図ることで対応できるのではないだろうか。
 OECDの国際成人力調査(PIAAC)を日本でも2010年に実施するというアナウンスがあった。16歳以上65歳以下を対象に,読解力,数学力,ICTを活用した問題解決能力を評価するとされている。調査方法として調査員がノートPCを持ち込み,PC上で調査問題を解答する形式も興味深い。対象者には高校生も含まれるが,「情報の科学」を通じて育成されるのは,まさにICTを活用した問題解決能力である。結果によっては第2の「PISAショック」も予想される。問題解決を正面から扱う「情報の科学」に世間の注目が集まるのも案外早いのかもしれない。
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