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僕のピアノコンチェルト(2006年・スイス)

モーツァルトのようにピアノを弾き、
アインシュタインのように数学の才能を持って生まれた…。

画像:僕のピアノコンチェルト

 このところ、音楽についての、それもピアノが出てくる映画が多い。この欄でもご紹介した韓国映画「私のちいさなピアニスト」や、つい最近では、ドイツ映画「4分間のピアニスト」がある。今まででも、「ピアノ・レッスン」「海の上のピアニスト」「戦場のピアニスト」と、とにかくピアノに関係する映画は多い。ピアノが作られてから、ざっと300年という。このことも関係があるのかも知れない。
 やはりピアノが大好きという、スイスの監督フレディ・ムーラーの新作「僕のピアノコンチェルト」(東京テアトル配給)は、ピアノの天才少年が、家族の期待に答えるのか、自分自身の気持ちに忠実であろうとするのかの心の葛藤を、ユーモアたっぷりに描いている。
 もう20年以上も前に、ムーラーさんの「山の焚火」とドキュメント「われら山人たち」を見た。当時、サンフランシスコ映画祭に参加したムーラーさんは、日本から参加していた小栗康平監督に、「どうもアメリカという国はおたがい肌に合わないな」といった意味のことを話したという。
 「山の焚火」は、スイス・アルプスの山奥で暮らす家族の物語。不慮の事故で両親を亡くした姉と弟の、近親相姦を描いた悲劇ではあったが、見るものに突き抜けてくるような力のある傑作であった。その後、寡作のムーラーさんの映画は、失踪した子供たちを描いたミステリーふうの「最後通告」が日本で公開されただけである。まさに待望の新作と言える。

画像:僕のピアノコンチェルト ヴィトス(テオ・ゲオルギュー)は音楽、数学ともに天才的な12歳の少年。小さいころから、おもちゃのピアノを自在に演奏、本物のピアノになってからも、シューマンやラヴェルをいともかんたんに弾いてしまう。学校でも数学が得意、むずかしい問題もさらりと解く。そんな息子を持つママとパパもまんざらではなさそう。
飛び級で、ヴィトスは12歳で高校生になるが、それでもまだ、ヴィトスは天才である。授業は簡単すぎておもしろいわけがない。授業中も新聞を読む始末。ついには、早めに卒業試験を受け、学校を出てゆくように言われてしまう。
ヴィトスの唯一ほっとする場所が、家具工房を営むおじいちゃん(ブルーノ・ガンツ)の家。おじいちゃんは、ふつうの人になりたいと願うヴィトスに、自分の大事な帽子を放り投げて、「大事なものを手放してみろ」とアドバイス。
ある夜、ヴィトスは、マンションの上から、小さいころに遊んだおもちゃの飛行機の羽をつけて、飛び降りてしまう。さいわい無傷であったが、そのショックで、高かったIQとピアノの才能がなくなってしまう。
ヴィトスのパパは、発明家から就職、補聴器会社の重役になるが、会社がうまくいかない様子である。おじいちゃんもまた、貯金が底をつく寸前である。
いまや天才でなくなったヴィトスは、この現実にどう立ち向かうのか? やがて、驚くべき秘密が明らかになる。

 音楽が重要な役割を果たしてはいるが、才能ある少年の悩みや、子供を思う両親や祖父の感情が素直に表現されていて、なによりも微笑ましい。生まれながらにして才能をもっていたからといって、幸せというものでもない。ふとした家族の一言が、その才能を生かしもし、そぐこともある。寓話的に語られてはいるが、映画からは、家族のあるべき姿、音楽の持つ力の素晴らしさが、しっかりと伝わってくる。
 孫思いのおじいちゃんの飄々としたキャラクターがいい。名優ブルーノ・ガンツが扮している。ヴィトス役のテオ・ゲオルギューは、実生活でも天才ピアニスト。リストの「ラ・カンパネラ」、シューマンの「ピアノ協奏曲」など、才気あふれた演奏を聴かせる。
 ムーラーさんは67歳。ヴィトスのおじいちゃんのような父親だったらしい。この年齢になって、撮りたかった映画を撮りえたのではと思う。

●11月3日(土)より銀座テアトルシネマ他にて全国順次ロードショー!

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