高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

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浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―
2024.07.17
高校教科書×美術館(高等学校 美術/工芸) <No.076>
浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―
ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション

浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―
ポスター
 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションは、銅版画家の浜口陽三の作品を主に収蔵・展示する美術館です。夏の企画展「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」では、教科書にも掲載されている、浜口陽三の《西瓜》を見ることができます。作品の魅力や、展覧会の注目ポイントについて、主任学芸員の神林菜穂子さんにお話をうかがいました。

――「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」では、教科書にも掲載している《西瓜》を見ることができます。教科書では《西瓜》のメゾチントの技法について紹介していますが、本展覧会は《西瓜》のどのような点に注目していますか?作品の魅力とともに教えてください。

神林:メゾチントは、深い黒から明るい黒までを彫りの加減で表現する銅版画です。制作に時間がかかりますが、ビロードのような柔らかな質感があるので、芸術表現として使われるようになりました。
 《西瓜》の黒や赤の色彩を、手触りを楽しむように見てください。特に黒い部分、背景はただの暗闇ではなく、静けさや柔らかさを感じさせる、深い黒です。目を凝らして見ると、上から三分の一のところに、もっと濃い帯状の黒があるのが見えてくると思います。これは何でしょう。西瓜を浮かび上がらせるような黒い闇の中には、こまかな光が満ちています。浜口の作品は多くの油絵のように主題や主張があって訴えかけるのではなく、一つの世界を見せていると思ってください。
 銅版画の中でも、メゾチントは深みのある表現です。見る人がその世界に入り、自由に感じ取って下さい。浜口の作品を見ている皆様が感じ取れるものは、見えているものだけではありません。静けさや時のとまったような雰囲気など、どこか感覚的なものもあります。そして、黒なのにあたたかみがあり、落ち着けて、穏やかな感覚をもたらします。
 メゾチントの表現は繊細すぎるため、印刷ではお伝えしきれない部分もあります。実際の作品に近づいて見ると、彫るためにかけた時間が波長のように体で感じ取れる、そのような作品です。

浜口陽三《西瓜》 1981年 カラーメゾチント 23.3×54.1cm
Watermelon Color Mezzotint

――「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」では、浜口陽三と波多野華涯、二人の作家を取り上げています。展覧会ではそれぞれの作家について、どのように紹介していますか?展覧会の特徴とともに教えてください。

神林:浜口陽三は20世紀後半、銅版画家として国際的に活躍しました。1950年代、パリで黒の表現が特徴的なメゾチントを色彩表現に展開し、カラーメゾチントという独自の技法を開拓しました。それまで、この作品のような、神秘的で深みのある色合いは、絵の世界に存在しませんでした。誰も思いつかない新しい発想で、新しい作品世界を生み出し、世界的に評価されました。

浜口陽三《ういきょう》 1958年 メゾチント 29.3×44.0cm
Fennel Mezzotint

神林:波多野華涯は、明治、大正、昭和を、南画家として生き抜いた女性です。南画は、江戸時代に中国から日本にもたらされ、その後、我が国で、独自の変化を遂げながら、太平洋戦争前まで、広く人々に愛された画派です。華涯は、南画の伝統をきちんと学んだ上で、新しい感覚を盛り込んで、時代の先を行くような南画を描きました。たとえば蘭は文人画の伝統では人間の徳を象徴する花で、通常は小さな画面に少しだけ描きます。今回展示している屏風は、これだけ大きな画面に、あふれんばかりの蘭の葉と花を一気に描きあげています。銀箔の上に墨で描いているので描き直しがききません。その創作意欲や情熱も、華涯の特徴です。

波多野華涯 《蘭竹図屏風》 六曲一双 大正13年/1924年 紙本銀地墨画 各168.0×374.4cm
みやじまの宿 岩惣 所蔵 右隻 蘭図

――「浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―」は、8月18日まで開催されているため、夏休みの期間に訪問することができます。訪問した学生に、おすすめしたい作品やイベントがあれば教えてください。

神林:波多野華涯の《蘭竹図》は、東京ではじめてのお披露目となります。所蔵者の特別な計らいで、ガラスの壁越しではなく、直接、近くで見ることができます。屏風は見る角度によって、表情が変わります。右から左へと絵のつながりを見ながら鑑賞したり、斜めから見て立体的な迫力を感じたりと、屏風本来の鑑賞方法を体験できるでしょう。銀箔の面は外界の光を受けて輝き、墨で描いた筆致にも迫力があります。めったにない機会なので、ぜひご来館ください。

波多野華涯 《蘭竹図屏風》 六曲一双 大正13年/1924年 紙本銀地墨画 各168.0×374.4cm
みやじまの宿 岩惣 所蔵 左隻 竹図

神林:《蘭竹図》の墨の濃淡を見た後は、ぜひ浜口陽三の銅版画をゆっくり眺めてください。作品一つ一つに独自の世界感があるので、気に入った作品を一つ見つけて、絵の世界に入った気持ちでゆったりと鑑賞していただきたいです。
 自分が選んだ作品を、自分だけの感覚や想像力で味わってください。浜口が表現する、静かで落ち着いた時の流れを感じることが出来るでしょう。

浜口陽三 《14のさくらんぼ》 1966年 カラーメゾチント 52.3×24.4cm
Fourteen Cherries Color Mezzotint

展覧会情報

■『浜口陽三と波多野華涯 ―匂い立つ黒と黒―』
会期:2024年6月11日(火)~8月18日(日)
会場:ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション
公式サイト:https://www.yamasa.com/musee/
休館日:月曜日、(ただし7/15,8/12は開館)、7/16(火)、8/13(火)
開館時間:11:00~17:00(土日祝は10:00~)、最終入館16:30
(ナイトミュージアム)会期中の第1・3金曜日は20:00まで開館、最終入館19:30(6/21,7/5,7/19,8/2,8/16)
観覧料:大人:600円 大学・高校生:400円 中学生以下無料

【関連作品 教科書掲載情報】

  • 令和5年度版「高校生の美術2」p31.
    西瓜[カラーメゾチント/24×55cm]
    1981 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション蔵[東京都]
    浜口陽三[和歌山県・1909~2000]