学び!と美術

学び!と美術

美術館で「ブラタモリ」
2017.11.10
学び!と美術 <Vol.63>
美術館で「ブラタモリ」
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 テレビ番組の多くは司会役と参加役に分かれています。司会の進行にそって、ひな壇や解答席などに座る参加役が、答えを間違ったり、笑ったり、時に涙ぐんだりします。でも最終的には「ガッテン!」という「あらかじめ想定された答え」に行きつきます。
 一方、ギャラリートークはそういきません。最初から決まっている「答え」を目指すのではなく、参加者自身が活動を通して変化することがねらいです。進行役が想定していない意見や考えは歓迎されます。対話の中で作品について思いもしなかった解釈が生まれることもあります。
 テレビ番組で例えれば「ブラタモリ」のような感じでしょうか(※1)。ゆるやかなテーマのもとにブラブラと歩き回り、そこで何か見つけたり、地域の専門家と対話したりします。その過程で、何気ない道の段差や斜面の穴などが新しい意味をもち始めます。
 先日、ある美術館で行ったギャラリートークもそんな感じでした(※2)。依頼内容はとても緩やかで活動はお任せ、「時間は2時間、会場も小さいのでお客さんは多くて10名、役場の職員や学校の先生などが集まるはずです」。展覧会は大好きな「岩崎永人」。流木を用いて人体などをつくっている作家です。
 好きにやってよし、しかも大好きな作家とくれば、私の方程式としては「ブラタモリ」です。参加者と一緒にブラブラと館内を歩きまわりながら対話を楽しみ(※3)、状況に応じてアクティビティを取り入れます(※4)。何か生まれればそれでよし、うまくいかなかったら「ごめんなさい!」で……。

① テーマ

 行き先も分からずに、作品と対話するのは苦手なので、最初に緩やかなテーマを決めることにしました。「我々はどこから来て、どこに向かうのか考えてみましょう」と提案しました。岩崎さんの作品は、何か私たち自身の在り方について考えさせてくれると思ったからです。本当のところは、最近見た映画「ブレードランナー2049」のせいかもしれません(※5)……「人間とは何か」を問うテーマだったのです。

② 導入

 最初のアクティビティは、緊張している心をほぐすことが目的です。岩崎さんの風景画も展示してあったので、テーマに関連させて「あなたの原風景は?」としました。「空を見上げた記憶」「祖母の庭」「稲刈りの風景」「田んぼの小川で遊んだ記憶」などが返ってきました。自分自身との関わりから鑑賞する気持ちにはなってくれたと思います。
 次に、岩崎さんの油絵について語り合いました。風や匂いに関わる発言が出て、視覚だけでなく他の感覚を呼び起こすことにつながりました。ただ、この場面は参加者に「何をいっても認められるのだ」という雰囲気をつくることが何より大切です。作品解釈に深入りせず、早々にメイン会場の2階に向かいました。

③ 展開

④ 終末

 展示会場から出た後、一人ひとりに感想をまとめてもらいました。ここで、参加者は鑑賞を通して深く考えていたことが分かりました。
 「晩秋に 流木見つめ 起結問う 土から生まれ 土に帰すなり」。今回のトークは人間の起結を問う内容で、作品から輪廻転生的な意味を感じたという短歌です。短歌にしたのは、この美術館が万葉集の石碑が配置されている公園(※10)に設置されているからです。参加者は、作品だけでなく、美術館の場所からも考えていたのですね。
 その他「大地に返って、芽となり木となり、枝となり、それの繰り返し」「自分、子ども、孫と続いていく営み」「答えを見つけ出そうとする日々の繰り返しこそが答え」など生命や世代の連鎖、人生の意味に関する感想もありました。

 

 成り行き次第のギャラリートーク、参加者が全身の感覚を働かせながら感じ、考え、対話し、何かしら新しい発見をしてくれたのであれば幸いです。少なくとも私は、岩崎さんの作品に対する見方が変わるという成果を得ました。始まる前は、自然としての人、朽ちる時間、環境などだろうと漠然と考えていましたが、生命の輪廻や世代を超えた人の営みまで感じることができたのです。
 美術館での鑑賞活動は、単なる作品解釈や学力育成ではありません。自己、社会、歴史などに広がって自分の生き方や経験を再構成し、新たな問いを生み出すものだと思います。今回もそんな実感が味わえた「美術館で『ブラタモリ』」でした。

 

※1:あくまで個人的な喩えです。「ブラタモリ」も構成や脚本、念入りな準備が行われているはずです。
※2:「大衡村ふるさと美術館」。地元作家菅野廉の記念絵画を常設展示しています。近年「何でぇーマンホール展」などの意欲的な展覧会で来館者を増やしています。
※3:進行役は作家や作品に関する知識が必要です。ただ初めて出会う作品ばかりなので、同行する美術館の方を頼ることにしました。ずるい?かな。
※4:まあ、こういうと格好がつきますが、自分のできることは知れてますので、居直りかもしれません。もちろん、手駒を増やす努力は必要ですが…。
※5:そんな理由でいいのでしょうか?いいと思います(^^)
※6:「目がないのに、どこかを見つめているようで不思議でした」大衡中学校「美術通信」2019.11.4 そのほかに「見る角度を変えると表情が変わっているように感じました」というのもありましたが、同様の発言が参加者からありました。
※7:ちょうど館の方に教えてもらったばかりで…(恥)。
※8:これも中学生が感じていたことでした。「上を向いている人をスケッチしていると、作品の感情も見えてきて、前向きに明るい未来を見つめているように見えました」前掲註6 スケッチや模写は作品との対話の手段として考えることができます。
※9:一つ一つの流木は、もとは大きいのですが、山梨の山々から富士川に流れ、海に流れ着くまでもまれて、削られて小さく形成されたものです。岩崎さんは、これを山のように集めて、そこから一つ一つの形や色を吟味して作品をつくっています。
※10:「昭和万葉の森」。万葉集に詠まれる草木を通して、歴史・文化・自然・科学等が学べる森林公園です。園内には万葉集の歌を刻んだ石碑や、万葉茶屋、パークゴルフ場、わんぱく広場などがあります。