学び!とESD
学び!とESD

これまで「学び!とESD」Vol.14 や Vol.46 において紹介してきた「ホールスクール・アプローチ」について、本号では取り上げていきたいと思います。
「ホールスクール・アプローチ」はESDの包括的な取り組みとして「機関包括型アプローチ」と訳されていますが、分かりやすく馴染みやすい「学校全体アプローチ」または「学校まるごとアプローチ」などの呼称でも知られています。「国連ESDの10年」(2005-2014)が終わり、「グローバル・アクション・プログラム(GAP)」(2015-2019)に引き継がれた時に、5つの優先行動分野のうちの一つとしても位置付けられました。
「ホールスクール・アプローチ」とは、体系的・統合的・批判的視点を用いて教育を持続可能なものへと再方向付けする試みの一つです(Wals et al., 2024)。これは不確実性が常態化する時代において、答えのない問いを前に、学校に関わる多様な主体が相互に学び合いながら教育の在り方そのものを捉え直していく実践的枠組みを指します。言い換えれば、効率性や迅速性、正確さや成果を重視されてきた従来の教育観を前提とするのではなく、教育を一つの「生きた営み」として捉え直し、その健全さを取り戻すために、組織全体の在り方を整えることが求められていると言えます(永田, 2022)。近年では国際機関や各国からも期待が寄せられており(*1)、多様な実践および研究が蓄積されつつあります。
次にこれまで永田研究室において実践してきたスリランカでのプロジェクトの一端を紹介します(*2)。
スリランカの公立学校における「ホールスクール・アプローチ」実践
スリランカ中部に位置する古都キャンディの郊外にある小さな村の小学校(第1~5学年)をフィールドに、2023年2月から2025年2月までの2年間にわたりプロジェクトが実施されました(*3)。スリランカの各地域においても課題の一つとして直面しているゴミ問題に焦点を当て、プロジェクト型学習や若者の主導性に重点を置きながら、さまざまなアクティビティを実践しました。
プロジェクト冊子の表紙
出典:Illustration by Sri Arts
以下では本プロジェクトをふり返り、「ホールスクール・アプローチ」がどのようなプロセスを経て実践されてきたのかを紹介します。
①傾聴:子どもたちの声を聴く文化を育む。
②対話:子ども同士、大人同士、子どもと大人の双方向のコミュニケーションを奨励する。
③焦点化:対話を通して、扱いたいトピックを選ぶ。
④解決策の特定:創造性を活かして、協働で可視化する。
⑤探究:最も実現可能性のあるものを選び、学校の外へ出てアイデアを実現する手助けとなる協力者や地域の資源を見つけ出す。
⑥アクションとふり返り:一人ひとりの学びが協働を通じて地域全体の励みになり、互いの学びを認め合い、称え合う文化が育まれていく。
上記の6つのステップを経て、学校では若者を中心とした「グリーンユース」が設立され、学校菜園も誕生しました。学校菜園で収穫された野菜などの収益は学校運営費の補助に充てるなど、持続的な活動の基盤が築かれました。また、行政や企業との連携体制が整い、現地の大学院生やコーディネーターによる自律的かつ主体的な運営も生まれました。こうした取り組みは、生徒や保護者、教員、プロジェクトメンバーそれぞれのライフスタイルや意識の変化を促すとともに、学校を中心とした地域社会のエンパワメントを後押しすることにつながりました。以下は本プロジェクトに参加した生徒の保護者の声です。
「捨てられていたボトルを切り刻み、タイヤの破片に植物を植える。経済的に少し稼げたし、唐辛子作りなど毎日必要なことができたし、幸せを感じた。私と子どもは、学校でのこのプロジェクトを通じて農業についての知識と理解を得ることができました。」
本プロジェクトの「ホールスクール・アプローチ」実践は、子どもを通して保護者の暮らしにも変容がもたらされた一方で、教員研修の充実や制度改革の推進、学校外における学習機会の拡充といった課題を浮き彫りにしました。こうした成果と課題を通して、本プロジェクトはスリランカの教育改革の移行期とも重なり、学校教育の在り方や生徒と教員の関係性、教育の役割そのものを捉え直す重要な契機となりました。国境を越えた今回の取り組みが、持続可能な社会の実現に向けてささやかながらも希望ある未来への一助となることを願っています。
【補記】
昨年末まで続いた「ユネスコ教育勧告のエッセンス」シリーズは本年3月から再開の予定です。
【参考文献】
- 永田佳之(2021)「脱炭素社会の時代における学校づくり―ホールスクール・アプローチという手立て―」『中学校』第818号,pp.8–11.全日本中学校長会
- 永田佳之(2022)「気候危機の時代を生きる学校―ホールスクールで足元から地球規模課題に挑むー」『教育』第919号, pp.62-69.旬報社
- 永田佳之(2023)「やってみよう、学校まるごとSDGs! ~豊かな関係性をもたらすESDならではのアプローチ~」『中等教育資料』令和5年8月号,pp.26–31.学事出版
- Wals, A. E. J., Eikeland, I., Bjønness, B., & Sinnes, A. (2024). It takes a whole school: An introduction. In A. E. J. Wals, B. Bjønness, A. Sinnes, & I. Eikeland (Eds.),
Whole school approaches to sustainability: Education renewal in times of distress (pp. 1–6). Springer.
*1:国連欧州経済委員会(UNECE)やスコットランド政府の教育政策などにおいて、「ホールスクール・アプローチ」は重要な取り組みとして位置づけられています。
*2:プロジェクト成果物でもある冊子は次のURL(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/srilanka-pj/
)より入手できます。英語とシンハラ語、そしてプロジェクトで使用した活動集やワークシートも掲載されています。
*3:本プロジェクトはJICA草の根協力支援型事業「公立学校を拠点としたゴミ問題解決のためのグリーンユース・コミュニティ形成事業」による助成金を得て実施されました。この2年間の取り組みは、両国の相互理解が深まっただけではなく、ESDの理論を手がかりに地域コミュニティの新たな可能性を模索する歩みでした。本プロジェクトにご協力いただいたすべてのみなさまに、心より感謝申し上げます。