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ICT・EducationNo.44 > p1〜p5

論説
小学校段階からの情報教育について考える
玉川大学 堀田 龍也
1.はじめに
 我が国の情報教育のカリキュラムは,中学校段階での技術・家庭科(技術分野)の「情報に関する技術」,高等学校での教科「情報」を核としつつも,全教科・領域等において広く情報活用能力を育成するという分散カリキュラムとなっている。特に小学校段階には,情報活用能力の育成を専門に担う教科・科目が存在せず,各教科・領域等に情報教育の教育内容が埋め込まれている。
 高等学校の教科「情報」の学習指導を検討する際,小学校および中学校でどのような情報教育を受けてきたかを無視することはできない。本稿では,情報活用能力の育成を専門に担う教科・科目が存在しない小学校段階の情報教育についてレビューすることを通して,高等学校の教科「情報」における学習指導の一助としたい。
2.小学校段階での情報教育の歴史
(1)情報教育が始まった頃(1980年代後半)の考え方

 我が国では,1985年の「情報化社会に対応する初等中等教育の在り方に関する調査研究協力者会議」の「第一次審議とりまとめ」から情報教育が体的に検討されることになった。文部省が平成2年(1990年)に発行した「情報教育に関する手引」には,小学校段階の情報教育について,次のような記述がある。

「小学校段階では,人格形成の基礎を築く段階であり,基礎的・基本的な内容を確実に習得すること,自己意識を育てて個性の芽を出すこと,そして集団生活の中で社会化を促進すること等がとりわけ重要である。したがって,情報教育やコンピュータ等の利用については,それらが正面に据えられるのではなく,小学校教育本来の目的達成に向けた学習活動の中で,ごく自然な形で取り入れ,日常化していくような道を探るべきであろう。すなわち,小学校では,コンピュータの仕組みや機能について理解させたり,コンピュータの操作そのものを目的にした指導を考えたりすることは,いささか時期尚早と考えられる。むしろ,コンピュータに触れ,慣れ,親しませることを第一のねらいにすべきである。」

 このことからも,我が国の情報教育における小学校段階の位置は,教科等における基礎的・基本的な学習内容の獲得や,自己形成,社会適応などが優先される中で,コンピュータなどに触れ,慣れ,親しむ程度でスタートしたことがわかる。

(2)現在の情報教育の枠組みが作られた頃(1990年代後半)の考え方

 ところが,情報教育がスタートしておよそ10年の間に,世の中の情報化は急速に進行し,情報化に対応した教育の必要性が叫ばれるようになっていった。1996年,第15期中央教育審議会は中間答申を提出した。同答申の「情報教育の体系的な実施」の節には,小学校段階での情報教育として次のような記述がある。

「小学校では,各教科において,創作・表現活動,調べ学習,探究的な学習などにおいて,学習活動を豊かにする道具としてのコンピュータの活用を図りながら,コンピュータに慣れ親しませるようにしていくことが必要である。学校や地域の実態等に応じ,「総合的な学習の時間」を活用して,コンピュータに触れながら,どのように活用できるかを体験的に学習できるようにすることも意義のあることである。」

 この文言からもわかるように,かつて1980年代後半では,小学校段階ではコンピュータには慣れ親しむ程度でよく,それ以前に基礎基本の徹底や社会性の育成などが重要であるとされていた考え方が,1990年代後半になって,むしろ子どもたちが主体的な学習活動を行っていく中にコンピュータを取り入れ,積極的にコンピュータ利用体験をさせる中で道具としてのコンピュータに触れ,慣れていくという考え方に変わってきたのである。
 同時に,この答申では,次の重要な指摘もなされ,いわゆる情報化の影に対する教育についても配慮することとなった。

「なお,情報に関する教育の推進に当たっては,人間関係の希薄化や実体験の不足の招来など,情報化が児童生徒に与える「影」の部分に十分留意することが望まれる。」

 第15期中央教育審議会の中間答申を受けて,文部省は「情報化の進展にともなう初等中等教育における情報教育の在り方に関する調査研究協力者会議」を組織し,情報教育の目標などについて詳細に検討した。その結果,情報教育の目標は,「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」に整理された。
 同協力者会議の第1次報告では,今日における情報教育の定義と,その小学校段階での学習指導の方針について具体的に提言している。

「小学校段階から各教科等の学習内容や教科等の枠を越えた総合的な学習課題を題材として育成されることが望まれる。その際,徐々に教員主導から子供主体へという展開が重要であり,学校図書館やコンピュータ教室などを活用しながら,学習活動や活用する情報手段の範囲を広げたり,深めたりしていくことが望まれる。また,学校・学年段階が進むにつれて,ある共通の課題について個人あるいはグループ別に異なる方法で解決を行い,その結果を相互に比較することがより重要になる。」

 このことから,子どもたちの主体的な学習活動のさまざまな場面で情報手段(ここではコンピュータや情報通信ネットワークを指している)が利用され,それらを道具として使いこなしながら問題を解決していくという姿が求められていることがわかる。

(3)今日の学習指導要領が策定された頃(2000年代後半)の考え方

 2000年代後半には情報化はさらに進展し,児童生徒が情報手段を用いる学習活動は,各教科等でも広く見られるようになった。また,ケータイの普及により,情報モラルが多く話題となった時期でもあった。
 2000年代後半に策定された小学校学習指導要領では,小学校卒業時点で,コンピュータやインターネットなどICTの「基本的な操作」を確実に身に付けておくべきとの考え方が示された。小学校学習指導要領解説総則編には「慣れ親しませることから始め」とあるように,低学年の段階でICTを身近な道具の一つとして体験することが示されている。また,「キーボードなどによる文字の入力,電子ファイルの保存・整理,インターネットの閲覧や電子メールの送受信などの基本的な操作」の習得に取り組み,小学校段階で「確実に身に付けさせる」ことが必要とされている。これは,各教科等で「情報手段を適切に活用できるようにするための学習活動」を行うための基礎となるスキルであると考えられていることを示している。
 また,「情報モラルを身に付け」ることも示され,道徳をはじめ,伝える学習活動が多い国語科,インターネット等で調べる学習活動が多い社会科,知的財産を扱うことが多い実技教科等で情報モラルにあたる学習指導を行うことが示されている。
 情報教育の内容が学習指導要領に明記され,教科書等にも明確に記載されることとなったことは,情報教育の歴史から見ると大きな進歩である。
3.これからの情報教育の方向を考える
(1)当時の政策が予測できなかったことがある

 ここまで,我が国の小学校段階における情報教育の考え方の変遷を見てきた。
 現段階での初等中等教育における情報教育の政策的根拠は,先に示した「情報化の進展にともなう初等中等教育における情報教育の在り方に関する調査研究協力者会議」によるものであり,今日までにすでに10年以上が経過している。情報社会の急速な変化を見越しての政策立案だったとはいえ,予測できなかった現状もある。
 たとえばその1つが携帯電話の爆発的な普及である。インターネットの普及については,十二分に予測されていた。ネットショッピングの普及も,匿名性によるネット上の問題も,これらに対応するための情報モラルも,ある程度は当時から教育内容に組み込むことができていた。しかし,ケータイの普及が情報教育に与える影響は,当時のイメージよりはるかに大きかった。情報教育の一部は,情報社会における生活論の側面を持つ。高校生への普及率が95%を超え,コンピュータのキーボード入力と同じようにケータイへの入力インタフェイスに完全に適応する彼らに対する教育内容を,情報教育の施策において当時の段階で十分に想定できていたとは言えない。
 ケータイやインターネット上の掲示板を介して起こる,小学生や中学生を巻き込んだトラブルの日常化は,具体的に想定できなかったことの1つである。このようなトラブルをコミュニケーション能力や心の教育の問題にすり替えても,それがメディア経由で引き起こされている現実を直視した時,情報社会における生活論の側面を持つ情報教育がまったく責任をとらないでいられるわけではない。社会も,その解決を情報教育に期待する。
 文部科学省による現行の情報教育の定義と,現在の子どもたちの現実と照らし合わせた際のズレは,情報手段をコンピュータとインターネットに限定していたことにあると筆者は考えている。確かにコンピュータやインターネットは,情報社会の社会基盤となる重要なものである。しかし,それらはすでに生活の中に十分に組み込まれ,子どもたちの中でもあまりに日常化している。ケータイにもコンピュータが組み込まれインターネットとつながっているのだという「仕組み」の話よりも,どんな曲がダウンロードできるからどのメーカーの端末にするかといったコンテンツの「流行」の話に児童生徒は興味を持つ。友だちから届いたケータイメールにはすぐに返事を書くのが彼らのルールになっているなどの「作法」に,彼らは真剣に適応しようとする。当時の協力者会議の答申には,「必要最小限の基本操作の習得にも配慮する必要がある」とされているが,コンピュータで任意のソフトウェアの起動や終了はもちろん,少なくともキーボード入力や電子メールまではほぼ常識化している現状である。子どもたちはすでに,当時の協力者会議の想定した段階を超えている。

(2)情報教育をコンピュータに矮小化しない

 岡本(2000)は,教育におけるコンピュータの活用について,「Through〜教科における教える道具としてコンピュータの活用(CAIなど)」「With〜コンピュータを道具とした活用」「About〜情報そのものについての人間・社会・科学的な学習」の3つに分類している。我が国の教育の情報化に関する施策は,1つめの柱である教師の教授手段としての教科におけるコンピュータ活用が岡本の言う「Through」に,児童生徒が道具としてのコンピュータを活用することを含む学習活動が「With」に,情報の科学的な理解や情報社会に参画する態度の育成などが「About」にあたる。
 岡本(2000)は,教育におけるコンピュータの活用についての3分類であった。筆者は,「コンピュータ」を「メディア」と読み替えてみることを提案したい。「メディアはメッセージである」というマクルーハンのメディア論,ICTのCはcommunication,すなわちICTは人と人をつなぐのだという昨今の情報技術に対するとらえ直し,コンテンツ時代の到来,ネットショッピング等による詐欺事件,ネット中毒や引きこもりの問題など,「コンピュータ」を「メディア」と読み替えるだけで,さまざまな教育内容が視野に入ってくる。これらの教育内容は,いずれも情報社会における生活論として,学ぶべき現実である。
 岡本(2000)における「コンピュータ」の記載を「メディア」に置き換えると,「Through〜教科における教える道具としてメディアの活用」には,文部科学省による施策の他方の柱である「わかる授業のためのICT活用」やNHK学校放送番組を活用した放送教育などが含まれることになる。「With〜メディアを道具とした活用」には,コンピュータの道具としての活用以外に,デジタルカメラを使った静止画・映像等の活用や,模造紙等を使ったプレゼンテーションなどの学習活動が広く含まれる。「About〜メディアについての学習」には,情報を扱う情報手段がコンピュータだけではないために,例えば,マスメディアによる報道の仕組みなども学習内容に含まれることになる。
 多くのメディアがデジタル化し,放送と通信が融合する今日,情報教育の範囲を「コンピュータ」から「メディア」に明示的に拡張することは,情報教育を生活論や社会理解により近づけていくための必然である。筆者はこの考え方を「メディアとのつきあい方学習」として提案した(堀田2004)。
4.小学校段階での情報教育の学習指導のポイント
 以上のように情報教育の定義を拡張してとらえ直した。これを受け,新学習指導要領における小学校段階での情報教育の学習指導のポイントは,次の通りに整理できる。

(1)多様な情報の中で情報を主体的に選択・活用する体験をさせること

 情報社会では,情報は大量であり多様である。そのため,自分なりに目的意識を持ち,主体的な態度で情報に向かう態度を養うことが大切になる。
 低学年段階では,友だちのそれぞれの考え方には違いがあり,いろいろな考え方や学び方があることを感じさせたい。中学年段階では,情報を集める方法として直接体験的な行動以外に情報手段を活用できることを多様なバリエーションで体験させたい。高学年段階では,情報の種類と情報の入手方法の組み合わせについて検討させたい。
 これらはいずれも,学習者が直接情報に触れ,自分で判断する場を用意することが望ましい。低学年から高学年に向かうに連れて,次第に自己判断の割合を高くするよう設定していくようにする。

(2)メディアの多様な活用を体験させること

 情報を集めるにはインターネットが便利であるが,すべての情報をインターネットで集めるような形にならないよう配慮し,旧来のメディアと積極的にクロスオーバーさせることが望ましい。身近な体験から得た情報と,メディアを経由して得た情報を積極的に組み合わせるようにしたい。
 「情報活用の実践力」では,「課題や目的に応じて情報手段を適切に活用すること」が求められている。これは,課題意識を持って活動している際にさまざまなメディアを利用させ,自分自身でその「適切さ」を判断できるように繰り返し体験させていくことが望ましい。

(3)メディアが道具に見えるように演出すること

 情報教育で求めている能力は,溢れる情報の中で情報を主体的に選択・活用できる能力である。コンピュータは,それらの情報を取り寄せたり,並べ替えて整理したり,必要なものを検索したり,再利用したりするための「道具」である。
 このことから,小学校段階において情報教育を行う際には,単にコンピュータに触れて楽しむだけでは不足していることがわかる。
 情報教育の場面でのコンピュータ利用には,操作を教えて作品ができたら終わりというような本質的な誤解がある。コンピュータの操作が生活のどのような場面で役立つのかということや,コンピュータを使って何かを作る活動や,時にはコンピュータを使わない方が便利なこともあるということを体験的に学ばせることこそが重要である。

(4)情報の扱い方の基本を習得させること

 ビジネスパーソンには,KJ法は常識的な問題解決の手法として知られている。しかし,KJ法を使って表された生産物は,どれ1つとして同じものにはならない。それはKJ法を使う人たちの問題意識,解決案が異なるからである。KJ法はこれらを整理しやすくするための「型」に過ぎない。
 情報教育の学習指導では,児童生徒に「型」を教えることを嫌う風潮がある。筆者は,児童生徒が自主的に活動するためにこそ,特に小学校段階では一定の「型」を教えることを躊躇してはならないと思う。小学校中学年から高学年にかけては,プレゼンテーションの基本スタイル,付箋紙を使った情報の整理法,情報を表やグラフにする際の考え方,手紙やメールの書き方などをしっかり教えておくことが情報教育として重要だと思うが,これらのことは新学習指導要領にもまだ明示されていないことである。

(5)情報の発信・受信の基本的ルールを身に付けさせ,影に留意させること

 メディアを活用しても,その向こうには人間を感じるようにさせたい。例えば電子メールを送ることやホームページで表すことは,人間対人間のコミュニケーションの延長としてとらえさせたい。
 ただし情報社会では,必ずしも相手の顔が見えるわけではない。知り合うことのできる範囲が情報化によって飛躍的に広がる反面,そこでは顔を知った仲でのつきあい方と異なるルールも求められる。高学年では,学級での情報交換の違いなどについて比べる学習も必要である。
 インターネット上には実に多くの情報があり,それは必ずしも正確ではない。マスコミの報道も,必ずしも全体を伝えているわけではない。情報が流通するとき,そこには途中に入った人やメディアによって必ずゆがみや欠落が生じる。これらは常識である反面,きちんと教えられることは少なかった。高学年段階では,児童が情報の発信者になることを通して情報モラルについても体感させるよう指導していかなければならない。
参考文献・引用等
・文部省,「情報化社会に対応する初等中等教育の在り方に関する調査研究協力者会議第一次答申」,1985
・文部省,「情報教育に関する手引」,1990
・文部省,「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」,第15期中央教育審議会第一次答申,1996
・文部省,「情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて,情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議最終報告」,1998
・文部科学省,「小学校学習指導要領」,2008
・文部科学省,「教育の情報化に関する手引」,2009
・岡本敏雄編著,『インターネット時代の教育情報工学1−ニューパラダイム編』,森北出版,2000
・堀田龍也著,『メディアとのつきあい方学習』,ジャストシステム,2004
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