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ICT・EducationNo.47 > p22〜p25

中学校の情報教育実践例
中学校技術・家庭科における情報モラル教育
〜判断力を育成する授業実践を中心として〜
千葉大学教育学部附属中学校 三宅 健次
1.はじめに
 ネットいじめやケータイ依存症など,子ども達を取り巻く情報社会の問題はさらに多様化,深刻化し,情報モラル教育の充実が求められている。
 中学校の新学習指導要領では情報モラルという言葉が総則に登場し,他教科や道徳でも情報モラルに関する内容が盛り込まれ,技術・家庭科だけでなく,教育活動全体で扱うべきものとなった。
 一方,技術・家庭科の技術分野は学習指導要領の改訂で情報教育に関する内容が縮減された。そのため,情報教育の中での情報モラルの位置づけは現行の学習指導要領よりも大きくなったものの,扱える時間は相対的に少なくなってしまった。
 そこで,限られた時間で情報モラルを指導するためには,他教科や道徳との連携を図りながら,技術分野で扱うべき学習内容の精選及びその指導法の改善が求められるようになった。  また,今回の学習指導要領改訂のポイントの1つに,「思考力・判断力・表現力の育成」が挙げられている。中でも情報モラル教育と最も関連が深いのは,適切に情報を見極める判断力である。
 そこで本稿では,技術・家庭科の技術分野における判断力を育成するための情報モラル教育に焦点をあて,具体的な授業実践例を紹介したい。
2.情報モラルの学習内容の精選
1)技術分野で扱わなければならない内容
  • 学習指導要領に記載のある著作権,情報発信の責任及び個人情報の保護に関すること
2)技術分野で扱うべき内容
  • 他教科等で扱うことのない,コンピュータウイルス,パスワード,不正アクセスなど,情報セキュリティに関すること
3)技術分野でできれば扱いたい内容
  • 迷惑メール対策に関すること
  • 携帯電話特有の情報モラルに関すること
  • 肖像権に関すること
  • ネット上のマナーに関すること
  • 出会い系サイト,違法サイトなど,有害情報の対策に関すること
4)他教科・道徳等で扱うべき内容
  • 消費者教育に関わるネットショッピングやネットオークション,ネット詐欺などに関すること(家庭分野,社会科公民的分野)
  • インターネット依存症や携帯電話依存症など心身の健康に関すること(保健体育)
  • ネットいじめや誹謗中傷など,交友関係を中心とした内容(道徳)
3.技術分野における情報モラル
(1)技術教育の視点

 技術教育の視点から情報モラルを捉えると,情報技術の特性や情報通信ネットワーク技術の特性からのアプローチが考えられる。
 具体的には,情報技術の特性から,扱う情報量の多さと処理の速さ,複製の容易性などが,情報通信ネットワーク技術の特性から,匿名性,非対面性,可塑性,即時性・広域性などが挙げられる。

(2)思考力・判断力育成の視点

 情報モラルの定義である「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」を育成するには情報に対する適切な判断力を身につけさせることが不可欠である。
 この判断力を身につけさせるには,情報社会での禁止事項を列挙して説明するのではなく,なぜいけないのか,どこがいけないのか,自分だったらどうするのかを具体的な事例を通して考えさせることが必要である。このような学習を繰り返すことによって思考力も身につき,情報に対する適切な判断力が育成されるものといえる。
4.本校における情報モラル
 本校の「技術」では,他の学習内容との関連から,情報モラルに関する学習として第1学年で5時間,第3学年で2時間をあてた。授業内容は表1の通りである。

第1学年1インターネットと著作権
2インターネットと個人情報
3情報発信と自己責任
4インターネットとセキュリティ
5迷惑メールとその対策
第3学年6気をつけよう!携帯電話の落とし穴
7被害にあってしまったときの対処法
▲表1 情報モラルの学習時間とその内容
5.思考力・判断力を育成する具体的な実践事例
(1)「インターネットと著作権」より

 「インターネットと著作権」の授業の中で取り上げた問題事例を紹介する。
 図1,図2で示した事例は実際にあった出来事を授業向けにアレンジしたもので,身近にも起こりうる事例として取り上げた。

図1 著作権の授業 問題事例1
▲図1 著作権の授業 問題事例1

図2 著作権の授業 問題事例2
▲図2 著作権の授業 問題事例2

 まず,これらの事例は一見するとA君もB君もよいことをしているように思われるが,実際には著作権を侵害する行為であることを確認する。そして,それぞれ,どこがいけなかったのか,なぜいけないのか,どうすればよかったのかを考えさせる。最後に,それぞれ「有料のソフトウェア(著作物)を違法コピーしない」「他人の著作物を無断で配信しない」とまとめている。
 また,時間がある場合には第3学年においてファイル共有ソフトの問題を取り上げ,ファイル共有ソフト作成者の裁判事例について紹介し,このようなソフトの是非について討論させている。

(2)「情報発信と自己責任」より

図3 情報発信と自己責任 事例1-1
▲図3 情報発信と自己責任 事例1-1

図4 情報発信と自己責任 事例1-2
▲図4 情報発信と自己責任 事例1-2

 図3,4は「近所のスーパーの野菜は古くて高いから買わない方がいいよ」とネット上に発信したことの是非を考えさせたものである。※注1これはどちらが正解というものではない。それ故,自分なりの考えをしっかり持つことが大切である。ここでは,情報発信には責任とリスクが伴うこと,情報発信の視点として真実性や公共性があるか,手段や方法が適切であるか,などを確認する。
 同様に,意見が分かれる討論課題として取り上げたことのある事例を次に紹介する。
  • 情報社会における匿名性はよいことか
  • 協力を呼びかけるチェーンメールはよくないことか
  • 加害者の実名報道サイトの作成者を支持するか
  • ハンドルネームに対する誹謗中傷は名誉毀損になるか
 また,身近に起こりそうな問題事例として以下のような内容も扱っている。
 図5,6は友達から送られてきた「お笑いタレントが近くの公園に来る」というメールを信じて,他の友達にも教えたところ,デマ情報だったという実際にあった話を取り上げている。※注2この事例のように,判断を誤るといつの間にか被害者から加害者になってしまうことがあることを確認する。

図5 情報発信と自己責任 事例2-1
▲図5 情報発信と自己責任 事例2-1

図6 情報発信と自己責任 事例2-2
▲図6 情報発信と自己責任 事例2-2

 その他にも「安易な発信,生活も炎上」「ブログ炎上初摘発へ 18人名誉毀損容疑」など,情報発信に関する事件を扱った新聞記事も取り上げ,情報発信における問題を考えさせている。

(3)「被害に遭ってしまったときの対処法」より

 これは技術・家庭科の技術分野で扱う内容ではないが,現実的な問題として扱うべきと判断し,第3学年末に実践している。ネット上の被害は対応が遅れたり,対応を間違ったりするとさらに被害が広がったり,深刻な状況になってしまったりするので,早急かつ適切に対応することが求められる。そのような視点から,生徒たちにも冷静に対応する力を身につけさせる必要がある。
 授業は,セキュリティに関する被害,情報発信に関する被害,金銭に関する被害の3項目で構成している。その中の情報発信に関する被害で取り上げる問題事例を紹介する(図7)。

図7 被害に遭ってしまったときの対処法 事例
▲図7 被害に遭ってしまったときの対処法 事例

 このような書き込みをされたら自分だったらどうするかについて,次の5つの中から選択させる。1)無視する,2)削除を依頼する,3)警察に相談する,4)身近な人に相談する,5)その他
 「その他」を選択した生徒がいた場合は具体的に対応策を尋ね,その後,解説を加える。ここではどの対応も決して間違いではないが,安易に削除するとかえって被害に巻き込まれることがあることや,この内容では警察に相談しても取り合ってくれないことなどを説明する。そしてこの場合のよりよい対応としてはメールアドレスを変更することであることを確認する。
 この他にも,ネットいじめに関する事例を挙げ,嫌な書き込みをされたとき,自分だったらどうするかを考えさせている。その中では,相手にしない,やり過ごすことがネット社会ではよりよい対応とされていることを紹介する。
6.今後の情報モラル教育
 ブログやプロフ,さらにはツイッターの普及により,情報発信の垣根がさらに低くなり,誰でも気軽に情報発信できる社会となってきた。そのため,何気ない書き込みが,相手を傷つけたり,大きな事件に発展してしまったりすることが多くなった。ツイッターの「つぶやき」にも責任を持とう,という指導は結構難しい。何気ない書き込みが大きな事件に発展してしまった事例を通して,その問題性について考えさせていきたい。
 また,ネットを通して簡単に情報が得られるようになり,大変便利になった一方で,思考しなくなってきている,という弊害も指摘されている。情報モラルの定義にある,「情報社会で適正な活動を行う」ためには,ネット上の情報を取捨選択するだけではなく,ネット上の情報を吟味して再構成する思考力の育成も求められる。そこで,今後は思考力の育成に焦点をあてた情報モラル教育のあり方についても検討していきたい。
注1:コンピュータ教育開発センター提供のWeb教材「ネット社会の歩き方」(http://www.cec.or.jp/net-walk/)にある事例をアレンジして利用している。
注2:これらは,独立行政法人教員研修センターから提供されているWeb教材「情報モラル研修教材2005」(http://sweb.nctd.go.jp/2005/index.htm)にある事例を利用している。
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