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ICT・EducationNo.49 > p26〜p31

情報の科学
「情報の科学」における問題解決の授業
─問題解決の手法を学び,実際に応用できる力を育てる─
東京都立足立高等学校 能城 茂雄
1.はじめに
 わたしたちの生活には,大小さまざまな問題が存在し,望む,望まないにかかわらず問題解決を行うことが求められている。
 新学習指導要領では「情報の科学」の内容の取り扱い(2)において,問題解決が大きく扱われており(図1),生徒一人ひとりに問題解決の基本的な考え方,問題解決に関する基本的な知識と技能を習得させることをねらいとしている。

(2)問題解決とコンピュータの活用
ア 問題解決の基本的な考え方
問題の発見,明確化,分析及び解決の方法を習得させ,問題解決の目的や状況に応じてこれらの方法を適切に選択することの重要性を考えさせる。

▲図1 学習指導要領における問題解決の記述

 問題解決の学習を通して身につけさせたい力として,次の3点があげられる。

1)学校だけでなく生活に役立つ知識を学ぶ
 生徒の多くは「テストでよい点を取るために勉強をする」,「よい評価をもらうために課題に取り組む」といった,学校だけで使える知識を身につけようとする傾向がある。本来,学びとはそういった結果のための学習ではなく,生きる力を身につけるための学習でなければならない。

)自己の問題としてとらえ解決する
 日常はさまざまな問題であふれているが,問題を認識せずに行き当たりばったりで行動をしてしまう生徒も多い。日常生活に見られる多くの問題に対して,最適な解決策を考えることは豊かな日常生活を送る上で重要なポイントである。

3) さまざま問題に対して問題解決を行えるようになる
 人生経験の少ない高校生は授業を聞いて内容を理解したつもりでも,自分自身の知識や技術として身についていないことが多い。授業で扱った内容とまったく同じであれば易々と問題解決できる生徒でも,問題や事象が変わっただけで対応できなくなることも多い。視野を広げ,さまざまな問題に対して適切な行動が取れるような応用力を身につける必要がある。
 以上のような問題意識から,「情報の科学」における問題解決の手法を学ぶ授業を提案したい。

2.指導目標と評価規準
 授業を計画するにあたり,指導目標と評価規準を次のように設定した。

(1)指導目標
1)日常生活の中でとくに意識していなくても問題解決をしていることに気づかせ,さまざまな問題解決の方法について解説する。また,問題の発見→原因の特定→解決方法の決定→実行→実行後の評価→新たな問題の発見という問題解決の一連のプロセスを理解し,問題に応じて適切な解決策を導き出すことの必要性を認識させる。
2)グループでの問題解決の方法を学び,意見や情報を出し合い,整理する方法を理解させる。また,グループで問題に取り組むことにより,問題についてさまざまな考え方があることに気づき,メンバーで協調して問題解決に取り組むことを目指す。

(2)評価規準
観点 関心・意欲・態度 思考・判断・表現 技能 知識・理解
評価
規準
○積極的に問題解決に取り組んでいたか。 ○問題の原因についてどのように分析していたか。
○問題解決の手順を踏み,解決策を考えていたか。
○収集された情報を整理して,まとめることができたか。 ○問題に対し,適切な解決の方法を実施できたか。
○問題解決に必要な考え方について理解できたか。
3.指導観(学習させたい事柄)
(1)単元観(単元や題材がもつ教育的意義)
 生徒は,日頃悩んでいること,不満に思っていることなど,身近に感じるギャップそのものが「問題」であるという認識がない。問題を正しくとらえ,手順に沿って解決を試みることを経験することで,問題解決が知識となって体系づけられ,日常生活でも問題解決を意識的に行えるようにする。また,たくさんの情報の中から問題を解決できる糸口となるものを選び,自らその解決策を考え出す力を身につけられるようにする。

(2)生徒観(生徒の実態や傾向)
 前述したように,生徒は日常生活で問題解決を漠然と行っているものの,問題を問題としてとらえていない。また,すでに決まった正解があるという考えに陥りがちである。問題解決の技術や考え方を学び,日常生活や将来にわたって応用できる生きた力を身につけさせる。

(3)教材観(教材の解釈・教具などの活用)
 日本文教出版「情報の科学」の第4章では,問題解決を学ぶ意義とその流れを理解させることからはじめている。ここで扱う事象はできるだけ高校生が身近に感じるものとすることで,自分にも関係があると思わせられるようにしている。問題を問題としてとらえることができたら,次は問題解決の方法を実習形式で学習する。教科書は,アイディアや情報を生み出して整理する代表的な方法であるブレーンストーミングや,カードを使った分類法,ロジックツリーなどが示してあり,説明の際の補助資料として活用できる。授業では,まず教科書p.90を用い,問題解決の必要性を理解させる(図2)。
図2 日本文教出版「情報の科学」p.90より
▲図2 日本文教出版「情報の科学」p.90より

 その後,p.92以降の問題解決の場面で役立つさまざまな方法を理解させ,実際に体験させることで,問題解決の目的や状況に応じて適切な方法を選択し,より具体的な問題解決を行えるようにする。また,評価の後,新たな問題の発見へと循環する一連のプロセスを意識させる(図3)。
図3 身近な問題解決の流れ(p.91)
▲図3 身近な問題解決の流れ(p.91)

4.指導計画と評価計画例
  学習活動・学習内容 評価方法




「問題」とは何かを学び,問題解決における一連のプロセスを理解する。 ○問題を認識し,授業に積極的に参加したか。
○問題解決に必要な考え方について理解できたか。




前時で学習した問題解決のプロセスを踏まえ,適切な問題解決のための方法を理解する。
グループで問題解決を行うことで,多数の意見から解決策を考え出すことができることを理解する。
○ブレーンストーミングを用いて集められたアイディアを,適切に整理することができたか。




問題解決におけるさまざまな手法を理解し,適切な方法を選択し活用する。 ○ロジックツリーを用いて,問題に対して適切にアイディアを整理し,分析することができたか。
5.指導の概略
 第1・2時では,問題解決の基本的な考え方を学び,なぜ問題解決を学ぶのかを意識させる。具体的には,身近な課題を扱った演習を行う。演習では,うまくいかない体験を意図的にさせ,その理由を考えさせることで科学的なアプローチによる問題解決の必要性を意識させる。
 第3・4時では,ブレーンストーミングやカードを用いたアイディア整理法などを使い,問題を整理する方法を学習する。
 第5・6時では,さまざまな問題解決の技法を学ぶために,MECEの考え方やロジックツリーなどを用いて問題解決に取り組む。
6.授業の展開
(1)授業の展開 1(第1・2時)
 導入において,「問題」とは何か,ということを生徒に考えさせる。問題とは理想と現実のギャップであり(図4),「困っている不便な事柄」や「そのままでは実現できない目標や課題」のことであることを認識させる。そして,それらを克服・実現する方法を考え,解決・達成に向けて実行することが問題解決であることを理解させる。
図4 問題とは現状とあるべき姿との差
▲図4 問題とは現状とあるべき姿との差

 その際に,生徒にただ漠然と問題解決を行わせるのではなく,意識的に問題解決を行わせることが重要なポイントとなる。たとえば,部活動でレギュラーになりたいという命題(問題)に対して,やみくもに根性論だけで自主練習をし,その結果レギュラーになれたとしても,それは正しい問題解決とはいえない。自分の苦手なところを知り,効果的な練習方法を考え,計画的に実行することで,得られる結果の質を向上させることができるのである。
 それぞれの場面において効果的な方法を知るために,問題解決のプロセス(流れ)を理解させる。PDCAサイクルの流れが参考になる(図5)。
図5 問題解決におけるPDCAサイクルの例
▲図5 問題解決におけるPDCAサイクルの例

 問題解決の最初のプロセスは「問題の発見」である。問題を発見するためには,問題を明確にし,その原因がどこにあるかを列挙する作業が欠かせない。
 問題解決の概念を体験できるように身近な問題解決を題材とする。また,このとき図4にあるように「問題の発見」→「原因の特定」→「解決方法の決定」→「実行」→「結果の評価」という一連の展開から,さらにフィードバックを行うことで「新しい問題の発見」へと循環させることが重要である。
 筆者の場合は,前任校で次のような課題を与えていた。1分という制限時間の中で平行四辺形を描くという演習である(図6)。
図6 演習例「指示された図形を描く」
▲図6 演習例「指示された図形を描く」

 この演習では,「制限時間が短い」,「青いボールペンをもっていない」,「定規がない」などの理由で生徒に失敗させることを想定している。大半の生徒は,ここで「うまくいかない」経験をする。そこで,なぜ指示された図形が描けなかったのか,その原因を分析し,解決策を考えさせる。このとき,考え出される原因や解決策は生徒それぞれで異なっていてもよい。重要なのは問題を解決に導くために,自分はどうすればいいのかを考えることである。
 導き出した解決方法を踏まえて再び指示された図形を描かせると,今度は9割方の生徒が正しく図形を描くことができる。ところで,多くの生徒は図6で例示された向きの平行四辺形を描いており,逆向きや長方形を描く生徒はまずいない。これは思考の落とし穴の一つであり,例示された平行四辺形と同じ図形を描いてしまうという現象である。このことを指摘することで,他者の視点や見落としがちな観点(長方形も平行四辺形である)を発見することの重要性を意識させ,グループによる問題解決のメリットに気づかせるなど,さまざまな展開につなげることができる。

(2)授業の展開 2(第3・4時)
 問題の発見やアイディアを出すにはさまざまな方法があるが,ここではブレーンストーミングを用いる。ブレーンストーミングは問題の発見や問題の原因,解決方法を探る場面で,多くのアイディアを複数で生み出す方法として活用されている。
 実際の授業では,あるテーマに対して生徒に発言させ,教師がその意見をテンポよく板書していき,多くの意見を羅列して示すことが考えられる。しかしながら,このとき,クラスでいつも発言する生徒やなかなか発言できない生徒がいると,ブレーンストーミングで出された意見に偏りが生じやすいという問題がある。
 そこで,カードを用いたブレーンストーミングを行う。これはアイディアや意見を一つにつき1枚のカードに記入していき,そのカードを集約する方法である。こうすることで発言の偏りや他者の意見に影響されるといった問題が改善される。これはクラスで文化祭の出し物を決める場合などに用いると,少数意見がつぶされることなく多様な意見出しができるなど,有効な手法の一つである。
 さらに,この作業で出された意見は「カードを用いたアイディア整理法」を利用して整理するとよい(図7)。
図7 カードを用いたアイディア整理法の説明(p.92)
▲図7 カードを用いたアイディア整理法の説明(p.92)

 この方法は適切な手順と分類方法を学ばずに行うと効果的でないため,まずは具体的な例題で練習をさせる。筆者の場合では「仲よし4人組が遊園地で楽しむ」という例題を出し,あらかじめ用意した架空の意見が書かれたカードを用いて整理の練習をさせる。机上にカードを広げさせ,「親近感があるものどうしを集める」,「無理にグループ化せず,単独になるカードがあってもよい」など,生徒に具体的な作業手順や分類の意味を伝えるようにする(図8,図9)。
図8 カードを用いたアイディア整理法を練習するようす
▲図8 カードを用いたアイディア整理法を練習するようす

図9 架空の意見が書かれたカードを分類した例
▲図9 架空の意見が書かれたカードを分類した例

 練習後に,あらためて生徒が自分自身の問題として考えられる身近なテーマで問題解決のプロセスを実体験できる演習を行うとよい。
(3)授業の展開 3(第5・6時)
 前時までの学習の発展として,問題を分解・整理していく場面で必要になってくるのが,「漏れなく重複なくものごとを分解する」という考え方のことであるMECE(ミーシー,ミッシー)である。MECEで考えることによって,重要なポイントが抜け落ちたまま原因を決めつけていたり,原因を重複してとらえてしまったりすることを防ぐことができ,非効率な問題解決をしないですむ。
 MECEもカードを用いたアイディア整理法の学習と同じで,文化祭の来場者をどのように分解するかなど,身近な題材をテーマにして考えさせることが重要となる(図10)。
図10 MECEの考え方による分解の例(p.93)
▲図10 MECEの考え方による分解の例(p.93)

 次の段階として,ロジックツリーという技法を学習する。ロジックツリーとは,ものごとを論理的に分析・検討するときに,その論理展開を枝葉が茂る木のような形に分解・整理して表現していく技法である(図11)。その際,MECEの考え方を参考に漏れや重複がないかを確認させるとよい。
図11 ロジックツリーによる整理の例(p.94)
▲図11 ロジックツリーによる整理の例(p.94)

 ロジックツリーはさまざまな要素を書き出すことを目的としているので,重要度の高いものと低いものが混在する。そのため,ロジックツリーが完成した後で,問題解決のための根本的な原因を突き止めるために,重要度に応じて優先順位を決める必要がある。
 原因として考えられる項目を書き出したら,重要度の低いものから消していき,より大きな原因と考えられるものに優先順位をつけていく。ここで優先順位が高いものほど,解決すべき課題と考えられる。すなわち,問題が発生する原因の仮説である(図12)。この仮説をもとに具体的な解決策を導き出すことで,問題解決を行うことができる(図13)。
図12 ロジックツリーで原因を探る過程(p.95)
▲図12 ロジックツリーで原因を探る過程(p.95)

図13 ロジックツリーで解決策を具体化する過程(p.95)
▲図13 ロジックツリーで解決策を具体化する過程(p.95)

7.新カリキュラムでの実施にあたって
 問題解決を学ぶ上で重要なポイントは生徒に問題解決の必要性を感じさせることである。そのためには,問題として生徒が身近に感じることができるテーマを選定すること,実際に命題(問題)が解決できなかったという失敗体験を通して,なぜうまくいかなかったのか考えさせること,他者の視点や見落としがちな観点から問題を発見させるためのロールプレイなどの活動を授業の中に取り入れることが求められる。このことは新学習指導要領(図1)にあるような「複数の解決策を考えさせ,目的と状況に応じて解決策を選択させる活動」にも通じている。そのためには,生徒に身のまわりから具体的な問題を発見させ,それを記述させるなどして,問題を明確化させることも大切である。
 教科「情報」の授業の中で取り扱う問題解決のポイントは「唯一の正解」を見つけることではない。生活の中にある現実の問題を自ら考え,さまざまな疑問を見つけ出す力を身につけさせることが大切なのである。そして,日常で起こりうる問題を自分で,あるいは仲間と協力して解決することが重要であり,それらを通じて,思考力,判断力,表現力を養い,「生きる力」を身につけることが求められる。
 問題解決は「情報の科学」だけで扱うものでも,教科「情報」だけで扱うものでもない。すべての学習の中で意識的に行うべきものである。したがって「情報の科学」という科目の中で,生徒の「生きる力」の基礎をしっかりと育成し,他教科や総合的な学習との連携も視野に入れることが重要となる。
 日本文教出版「情報の科学」の教科書には,問題解決の「唯一の正解」は書かれていない。しかしながら本書には,問題解決を具体的にイメージできるような導入をはじめ,問題解決で活用できるさまざまな手法を学び,実際に使えるようにし,問題解決への関心を高めるための工夫や意義が丁寧に説明されている。
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