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ICT・EducationNo.9 > p1〜p5

教育実践例
情報教育のすすめ方
−大阪府のミレニアム・プロジェクト−
大阪府教育センター指導主事 堂之本 篤弘
adounomo@edu-c.pref.osaka.jp
1.新世紀の教育へ
(1)新学習指導要領の特色
 いよいよ新世紀の教育が始まる。高等学校では,新学習指導要領が2003年度(平成15年度)より実施される。今回の改訂の特徴をキーワードで3つ挙げるとすると,次の3つと考えている。


 1 完全学校週5日制
 2 総合的な学習の時間
 3 必修教科「情報」

 1の実施のため教育内容の厳選が行われた。この件で昨年来賑やかなのは,いわゆる「学力低下」論争である。昨年末,国際教育到達度評価学会(I EA)より,1999年に世界の中学2年を対象に実施した数学と理科の学力調査結果が公表された。「日本は数学で5位,理科が4位と4年前に比べやや順位を落としたが,平均得点はほぼ変わらず,依然,上位を維持している。しかし,両教科を『好き』と答えた生徒の割合は半数で,学校外での勉強時間も国際平均を大きく下回った。」ということである。この結果を良しとしない方々から出されている意見の殆どが,「もっと勉強させろ」ということである。この意見を全て否定する気はないが,そのような手立てで果たして子どもたちが輝き出すのかどうか,私自身は悲観的である。もう少しこの問題の幹の部分を見て欲しいと考えている。今(そして今後)必要としているのは,学習の「量」ではなく「質」を高めることである。基礎・基本の質と量を見直す時期に来ている。そのために一番必要なのは,先生や生徒だけでなく国民全体の「学習」に対する意識の改革である。「どのような人間を育てようとしているのか」を問われているわけで,その論議が十分でないまま「学力低下」問題は考えられない。2も同様で,「総合的な学習の時間」が生まれてきた経緯を考えず,この時間をとっても,一部の先進校以外では教育課程改訂の効果はあまり出て来ないであろう。このような状況の中で新しく3が登場してきた。私はこの教科に大変期待している。全教科に対する学習姿勢を変え得る可能性を持った教科だとも考えている。この教科は,生徒一人ひとりが主体的に問題を発見する学習活動が設定でき,必要な情報の収集,判断,処理,発信などを体験できる,新しいタイプの科目である。「学問」というよりは「道具」というほうがふさわしいかもしれない。教室の黒板のように,これからは当たり前に「コンピュータ」や「情報通信ネットワーク」を使うようになるであろう。学習に必要な道具としての教科である。

(2)高校生にとってのIT革命
 インターネット個人利用率(自宅のパソコンでインターネットを利用している人の割合)は,スウェーデン60.7%,米国48.9%,シンガポール39.2%,韓国31.2%で,日本は22.8%にとどまっている。(2000.12野村総合研究所)日本はまだまだインターネット先進国とはいえない状況であるが,子ども達はすでに次のような状況である。
 今年1月に小学校〜高等学校あわせて10校(721名)で実施したアンケート(インターネット利用実践研究)を見ると,子ども達はすでに必需品として,IT(InformationTechnology)を使い始めている。アンケートの対象は,小学校は5〜6年生,中学校は2年生,高校は1〜2年生である。

1 学校以外で,コンピュータやワープロを使ったことがある児童・生徒の割合(%)
1 学校以外で,コンピュータやワープロを使ったことがある児童・生徒の割合(%)

2 学校以外で,電子メールを利用したことがある児童・生徒の割合(%)
2 学校以外で,電子メールを利用したことがある児童・生徒の割合(%)

3 学校以外で,Webページを利用したことがあるかどうか,また,その目的(高校生対象)
3 学校以外で,Webページを利用したことがあるかどうか,また,その目的(高校生対象)

4 自分専用の携帯電話を持っている児童・生徒の割合(%)
4 自分専用の携帯電話を持っている児童・生徒の割合(%)

 小学校の高学年になるとコンピュータやワープロを利用し始めている。中学校になると携帯電話を中心とし,インターネットの利用率が急速に上がり,Webページや電子メールの利用が増えていくことがよくわかる。今後これらの利用は,加速度をつけて増えていくことだろう。学校では,小学生より中学生,中学生より高校生の方が,優れた知識や技能を持っていて,教師は彼等を指導できる高い見識や能力を持っているという「教育的常識」が,この分野では通用しなくなっている。このような逆転現象が随所に起こり,子ども達の方が,教師よりメディア・リテラシーが高いという,旧来型の教師にとっては,“恐ろしい”状況に出くわすことの多い分野となる。このような子ども達にどのような情報教育をしていくのかを考えてなくてはならない。
2.教科「情報」
(1)教科「情報」は“多面体”
 教科「情報」現職教員免許講習のテキストの項目は,次のとおりである。

 ・指導計画の作成と実習等の取扱い
 ・問題解決 ・職業指導 ・情報と生活
 ・情報社会 ・著作権1,2 ・情報モラル
 ・ハードウェアの基礎 ・ソフトウェアの基礎
 ・データ通信の概要 ・計測・制御の概要
 ・コミュニケーションの基礎
 ・情報の表し方 ・プレゼンテーションの基礎
 ・アルゴリズムの基礎 ・情報システムの概要
 ・情報検索とデータベースの概要
 ・モデル化とシミュレーション
 ・ネットワークの基礎
 ・コンピュータデザインの基礎
 ・図形と画像の処理
 ・マルチメディアの基礎

 この項目を見るとこの教科の多面性が窺える。「ハードウェア」,「ソフトウェア」や「データ通信」などの「情報」らしい内容だけでなく,「モデル化とシミュレーション」や「コンピュータデザイン」等の幅広い範囲の内容を含んでいる。「モデル化とシミュレーション」では,数学や理科的なアプローチや考えを必要とするもので興味深い。また,「コンピュータデザイン」では,美術・工芸の知識を要求し,さらに,「情報と生活」や「著作権」等では社会的な知識も含まれている。このように講習のテキストを見る限り,教科「情報」は従来型の1教科とは考えにくい。「どのような授業を組み立てていくのか」,「教師の指導性は,どこでどのように発揮するのか」,「生徒にどのような活動をさせるのか,またその場合,個人なのかグループなのか」などの疑問や迷いが次々と湧いてくる。教える側に自由な発想が必要になってくる。

(2)教科「情報」現職教員免許講習

平成12年度 240名
平成13年度 280名
平成14年度 280名
800名

 大阪府では,次の表のような教科「情報」担当教員養成計画を立て,7月から8月にかけて3週間の現職教員講習会を行った。年始早々に記念すべき最初の教科「情報」の免許(修了証)を発行したばかりである。
 平成11年度に発足した大阪府高等学校情報教育研究会の会員対象に行ったアンケート(回答150名)を見ると,教科「情報」を担当する場合,現在の担当教科と平行して担当したいとする率が8割近くある。おそらく新課程では,「掛け持ち」でこの教科を担当することになると考えられる。ただ,もとの担当教科と同じ発想で教科「情報」を進められると,この教科の‘持ち味’が薄れてしまう心配がある。



(3)教科「情報」指導上の留意点
 普通教科「情報」の指導計画を作成する場合,最初に考えなくてはいけないのは実習の位置付け方である。その際,いままでの「情報処理」や「文書処理」のイメージを捨てて実習計画を立てて欲しい。ワープロ・表計算ソフトの使い方や機器の操作を教える教科ではないということである。免許講習のテキストには,「合宿問題」という導入課題が示されていた。これは,ある部の合宿先を確保する手順を考える問題で,Web上にその指導案等もある。(http://www.isohara-h.kitaibaraki.ibaraki.jp /katsuyo/joho/kyokajoho.htm)
 「ある期間」に「できるだけ多くの部員が参加」でき,「練習用施設や宿が確保」でき,「費用も一定額以下」とさまざまな条件をできるだけ満たしながら実施時期,合宿先や宿舎等を決めていくというものである。指導の留意点は,「コンピュータを使うように」指示しないことである。また,それぞれの考えた問題解決方法を対比させ検討することも重要である。最初からゴールまでの最短経路を示すのではなく,試行錯誤を繰り返し,その時点で「コンピュータが必要」ということであれば使いながら,より良い方法を論理的に見つけていく過程が大切である。このようなすすめ方がこの教科の基本となる。実習時間は,「情報A」では1/2以上,「情報B」と「情報C」では1/3以上が当てられるように指示されているが,逆に言えば,全て実習ではない教科であるということを忘れてはいけない。つまり,教科「情報」は技能の習得だけではなく,知識だけを教え込むものでもない。身近な問題を解決するときに,試行錯誤だけではなく,論理的に分析し解決することの大切さを学ぶことにある。その際,問題解決における情報や情報技術の活用という観点から,解決の工夫を実際的な場面をとおして学び,自分なりに解決方法(知恵)を獲得していく方法を学ばせることが重要である。一言で言えば,これが「生きる力」であり,まさに「生きる力」を育てる教科である。
3.ミレニアム・プロジェクト(大阪府版)
 2000年度(平成12年度)から6年計画で開始された「ミレニアム・プロジェクト『教育の情報化』」は,2005年度(平成17年度)末までに,「すべての学校」の「すべての教室」の「すべての教科」の「すべての教員」が,コンピュータやインターネットを活用できるような状況を実現することとしている。しかもこの計画は2年間前倒しされるようである。
 大阪府でも2000年度(平成12年度)より,大阪府教育センターと府立学校(156校)との専用回線による接続や学校内ネットワークを構築することで,学校内のどこからでも常時インターネット接続が可能となり,次のような整備を進めている。

(1)「新しい学習環境」の構築
 府立学校間のネットワークと府教育センターを介して,インターネット接続を可能とする「学校情報ネットワーク」を利用した学習活動をとおして,高度情報通信社会に主体的に対応できる生徒の育成をめざした研究と環境の整備を行う。

(2)情報リテラシーの育成
 教育用LAN整備の推進と,生徒一人ひとりの情報活用能力の育成や,情報社会に主体的に対応するために必要とされる資質や能力の育成を支援する。

(3)「新しい学習」をめざした教育
 学校図書館にネットワーク接続されたパソコンを整備することにより,書物だけでなくインターネットの活用をとおして,生徒の学習のための情報収集を支援し,学校図書館を学習情報センターとして位置付ける。また,ネットワーク技術を活用して大阪府内外の学校との連携を推しすすめ,コミュニケーション能力の育成を図る。

(4)教育情報の共有と活用
 校長室・社会科教室・理科または視聴覚教室・家庭総合実習室・進路指導室・職員室にパソコンを整備する。これらのパソコンと教育用LAN教室,学校図書館のパソコンをネットワークで接続し,学校内ネットワークを構築することで学校の教育情報の共有と活用を推進する。また,生徒が全ての教科でいつでもどこからでもインターネットを活用できる環境を整備する。

(5)教育情報の拠点
 大阪府教育センターを教育情報センターとして位置付け,学校が必要とする教材や教具等,教育情報の充実を図り,また,保護者や府民が必要とする教育情報の提供を支援していく。

大阪府学校情報ネットワーク構成図
▲大阪府学校情報ネットワーク構成図(大阪府教育センター http://www.edu-c.pref.osaka.jp
4.情報教育のすすめ方
 最近,「IT教育」という単語をよく見かける。日本では,この言葉の使われ方には2種類あるように感じる。1つは,「ITを使いこなすための教育」,もうひとつは「ITを活用した教育」である。日本の教育現場では,前者のような発想,つまりコンピュータやインターネットが学校に導入されることを前提に,それらを使うために教育が発想されている面が多いように思われる。情報教育はこのような発想で行われるものではない。テクノロジーを道具として,いかに教育に生かすかを考えるべきである。従来の教育の「不易」の部分を残しながら,「流行」をいかに取り入れ,調和を図るかが問われている。
 世界各国のITに関わる動きに比べ,日本の動きは少し遅く感じる。アメリカ合衆国は,1993年にいわゆる情報スーパーハイウェーといわれる国家情報基盤(National Information Infrastructure:NII)構想を打ち出しており,国家政策として教育や研究にITを導入し,大学を中心に教育機関がこれまでの姿を大きく変えつつある。アジアを見ても,台湾,シンガポールなども早くからコンピュータ等を活用した教育に力を注いでいる。これらの国は,先述の国際教育到達度評価学会(IEA)の発表でも上位にランクされており,たとえば数学の第1位はシンガポールである。これらの国はうまくITを教育に取り入れている。シンガポールでは,2002年には全教科の授業の30%(現在は15%)をITを活用するように義務づけようとしている。その導入理念は,

 ・創造的思考力の育成
 ・コミュニケーション能力の育成
 ・プレゼンテーション能力・技能の育成

であり,学校でのIT活用の指針となっている。教科「情報」を担当する場合,このような理念を持ち,授業計画を作成して欲しいと願っている。新世紀をリードする教科であり,新しい教育のナビゲーターという気持ちで情報教育をすすめて欲しい。
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