学び!とESD

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世界中で深刻化する教員不足の現状とこれから 〜ユネスコの報告書から考える〜
2024.06.17
学び!とESD <Vol.54>
世界中で深刻化する教員不足の現状とこれから 〜ユネスコの報告書から考える〜
木戸 啓絵(東海大学 児童教育学部 専任講師)

 2015年の国連総会において「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されてから、今年(2024年)で9年が経過しました。持続可能な社会を目指し「SDGs(持続可能な開発目標)」という共通の目標の達成期限である2030年はもうすぐそこまで近づいています。今回紹介するユネスコの報告書の中でも、SDGsの目標4(SDG4)である「質の高い教育をみんなに」を達成するためには、教員は中心的な役割を担うことが期待されています。一方、現在、日本だけでなく世界的に教員不足の問題は深刻化しています。そこで今月は、2024年2月にユネスコから発刊された『教員に関するグローバル・レポート(Global Report on Teachers)』(*1)についてご紹介します。

図1 「教員に関するグローバル・レポート」(表紙)
出典:UNESCO Digital Library

 この報告書には「教員不足への対応と専門性の変容」という副題が付けられており、世界的に広がる教員不足の現状やその対応について187ページにわたり論じられています。ユネスコは、SDG4の達成の重要なアプローチとして、有資格の教員を大幅に増加させることを挙げています。しかし、発展途上国においても先進国においても教員不足は深刻化しており、このような現状に対してユネスコは本報告書の中でも警鐘を鳴らしています。例えば、サハラ以南のアフリカではSDG4を達成するために新たに求められる教員数は1500万人であると予測されています。また、フランス、オランダ、イギリスなどのヨーロッパ諸国、日本、アメリカなどの先進国においても、離職する教員数を補充することができていない状況が報告されています。しかし、今回取り上げる報告書が刊行されるまでは、教員に関して、多様な地域や国のデータや政策、国際的なイニシアチブを体系的に捉えて提示したような専門的なレポートは存在していませんでした。こうした事態を受けて、ユネスコは教員に関する国際的な報告書を2年ごとに刊行することしました。その第一弾にあたる報告書が今回取り上げた『教員に関するグローバル・レポート』です。なお、この報告書は2015年5月に韓国・仁川で開催された世界教育フォーラムの成果文書である「2030年に向けた教育:包括的かつ公平な質の高い教育及び万人のための生涯学習に向けて(仁川宣言)」で表明された公約の進捗状況のモニタリングと公約達成を支援することが目的とされています。
 以下、同報告書の概要版(*2)に記された8つのキーメッセージを紹介します。

  1. 「2030年までにすべての人が質の高い教育を受けられるようにする」というSDG4を達成するためには、世界全体で4400万人の初等・中等教育段階の教員の増員が必要である。教員不足は先進国と発展途上国の両方に影響を及ぼしている。これらの教員の大半(10人中7人)は中等教育レベルで必要とされており、必要な教員の半数以上は、離職する既存の教員の代替として求められている。
  2. 教員不足の課題は複雑で、モチベーション、採用、定着、研修、労働条件、社会的地位などの要因が相互に影響し合っている。この課題に効果的に取り組むためには、全体的かつ体系的なアプローチが必要である。
  3. 教員不足は、教員の仕事量の増加や幸福感の低下、将来の教育者の意欲低下、教育格差の継続、教育制度への財政負担の増大など、広範囲に及ぶ結果をもたらす。
  4. 2015年から2022年にかけて、初等教育における教員の離職率は4.6%から9%へと世界中で倍増している。国の所得水準や報酬にかかわらず、教員は働き始めてから5年以内に退職している(*3、*4)
  5. 教員不足を解消するためには、採用の増加、魅力の向上、定着に取り組む戦略が必要である。専門能力開発への公平なアクセスを備えた魅力的なキャリアパスは、教員を確保し、職業生活を通じてモチベーションを維持するために不可欠である。
  6. 教職における男女平等を促進し、特定の教科、レベル、指導的役割における女性の割合の低さに対処するとともに、男性が教職に就いたり、教職に留まったりすることを奨励する包括的な政策が必要である。教員は、その地域社会の多様性を反映した人材であるべきであり、それによって教職の魅力が増し、学習経験が豊かになる。
  7. 教員の労働条件を改善することは、質の高い教員の確保を強化する鍵であり、これには、意思決定に教員を参加させ、相互支援を特徴とする協力的な校風を提供することが含まれる。
  8. 教育への十分な国内支出は、教育財政、特に一定の水準以上の教員給与を保証するために重要な役割を果たす。新任教員への投資は、教員の減少に対処するための費用対効果の点でも有効な長期戦略となりうる。

 日本においても、教員不足の現状に対しては文科省が、その実態や対応について各都道府県や各政令指定都市の教育委員会に向けて調査を実施してきました。また、質の高い教員の確保に向けた総合的な方策を講じるなど、解決に向けた様々な対応が検討され試みられています。一筋縄では解決が難しい課題ですが、持続可能な社会に向けて示された「質の高い教育をみんなに」という目標(SDG4)に向けて、教育現場の声に傾聴する姿勢を保ちつつ、継続的に対策を講じていくことが望まれます。

*1:ユネスコ(2024)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応と専門性の変容』(英文)
UNESCO(2024)Global Report on Teachers: Addressing teacher shortages
and transforming the profession.

https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000388832
*2:ユネスコ(2023)『教員に関するグローバル・レポート:教員不足への対応 概要版』(英文)
UNESCO(2023)Global report on teachers: addressing teacher shortages; highlights.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000387400
*3:本報告書の中では、「特に男性教員と新任教員の離職率が高く、着任後5年以内に離職する割合が多い」「カナダ、香港(中国)、英国、米国では、新任教員の40%が勤務開始後5年以内に退職する」といった先行研究のデータ(Gallant and Riley 2014など)を取り上げながら、新任教員と離職の関係性について考察している(UNESCO 2024: 20, 60, 78, 147)。
*4:Gallant, A. and Riley, P. 2014. Early career teacher attrition: new thoughts on an intractable problem. Teacher Development 18(4), pp. 562–580. doi: 10.1080/13664530.2014.945129.