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ICT・EducationNo.46 > p26〜p29

情報科教員の卵を育てる
千葉大学教育学部
「情報科教育法I」について
千葉県立千葉商業高等学校/ 千葉大学教育学部非常勤講師 島上 直人
shimagami@faculty.chiba-u.jp
1.はじめに
 私は千葉県の公立高校数学科教諭として採用され,新教科としての情報科の免許は「現職教員等講習会」で取得し,現在は公立高校で数学に加え情報科の授業を担当している。2010年度前期に千葉大学教育学部,情報科教育法Iの講義を担当する機会に恵まれた。大学にて「情報科教育法」を履修していないため,千葉大学で講義を行うにあたり何をどのように教えていいのか手探り状態のまま,書籍や他大学での講義,本誌等を参考にしながら現場での授業展開を中心に講義を行った。
 千葉大学教育学部において情報科教育法Iは情報科教育法II※注1とともに半期15時間,2年生以上の教育学部(自研究科),他学部(他研究科),科目等履修生が受講可能な講義として実施され,情報科の免許の取得に必要な単位となっている。
 情報科教育法Iでは情報教育の目標である【情報活用の実践力】【情報の科学的な理解】【情報社会に参画する態度】の3つの観点から教科教育としての情報科の基本を学び,情報科教育法IIで【情報化社会の動向を理解するための能力の教育】【情報教育での新しい教育思潮の役割の理解】【情報活用のために必要とされる能力の理解】【教科「情報」の計画と展開の作成】の4つの観点から情報化社会の実態と,変貌する学習環境の中,情報科として取り扱うべき内容と取り上げ方について学ぶ。
 教育学部中学校教員養成課程情報教育分野の学生は,専門分野を学びながら,中学校の各教科の中から一つの教科の免許を取得することになる。この分野の学生の多くは情報科教育法を受講したうえで,自分の教科の免許に加え情報科の免許を取得しようとする。教育学部の学生に限らず,教育学部以外にも情報科の教員免許取得のための受講生もいた。
2.情報科教育法Iを受講する学生たち
 受講生は,教育学部中学校教員養成課程(数学科教育,情報教育,理科教育),理学部(数学科),工学研究科(院生)と多岐に渡り,公開鍵暗号方式の概念で必要なフェルマーの小定理,オイラー関数,一次合同式の解法を未習得の学生がいる一方で,ベイズ統計によるフィルタリングのセキュリティ技術の講義で触れたマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC法)に詳しい学生もいた。さらに講義内容に興味があり聴講にきた学生(理学部数学科2名)も現れ,受講生のスキルやリテラシーは様々な中での講義となった。
 初回講義の際にとったアンケート※注2によると,情報科以外の所持教員免許(予定含む)は,中学校数学69%,中学校理科19%,中学校技術6%,高等学校数学69%,高等学校理科19%,高等学校工業6%の比率だった。受講生の多くは情報科の教員を目指しているのではなく,自分の専門の教科の免許に加え情報科の免許を取得しておこうと考えている傾向が見えてくる。
 専任教員としての情報科の教員を目指している受講生は皆無であり,情報科の免許がどうしても必要であるという受講生もいない。すでに自分の専門とする教科があり,情報に対して興味・関心があるものの,情報科とはどういう教科なのか捉えることができていない。そこで実際に情報科教育法Iを受講し情報教育で必要な基礎能力を身につけ,情報科について深く知りたいという学生が大半を占めていた。
3.準備
 大学での講義は当初,MSOfficeはもちろん,C言語,perl等のCGIスクリプト言語,統計解析ソフト「R」,数式処理システム「Maxima」,画像処理ソフト「Photoshop」,組版ソフトウエア「LaTex」,ビジュアル開発環境「VisualBasic等」の活用を想定していた。しかし講義に使用した教育学部5号館5701教室はWinXPとMSOfficeのみというPC環境である上,管理者権限も与えられなかったため私の思うように整備はできなかった。受講生によると,このPC教室では学生にサーバーの構築やネットワークの仕組みなどを教えていて,クライアントPCはOSをリストアしたばかりとのことであった。大学の関係者と交渉すれば,管理者権限の取得や他のコンピュータ室の利用が可能であると思ったが,あえてWinXPとMSOfficeのみという環境で講義をすることを選択した。
 その理由は,この講義の目的はコンピュータを使いこなす能力(コンピュータ・リテラシー)を育成するのではなく,情報科の教員を育成するということにあり,情報科教育法Iの中核となる【情報活用の実践力】【情報の科学的な理解】【情報社会に参画する態度】を培うための問題解決にもつながると考え,本来理想とする恵まれたPC環境で講義をするよりも,たとえば二次関数のグラフを描画するのにもさまざまな工夫が必要になると考えさせたほうが教育的だと思ったからである。
4.Web サーバーの構築
 大学でのPC環境補足のために,講義で利用するデータやファイル,講義内容のPDF等のダウンロード,講義の感想を投稿してもらうためのWebサーバーを自宅で構築した。受講生がアクセスした日時,IPアドレス,エージェント情報,利用環境などをログとして記録するシステム(PHP+MySQL)である。学籍番号とこの講義のみで利用するパスワードを入力し,これをアカウントとして次回以降の講義でログインして各種ファイルのダウンロードや感想の投稿,FTPサーバー等のサービスを利用できる。
 このサーバーの構築は講義での利用が目的であることもさることながら,受講生に対し各種サーバーの構築,特にセキュリティについてどのように行うのかという技術的なことに加え,実際の学校でのサーバーやネットワーク環境の現場の実態について学生に話す絶好の題材であると考えた。たとえば「ファイルサーバーとしての機能を持つためにはsambaサービスの導入が必要であるが利用しなかった。それはなぜか」と問いかけ考えさせたところ「sambaサービスは複数のポート(137〜139/445)を使い,転送にはUDPを使用する為セキュリティ上の問題を考慮してファイルサーバー機能は見送った」という回答を受講生から得ることができた。
5.情報科教育法Iの各講義の授業 計画・授業内容
 私の担当した情報科教育法Iの各講義の主だった授業計画・授業内容は次のとおりである。

第1回 「情報科教育法I」に対するアンケートの実施とその分析
第2回 「情報科教育法I」に対するアンケートの分析
第3回 教科「情報」の新指導要領の捉えかた
第4回 情報のディジタル化 アナログ情報とディジタル情報
第5回 情報のディジタル化 モザイクアートを作ろう
第6回 メディア・リテラシーをどう教えるか
第7回 情報通信基盤を支える暗号化技術その1
     「シーザー暗号から公開鍵暗号方式」
第8回 情報通信基盤を支える暗号化技術その2
     「RAS公開鍵暗号方式」
第9回 情報通信基盤を支える暗号化技術その3
     「素数定理と素数判定」
第10回 情報モラルと「70年問題」と「Winny裁判」で考える著作権
第11回 「いろいろな曲線」と「フラクタル図形」その1
第12回 「フラクタル図形」と「再帰関数」
第13回 「ジュリア集合」「マンデルブロウ集合」と「ミラの写像」
第14回 ベイズ統計によるフィルタリングのセキュリティ技術 その1
第15回 ベイズ統計によるフィルタリングのセキュリティ技術 その2

6.講義の展開
 新学習指導要領でも重視しているメディア・リテラシーを念頭におき,講義の冒頭または最後に20分ほどの時間を割いて,その週に話題となった情報分野関連のニュース,または講義の中核となる内容に関連した新聞記事を取り上げ,その記事の背景を探るような討論や意見交流を行った。題材にした新聞記事は表1の通りである。これは高校での情報の授業でも行っており,記事の内容に関してフリートーキングしたり,考えを掲示板(私のWebサーバー)に投稿したり,ディベート形式の討論を取り入れている。また,記事に書かれている語句や事柄を掘り下げて考えたり,同様のニュースに対して他の報道機関はどのように伝えているのか調べたりもした。
 講義の中核となる内容は【情報活用の実践力】【情報の科学的な理解】【情報社会に参画する態度】の3つの観点から構成した。受講生に数学教育や数学を専攻している学生が多いこともあり,学生の意向も反映して情報の分野における《数学》が果たしている役割についてやや重視した感がある。
 実際の学校現場での情報科教員は授業担当や担任業務などの日常的な仕事に加え,成績処理をはじめとした生徒情報資産,サーバー,ネットワーク,クライアントコンピュータの管理などを担当することになるであろうことなど情報科の教員がいかなるものかを話しつつ講義を展開した。
 毎回講義の最後には受講生に講義の感想を投稿してもらった。受講生の意見に率直に耳を傾け,それを講義に反映することができたと感じている。感想の投稿は情報の収集・発信について,身のまわりの現象や社会現象などの情報を適切に収集・分析・発信する方法として情報通信ネットワークが有効に機能することを体感することにあった。さらに,Web上に書き込むことによってどのような情報が流出するかを知り,書き込みサイトなどに投稿すると,書き込んだ内容に加え,IPアドレス,ホスト名,情報端末の機種やブラウザーの種類などのエ ージェント情報,書き込んだ日時などがどれほど漏れるのかを確認することも,感想を投稿してもらう目的の一つとした。

記事見出し出典
1光ファイバー課徴金160億円朝日新聞2010/4/15
2書き込みサイト勢力変化朝日新聞2010/4/20
3扇動社会4 裏サイト疑心の教室朝日新聞2010/5/2
4個人情報の自動収集 ITで裸にされる「あなた」読売新聞2010/5/7
5知のグローバル時代 情報通信政策の転換急げ読売新聞2010/5/18
6「ソニー」「グーグル」「インテル」ネットTV共同開発へ朝日新聞2010/5/22
7ネット履歴丸ごと広告へ利用可能に朝日新聞2010/5/20
8「アップル」「マイクロソフト」「グーグル」IT三国志朝日新聞2010/5/29
9ネット波乱 音楽にも朝日新聞2010/6/14
10数学するヒトビト1 素数の歌はとんからり朝日新聞2006/12/11
11ネット暗号に2010年問題朝日新聞2010/1/24
12携帯ロック解除 ガラパゴス日本に別れを朝日新聞2010/4/6
ニュースがわからん 携帯電話のSIMロックって?朝日新聞2010/7/1
13電子書籍配信 続々参入朝日新聞2010/7/9
14この人の宿題あと100年必要 数学者オイラー生誕300年朝日新聞2007/4/9
15小島寛之の数学カフェ「 心の確率」IT社会で復権朝日新聞2009/4/7
300年後に脚光 ベイズの定理朝日新聞2008/10/24
▲表1  講義の際に利用した情報関連ニュース
7.課題
 情報科は旧学習指導要領で【情報A】【情報B】【情報C】の3科目構成となっていたが,新学習指導要領では【社会と情報】【情報の科学】の2科目構成になる。日進月歩の情報化社会において,情報教育に求められる内容も刻々と変化している。情報科の再編はそれに対応したものといえるだろう。中でも「社会との関わり」「人間との関わり」「情報モラル」「情報セキュリティ」「情報社会に主体的に参画する態度の育成」の重視は情報科において中心的な役割を果たすことになるであろう。
 また【社会と情報】における「メディア」「コミュニケーションの方法の習得」の扱いと【情報の科学】における「問題解決の考え方の習得」「情報通信ネットワーク」の扱いを教えるためには,多様化する専門領域,日々の社会情勢の変化,高度化する情報技術への高い関心を必要としている。しかしながら,教える側の大半は,情報科を専門とする専任教員ではなく,私と同様に他に専門教科を持ちながら情報科の免許を「現職教員等講習会」で取得した教員であり,大学で情報科教育法を履修する学生も大方は他に専門教科を持ちながら,「とれるものなら」とか「ついでに」取得しようと考えているのではないだろうか。
 情報科は教科としての歴史が浅く一般的な認知度も低いことに加え,2006年に話題となった《履修漏れ問題》に見られるように,軽視される傾向にあるように感じてならない。澤田(2008)※注3は情報科の扱いの軽視について「教員が足りない」「入試に出ない」「内容がよくわからない」「生徒の能力に大きな差がある」の4項目を指摘しており,これらの問題は今なお現場での課題となっている。
 情報通信端末が普及し,インターネットが社会に浸透する一方で,情報の「影」の部分である様々な問題が発生するなど,情報社会を取り巻く環境は急速に変化している。その急速な変化の中で教育が行われることが情報科の大きな特徴と言えるだろう。情報教育を取り巻く課題に対し俯瞰的,全体的な視点で考えていく必要性を強く感じている。
 最後に,情報科教育法Iの講義で利用したWebページ※注4および講義内容をまとめたPDFファイル※注5がご覧いただけるので,メールにてご意見,ご指導をいただけたら幸いである。
注1:情報科教育法IIの内容については,千葉大学情報科教育法IIシラバス
http://www.chiba-u.ac.jp/student/syllabus/2010/E1/2010E1S026601.htmを参照
注2:アンケートはhttp://www.shimagami.net/chibadai/anke.htmlを参照
注3:澤田 大祐,「高等学校における情報科の現状と課題」,『ISSUE BRIEF 調査と情報』,(604),国立国会図書館,2008,http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0604.pdf
注4:http://www.shimagami.net/chibadai/(ID:nichibun PASSWORD:nichibun)
注5:http://www.shimagami.net/chibadai/data/pdf/000.pdf(24M244ページ)
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