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ICT・EducationNo.46 > p22〜p25

海外の情報教育の現場から
中国の情報教育の状況
—内蒙古自治区を中心に—
三重県立津商業高等学校/内蒙古師範大学招請研究員 世良 清
1.はじめに
 中国における技術教育は,これまで「手工」「労働技能」という名称の授業が小中学校で行なわれてきたが,基礎教育課程改革に従いコンピュータの授業が導入されることになった。中国教育部は2001年に「基礎教育課程改革綱要(試行)」を発布し,本格的な基礎教育課程改革を始めた。教育課程改革は義務教育から段階的に進められ,2004年からは普通高校でも進められている。
 普通高校では「通用技術」「情報技術」という新しい科目が設置された。これは小中学校の技術教育から発展した高校向け技術教育として,基礎教育の面で重要な役割を果たすと期待されている。これら2科目の教科書は,日本の工業高校の教科書に匹敵するほどの内容であり,それが普通高校で使用され,授業が展開されているということは,中国の技術・情報教育の水準が日本のそれを遙かに超える可能性があると思われる。
2.中国の義務教育の状況
 中国教育部は小中学校各学年,各学科課程の内容の有機的な関連をいっそう強化しており,基礎教育課程計画を全面的に実行し,総合実践活動を厳格に行なうこととしている。
 中国ではこれまで,地方設定教科(各地方と学校が決める学校課程)の授業数と総合実践活動(労働と技術教育を含む)の授業時数が,合わせて総授業時数の16〜20%を占めていた。内蒙古教育庁が2009年9月に発布した「内蒙古自治区義務教育課程計画(試行)※注1」を見ると,各学年の労働と技術教育は1週間の授業数(30〜32時数)に相当する。日本の技術・家庭科分野に相当する教科は,中国の小中学校では小学校3年生から始まり,小学校では各学年30時数で,中学校では各学年32時数である。
 共同研究者である単が受けた1993年から2002年までの内蒙古自治区蒙古小学校及び蒙古中学校の教育課程を表1に示す。また,2001年11月に中国教育部が発布した「義務教育課程設置実験方案※注2」に基づく新しい教育課程を表2に示す。教育課程のなかにコンピュータが組み込まれているのがわかる。

  学年

123456789
モンゴル語
  中国語
算数
体育
音楽
  自然・社会地理・歴史・生物
  物理物理
  化学
 英語
▲表1 10年前の中国内蒙古自治区の小中学校の各教科の設置

   学年

123456789
モンゴル語
中国語
品徳と生活思想品徳
 科学科学(生物,物理,
化学を選択)
数学
体育体育と健康
芸術(あるいは音楽,美術を選択)
総合実践活動(労働技術,コンピュータなど)
地方設定教科
 外国語
▲表2 現在の中国内蒙古自治区の小中学校の各教科の設置
3.高校での技術教育
 普通高校では職業高校とは異なり技術に関する授業はこれまでなかったが,高校の課程改革で新しい学習領域として導入され,その科目として通用技術と情報技術が設置された。この学習領域は,小中学校の技術教育から発展し,「将来の社会の構成員としての基本的な素養の教育,人間の潜在能力を引き出し,思考の発展を促進する教育で,すべての人が受けるべき教育」とされている。これまでに全国の19省市にある普通高校をモデル校として導入され,2010年秋の新学期からはすべての普通高校で開設される。
 内蒙古自治区では2009年からモデル校で通用技術が導入されてきた。2010年からは盟市所在地(地方首府)の普通高校に導入され,2011年からはすべての普通高校で開設される見込みである。「技術領域の設置及び技術リテラシー目標の確立は課程構成の大きな変革であり,労働技術教育の発展の歴史的な改善が実現でき,創新精神と実践能力を持つ新しいタイプの人材の養成,子どもたちの発展と民族復興にも大きな意義がある」(吉日,2010)と考えられている。

(1)普通高校の課程

 2003年3月に中国教育部が発布した「普通高校課程方案(実験)※注3」によれば,普通高校の学制は3年であり,1年は52週で,そのうち授業時間は40週,社会実践1週,休み(夏冬休み,祝祭日農繁期の休みを含む)は11週である。2学期制で学期ごとに2段階で授業を配分する。段階ごとに10週,そのうち授業は9週,復習と試験で1週である。さらに各段階は2つのモジュールからなる,1つのモジュールは,通常36時数で,普通は4週の時数で配分する。
 生徒は1つのモジュールを学習し,評定を経て2単位を取得できる。技術の必修単位は情報技術と通用技術でそれぞれ4単位ずつである。
 卒業単位については,生徒は各学年各学習領域で必ず一定の単位を取得しなければならない。3年間で116必修単位を取得とする。ただし,総取得単位が114単位に達すると卒業が認められる。

(2)通用技術の内容

 通用技術は,「生徒の技術リテラシーを高め,全面的に,十分に個性的な発展を促進すること」を基本目標としている。さらに,情報の交流と処理,技術の設計と応用,基礎的な技術実践能力の発展に力点を置き,生徒の創新的精神,創業意識と一定のライフプランニング能力を養うことに努めるとされている。
 教育内容は9個のモジュールから成り立っている。そのうち,「技術と設計1」,「技術と設計2」は必修である。そのほかは選択モジュールである。
 必修モジュールの「技術と設計1」は高校1年1学期で開設し,「技術と設計2」は「技術設計1」を修了後に開設する。さらに7つの選択モジュールがあり,生徒は必修モジュールを修了後,興味と条件に合わせて選択できる(表3)。

 モジュール開設年次単位

技術と設計11年次1学期2
技術と設計2技術と設計1修了後2

電子制御技術2年次各2
建築及び設計2または3年次
単純なロボットの製作2または3年次
現代農業技術2または3年次
家政と生活技術1または2年次
服装及びデザイン2または3年次
車の運転及びメンテナンス2または3年次
▲表3 通用技術の各モジュール

 通用技術の各モジュールは幾つかの学習主題で構成される。必修のモジュールを修了して得られる4単位は高校を卒業する最低要件である。その上で自分の興味と希望する職種や進学などの必要に応じて選択モジュールを履修する。普通科以外の工科,農科の高校生は必修の4単位を取得した後,更に4単位を選択することができ,合計8単位を取得することが望ましいとされる。

(3)情報技術の内容

 情報技術には,必修モジュール「情報技術基礎」と選択モジュール「アルゴリズムとプログラミング」,「マルチメディア技術の応用」,「ネットワーク技術の応用」,「データ管理技術」,「初歩の人工知能」の5つのモジュールが設置されている(図1)。情報技術は生徒に対して2+2+(x)を必修単位として要求している。4単位の修得は高校を卒業する最低要件である。そのうち,必修モジュール2単位と選択モジュールのうち1モジュール2単位が必修である。その上で理科,工科系の高校生は更に(x)に当たる単位を選択することが勧められている。

情報技術の各モジュール
▲図1 情報技術の各モジュール

 必修モジュールの「情報技術基礎」は高校1年の1学期に開設することが勧められている。このモジュールは図2の主題で構成される。

情報技術基礎の内容
▲図2 情報技術基礎の内容

 選択モジュールは高校1年2学期かそれ以後に開設することが勧められている。このうち「アルゴリズムとプログラミング」は数学のカリキュラムの一部と関連するので,高校2年1学期以後に開設すべきとされている(図3)。

選択モジュール:アルゴリズムとプログラミングの内容
選択モジュール:マルチメディア技術の応用の内容
選択モジュール:ネットワーク技術の応用の内容
選択モジュール:データ管理技術の内容
選択モジュール:初歩の人工知能の内容
▲図3 情報技術各選択モジュールの内容
4.高校情報技術課程の理念
 「普通高校技術課程標準(実験)第二部情報技術」では高校情報技術課程の理念として,次の6点を明確に打ち出した。即ち情報リテラシーを高め,

1)情報化時代に適合する公民の育成
2)良好な情報環境
3)生涯学習のためのプラットフォームの作成
4)生徒全員向けの特徴ある情報技術課程の構築
5)問題解決を強調し,情報技術を利用した創新実践の提唱
6)交流と協力の重視,健康な情報文化を共に構成すること

 これらは高校情報技術課程の価値を多面に説明している。
5.日本と中国の技術・情報教育の比較
 日本の中学校の技術教育では,主として生活に必要な基礎的な知識を教えている。また,教科書の内容は中学生が学習するには易しい内容で,中学3年間しかない。一方,中国では,ものを作り出すための技術を教えている。また,教科書の内容は日本の工業高校で学習する内容で,普通高校でも技術教育が行われている。
 中国の「電子制御技術」の教科書と日本の工業高校の「電子情報技術」の教科書の内容を比較した。たとえば,サイリスタの構造と図記号,動作原理の部分が共通であり,同じレベルの内容といえる。
 また,電子制御技術の内容は他にも,選択モジュールで,ものづくり,農業,被服,車の運転・メンテナンスを学ぶことができる。日本でこの内容は,専門高校でしか行われていない。普通科高校へ進学した場合はほとんど学習することはできない。日本の技術教育にこのような学習内容を加えるとよいと考えるが,授業時数が少ないので,これだけの学習量を中学校3年間で学ぶのは難しい。このような技術を身につけていくためにも,技術教育を普通科高校のカリキュラムに継続させる必要があると考える。
 なお,本報告は,中国・内蒙古師範大学のジャルガル,三重大学の松岡守,研究生の単玉梅らとの共同研究の一部である。※注4
注1:中国教育部,「義務教育課程設置実験方案」,2001 参照
注2:内蒙古教育庁,「内蒙古自治区義務教育課程計画(試行)」,2009 参照
注3:中国教育部,「普通高校課程方案(実験)」,2003 参照
注4:<参考文献> 高校技術課程標準研制組,「普通高校技術課程標準講座資料」,2003 ジャルガル,「中国内蒙古自治区内の中学校における工夫を要するものづくり授業の構築と実践—三重大学との共同研究を通じて—」,『第26回日本産業技術教育学会東海支部大会講演論集』,2009 ジャルガルほか,「中国における情報技術教育の動向」,『日本産業技術教育学会第25回情報分科会(福岡)研究発表会講演論文集』,2010 世良清ほか,「中国の技術・情報教育の動向 —教科書から見る技術・情報の授業—」,『日本産業技術教育学会第53回全国大会(岐阜)講演論文集』,2010 単玉梅ほか,「中国における労働技術教育の動向 —中国と日本が相互に学ぶこと—」,第3回全日本教育工学研究協議会全国大会(上越大会)CD-ROM,2010
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