ICT・Educationバックナンバー
ICT・EducationNo.9

巻頭言
 
慶應義塾大学環境情報学部教授 村井 純
 2000年の後半に我が国の政府に対して,IT戦略会議から4つの重点項目が提案された。政府はこの提案を重点政策の骨子として,2001年から2005年まで5年間実現に取り組むことになる。これらの重点政策には,1.インターネットのインフラストラクチャをきちんと整備すること,2.電子政府を進めるための戦略を持つこと,3.電子商取引を円滑に進めること,4.人材育成とIT教育を進めること,の4つの大きなカテゴリが含まれている。この中ですでに効果が見られる点がいくつかある。電子政府でいえば,インターネットを使ってさまざまな行政のサービスを展開していくときに,整合性の悪い点,たとえば,同じ部屋にいることを強要する「対面」の概念,印鑑の要求,「紙」でなければいけないという要求,場所を特定している要求など,を含む法律の改正が始まっている。このアプローチは電子商取引の発展にも大きく貢献する。

 「安くて誰でも使えるインターネット」を実現するためのインフラストラクチャの整備に関しては,徹底的な競争の導入をめざした規制緩和と業界の努力が始まり,この半年間で,急激な成果があがっている。「十二単」を脱ぎ捨てて「水着」になったと表現する人もいる。私はこの表現は,規制が少なくなったという意味だけではなく,実際にこれからIT化が進み,デジタルコミュニケーションの基盤が広がる中での人間の生き方にも関係してくると考えている。

 IT化された社会とは,自分の意見を表現しようと思ったときに,それぞれがたとえば自分の属性(属している学校,属している地域)などそういった外部的な立場の衣をかぶったり,その立場に依存したりせずに,人間個人としての責任をとり,個人として評価を受ける社会である。なんだか少し頼りないような,勇気がいるような,少し緊張感があるような感覚で,個というものをしっかり持って活動していかなくてはならない。一人ひとりが尊重されて,自由なコミュニケーションが成り立っていくインターネットの環境は,非常に透明度の高い社会を実現すると言える。

 しかし,情報の透明性を生かすためには,人がそれをモニターし,チェック機構として働いていなければならない。自律的なシステムが社会を形成していくときには,それぞれが独立して責任を持って生きていかなければならないし,その活動が全体として調和が取れているか,あるいは,定められたルールを守っているかといったことを厳しくチェックする環境も必要になる。インターネットの開発に取り組んでいてよく言われることは,これは臨床実験の一つであるということである。つまり,人と社会を相手に新しい技術を導入しながら新しい社会を作っていく性質から,医療での臨床実験がそうであるように,生身の人間に対して新しい技術が提供され,その評価結果を次に反映すべく努力していかなければならない。治療をするのと同じように,非常に慎重な体制と,厳しい評価とチェック機構が必要であり,そうした臨床実験に近いようなテストベッドという形でこれからもインターネットの社会は進んでいく。

 情報教育の使命は,個人の創造性が発揮される情報社会において,自分の意見を正しく世界に対して表現でき,他人が取り組んでいることや,世の中で起こっていることを厳しい目で評価し,それに対して自分の貢献がしっかりとできる,勇気を持った人材を育てることだと思う。完全に自由なコミュニケーションの環境を提供するインターネットは,コンピュータ以外のノードが主役になり,放送型のアプリケーションなど技術的には大きな変化が起こり始めている。個人の創造性とコミュニケーション能力が21世紀の社会を創っていく。
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