学び!とESD
学び!とESD

近年「変容」に関するESDの実践および研究が散見されますが、その具体的実践は容易いものではありません。今回は ‘ESD for 2030’ 以降、特にその重要性について言及されてきた変容的教育について2024年に刊行された
変容的教育のためのアート
UNESCO (2024).
出典:UNESCO Digital Library
このガイドブックは教員がアートを通じて学習を変革するためのガイドラインを提供することを目的として、世界39カ国のユネスコスクールの600人以上の教員から得たデータを分析して開発されました。
ガイドブックには、
「アートは個人および地域社会に変容をもたらす学びを豊かにし、活気づけ、推進する大きな可能性を秘めている。アート学習(*2)は、より平和で持続可能な世界を築くための生徒の能力と意欲を高め、変容的教育を促進する」
と述べられています。
しかし、このガイドブックではただ単にアートを教育に取り入れるだけでは不十分であり、アートが教育、ひいては地域社会にもひらかれた学習のツール(媒体)になるためには教員の役割が不可欠であると指摘しています。教員は生徒がそこから何を得るかを最適化するために、教育体験を意識的に構成し、サポートしなければならないと説明されています。
なお、本ガイドブックによるとアートおよびアート教育は
- 認知と非認知の両方を活性化する働きがあり、変容的教育を促進する
- 頭、手、心を統合することができる
- 学習とコミュニケーションのための人間らしさを呼び起こす
といった役割があると示されています。
また、アートを取り入れた実践を行うための枠組みとして以下の4項目が挙げられています。
- 学習行動(知識、技能、価値観、態度を育み、応用する機会)
- 学習内容(環境要因および教授法)
- 学習の関連性(学習者の人生における意義)
- 学習成果(知識、技能、価値観、態度)
上記の4項目は互いに影響し合いながら、教員および生徒の変容的教育が促進されます。
事例紹介:俳句で世界を探究する(日本)
本ガイドブックでは、12の実践例が取り上げられています。そのうちの一つである日本の事例(東京都江東区八名川小学校)を先に紹介した4項目に照合させながら紹介します。
1. 学習行動 |
読み・書き・朗読、考察・分析・発表。 |
2. 学習内容 |
松尾芭蕉にゆかりある地域。 |
3. 学習の関連性 |
重要な人生の局面をふり返り、表現する機会を提供する。 |
4. 学習成果 |
俳句の伝統、地域社会、日本文化における俳句の重要性を理解することができる。また、俳句が世界の他の詩形にどのような影響を与えたかを学ぶ機会もある。 |
UNESCO (2024).
現代の学校教育で育まれている思考の多くは文字を中心に成り立っています(*3)。自己変容と社会変容の学びの重要性を謳っているESDでさえも、認知的学習が重んじられ、非認知学習が軽視されていることが指摘されています(UNESCO, 2019;2020)。
4項目を意識しながらアートを取り入れた活動は深まりをもった内的経験を経て、身体性をともなった教育実践としての変容的教育がもたらされるのではないでしょうか。
【参考文献】
- 佐伯胖(2014)『幼児教育へのいざない [増補改訂版] ―円熟した保育者になるために―』
一般財団法人 東京大学出版会、189-211頁。 - UNESCO (2019).
Educational Content up close: Examining the learning dimensions of education for sustainable development and global citizenship education. - UNESCO (2020).
Education for Sustainable Development A roadmap. - UNESCO (2024).
Arts for transformative education: A guide for teachers from the UNESCO Associated Schools Network.
*1:ユネスコ憲章の理念や目的を学校現場で実践するために1953年に発足した国際的なネットワークです。
*2:本ガイドブックではアートを図画工作に限定しておらず、音楽や演劇、詩なども含まれているため、「アート学習」として翻訳しています。
*3:俳句は「詩的/物語的ことば」に分類され、「アート的思考」を「文字でもあらわせる形」に表現したことばに属します。例えば、俳句・詩・物語は文字的世界ではなく、絵のような情景を思い浮かべながら内的に経験し、身体感覚を呼び起こされるものです(佐伯, 2014)。