学び!とESD

学び!とESD

見えないものの声を聴く ~ヒューマンとノンヒューマン~(その2)
2024.04.15
学び!とESD <Vol.52>
見えないものの声を聴く ~ヒューマンとノンヒューマン~(その2)
萱原 真希(永田研究室大学院生)

ノンヒューマンの声

 今回は、ポスト・コロナ社会のESDにおいても新たな課題とされている「人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)」たちとの関係性を考える絵本シリーズの第2弾です。「その1(学び!とESD<Vol.49>)」の「ノンヒューマン」の対象は動物たちでしたが、今回のそれは「空気」です。ご紹介したい絵本のタイトルは、『空気はだれのもの? ジェイクのメッセージ』。作者の淡く優しい絵と文章が、空気と一匹の犬の声を通じて本を読む子どもたちに大切なメッセージを届けてくれます。
 物語の冒頭、犬のジェイクは空気と出会い、そこで空気からあることを頼まれます。空気の世界に案内するから一緒に来てくれないかと。空気と犬のジェイクの旅が始まります。風の風船に乗ったジェイクは、空気に案内されるまま高く高く空を上昇しますが、その道中で下から漂う汚れた臭いを感じます。臭いの正体は、人間たちが出した煙や化学物質でした。
 空気と一匹の犬の旅はさらに宇宙にまで達します。青く輝く地球を目にしたジェイクはその美しさにとても感動しますが、空気はそんな綺麗な地球が毛布のように「汚れ」に包まれることで地球の温度が高くなってしまうことを教えてくれます。そしてその結果氷山や氷河が溶けて海水が増え、小さな島や海岸が海に沈んでしまい、そこにいた植物や動物が困ってしまうということも。空気はジェイクに頼みます。「人間たちに伝えて、これ以上空気を汚さないで」と。そしてジェイクもそれに同意し、地球や空気は誰のものでもない、人間も含めて「お互いのため」に存在していることを思い出してほしいと人間たちに伝えることを空気に約束します。
 この絵本は、大気汚染、気候変動、脱炭素社会などという難しい用語を使わずとも、読み手となる子どもたちにたくさんのことを教えてくれます。単純に「空気の声を聴く」という手段を通じてです。私たちが普段気にも留めない、改めて考えることもない、でも必要不可欠な空気という存在に目を向けてその声を聴くことで、問題そのものだけではなく、他のものごとの見方も変わってくるかもしれません。

脱人間中心主義の動向

 人間だけではなく、それ以外のアクター(行為者、関係者)を「ノンヒューマン」として捉え、ヒューマンとノンヒューマンとの関係性から社会や環境を捉え直そうとする動きは、昨今の大きな潮流です。アクターを動植物といった「自然」のみに限定せず、テクノロジーも含めた「モノ」にも目を向け、しかも人間もアクターの一つと捉えてアクター相互の関係性を重視しようとする態度(*1)は、人類学のみならず、アート、文学、環境哲学などの様々な領域に広がっています。いかに人間のエゴ(Ego-centric)を見直し、生態系中心(Eco-centric)にものごとを考えることができるか、という「eGoからeCo」へのパラダイム転換の試みです。

<出典:「Medium」ホームページ>
“Anthro VS Eco: The Battle of the Prefixes”より
https://medium.com/@rnb96/anthro-vs-eco-the-battle-of-the-prefixes-20d257111013

 それは、人間のより良き生活のための問題解決として展開されてきたデザインという分野においてでさえも同様です。現代社会に起因する環境に関わる喫緊の課題に直面している今、これまでの「人間中心設計」(Human-Centered Design:HCD)に対する批判的アプローチとして、「ノンヒューマン」という観点が注目されています。デザインを再定義するという大きな問い直しです。
 つまり、従来どおりに人間のみをステークホルダー(利害関係者)とし、そのニーズと嗜好に応え、開発や発展のみをゴールに置いた人間中心設計に対し、すべての対象者をアクターとして捉え、環境、社会、経済を持続可能なものにするための「環境中心設計」(Environment-Centered Design:ECD)というデザイン思想です。このアクターは、ブルーノ・ラトゥールの「アクター・ネットワーク理論(ANT)」(*2)に由来しています。

<出典:「THE SUSTAINABLE UX」ホームページ>
“What is Environment Centered Design vs Human Centered Design”より
https://thesustainableux.com/what-is-environment-centered-design-vs-human-centered-design/

 上記2つの図を見て、読者の皆さんは何を感じるでしょうか。両図の左側のHCDが「人間を世界の中心やトップに据えているなかで、右側のECDは「人間も世界の数あるうちのアクターの1つでしかない」としており、人間とノンヒューマンのどこまでもフラットな関係性に気づかせてくれます。
 そこで次号では、ポーランド人デザイン人類学者モニカ・シュネル氏がつくった「アクタント・マッピング・キャンバス(Actant Mapping Canvas)」というデザイン・ツールを紹介したいと思います。ノンヒューマンを意識したデザインの再定義という大きな試みを通じて、私たちはどのような視点をもつことができるようになり、それがどうESDに結び付くのかを考えたいと思います。

*1:ヒト以外の生命(動植物や微生物など)のみならず、生命の定義には入ってこないウィルス、さらには大地・水・太陽・大気といった循環を支えている非生命までを含む広い概念。前田幸男『「人新世」の惑星政治学:ヒトだけを見れば済む時代の終焉』(2023年)青土社
*2:人間と非人間を等価なアクターと見なして、互いの関わり合いから社会を捉え直すための理論

【参考文献】

  • 葉 祥明(2008年)『空気さんありがとう!―ジェイクのメッセージ』自由国民社
  • アルトゥーロ・エスコバル(2024年)『多元世界に向けたデザイン ラディカルな相互依存性、自治と自律、そして複数の世界をつくること』ビー・エヌ・エヌ
  • ブリュノ・ラトゥール(2019年)『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局
  • The Mediumホームページ:https://medium.com/
  • THE SUSTAINABLE UXホームページ:https://thesustainableux.com/