学び!とESD

学び!とESD

「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その4) 「コンヴィヴィアル」
2026.03.16
学び!とESD <Vol.75>
「ユネスコ教育勧告」のエッセンス(その4) 「コンヴィヴィアル」
永田 佳之(ながた・よしゆき)

Convivial(コンヴィヴィアル)という英語は、「宴会」や「ごちそう」、そして「共生」を意味するラテン語conviviumから派生した形容詞です。食べたり飲んだりすることと、共に生きることは、つながっています。それだけでなく、雰囲気が陽気だったり、友好的なこと、心地よかったりすること、という意味もあります。「ムーミン」の世界には、季節を通して、いろんな食べものが登場しますが、それを取り巻く環境やフィーリングは、「コンヴィヴィアル」であふれています。(中略)多様な価値観が隣あってせめぎあう現代の社会にあって、各々の「個」をしっかりと保っているのになんとなく共生しているムーミン谷の仲間たちの生き方と「コンヴィヴィアル」という概念に、これからの時代を生きていくための示唆を見いだせるかもしれません。

埼玉県飯能市ムーミンバレーパーク
展示施設内コケムス企画展
ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展
(2021年7月10日‐2022年10月23日)より
©Moomin Characters™

祝宴の時間

 今号で取り扱うキーワードは「コンヴィヴィアル」です。多くの読者にとってはなじみのない言葉なのではないでしょうか。もとは、ラテン語のcon-vivere、つまり「共に」を表すconと「生きる」を意味するvivereが合わさった言葉です(*1)。しばしば「共生」と訳されますが、後述のとおり、コンヴィヴィアルはとても含蓄のある言葉です。
 たまたま信州の旅行先で「ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展」を観たことがあります。リンゴやパンケーキ、コーヒー……、ムーミンの家族や個性ある仲間たちが美味しさにあふれる食卓を囲んで相互につながり、和気藹々とした時間を過ごす様子が伝わってくる原画や食事に関する会話を集めた展示で、上記のタイトルに添えられた副題は「食べること、共に生きること」でした(*2)。展示の解説には、コンヴィヴィアルは「共生」のほか、「ごちそう」や「パーティなどの楽しく心地よい雰囲気」を意味する言葉である、と記されていました。ドンチャン騒ぎの宴会のような時間ではなく、安心できる場所で一緒に食べる喜びを分かち合い、相互につながり、信頼感を育む祝宴のような時間であると言えましょう。

図1図2

出典:聖心女子大学グローバル共生研究所(https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

他者への想像力

 コンヴィヴィアルにはもうひとつの意味が内包されています。そこでのキーワードは「他者」です。コンヴィヴィアルとその名詞形であるコンヴィヴィアリティという概念を広めた立役者であるイヴァン・イリッチは、制度や道具に搾取されて暮らす現代人を批判的に捉え、人間が本来もつ創造性を生かしながら「自立共生」することの重要性を唱えました(*3)
 ここで大切なのは、訳語としてしばしば使われる「自立共生」は個人の自立だけでなく他者との共生も同時に含まれ、自立した者同士が、たとえ立場や考えや文化的な背景が違っていたとしても共に暮らしていくという意味合いです。この共生にとってさらに重要になるのは、たとえ生活を共にしていなくても、他者への想像力、特に苦しみと共にある遠い他者に対しても思いをはせることであると言えましょう。
 カード型教材の「コンヴィヴィアル」は上記の2点、つまり和気藹々とした時間をもつことの大切さと、しんどい状況に置かれた他者への共感共苦を念頭につくられましたが、カードの上部に書かれた意訳の言葉「人の痛みを 自分の痛みとする/共に生き生きと互いに活かしあう」は昨今の世の趨勢を踏まえて後者が前面に出されています。

カード上の3つの問い

 さて、今回のカードにも3つの問いが掲載されています。

あなたが誰かと一緒に生き生きとしたり、ワクワクしたりする時はどんな時ですか?
人の心の痛みが自分の痛みとなる共感共苦(コンパッション)を経験したり、聞いたりしたことはありますか?そのとき、どのようなことを感じましたか?
競わされるような関係性ではなく,和気藹々と互いに活かしあう(コンヴィヴィアルな)関係性を学びの場でつくるためには、どうしたらよいと思いますか?

 初めの問いは個人に向けた問いです。これまでのカードを用いたワークショップでは、ムーミン一家のように楽しい食卓の時間を挙げる参加者もいれば、家族で温泉旅行に行く時や仲間とダンスで汗を流す時を挙げる参加者もいるなど、十人十色の回答がありました。
 打って変わって、次の問いは、他者の痛みを直接・間接に感じる経験について問いています。作成過程では、沖縄の伝統的な言葉「ちむぐくる」(他者への思いやりや深い共感)を問いに盛り込むという案も検討されました。おそらく世界各地でこうした言葉は継承されてきたのでしょう。また、原文に出てくるコンパッションの訳出も議論に議論を重ね、「同情」や「愛」や「慈愛」などが検討されたものの、他者への思いを重視して「共感共苦」という訳語を採用しています。実際のカードを用いたワークショップでは、いじめで自死に追い込まれてしまった子どもの話や戦争で家を失ったガザやウクライナの人々のニュースを聞いていたたまれなくなったという話などが共有されていました。
 さらに社会的な制度/システムの課題を想定したのが3番目の問いです。学校や社会は受験など、とかく競わされる制度に支配されています。たしかに全ての競争が悪いというわけではありませんが、競争が過度になると弊害が出てきます。学びの場では競争の原理以外の原理をどう生かしていくのか、まさにこのカード型教材の諸々の原則をいかに具現化するのかが問われているのです。

キーワードとしての「共感」

 コンヴィヴィアルという概念を世に広めたイヴァン・イリッチは、人間の自立・自律性を剥奪するような制度への従属を問題視していました。彼は、人間が道具を使うのではなく、道具に支配されるような状態をコンヴィヴィアルの対極に描いていたのです。
 こうした思想を現代社会と重ね合わせるとどうでしょう。イリッチの思想が広まったのが1970年代ですが、その後の半世紀ほど、私たちは道具を主体的に使ってきたのか、それとも支配されてきたのか、どちらでしょう。この問いは、AIが席巻するようになった昨今、急速にその重要性を帯びています。再びコンヴィヴィアルに注目することは、ディストピア小説『1984』でジョージ・オーウェルの描いた「思想(思考)警察」に支配される世界に突き進んでしまうかもしれない人類を救う一助となるのでしょうか。
 ここまでコンヴィヴィアル及びコンヴィヴィアリティという含蓄のある言葉の多義性に注目しながら、本稿では大別されるふたつの意味を扱ってきました。多様な人々が集う「食卓」で安らぐ心持ちと苦しい状況下に置かれた他者を思う気持ち…。前者を「宴会」と訳し、後者を「同情」という言葉で括ってしまうと、この言葉の深みは一気に失せてしまうように思われます。これからの時代は、両者を別個のものとして捉えるのではなく、相互に深く関わり合っているという視点こそ重要であると言えるでしょう。筆者は両者を架橋するキーワードは「共感」であると捉えています。共感は同情とは異なり、他者の苦しみだけでなく喜びにも思いをはせ、分かち合うことを意味しているからです(*4)
 なお、今回のカードの裏面は「隣人意識」や「帰属感」「互恵性」「コンパッション」「ケアと連帯の倫理」など、重要なキーワードのオンパレードです。これらの概念についても具体例を共有するなど、ぜひ話し合ってみてください。

「コンヴィヴィアル」イラスト解説

このイラストは空から落ちてくる涙とそれを受け止める人の手を描いています。

誰もが「痛み」を抱えて生きています。
それでも、その「痛み」を誰かと分かち合うことができたとき、
人はまたそこから生きていける。
その「希望」のようなものを表現したいと思って描いた1枚です。

©Kei Ikeda

【参考文献】

  1. イヴァン・イリッチ(1977)(東洋・小澤周三訳)『脱学校の社会』東京創元社
  2. イヴァン・イリッチ(2015)(渡辺京二・渡辺梨佐訳)『コンヴィヴィアリティのための道具』ちくま学芸文庫
  3. ジョージ・オーウェル(2021)(田内志文訳)『1984』角川文庫
  4. 日本総合研究所|井上岳一・石田直美(2025)『コンヴィヴィアル・シティ:生き生きした自律協生の地域をつくる』学芸出版社
  5. ローマン・クルツナリック(2019)(田中一明・荻野高拡訳)『共感する人:ホモ・エンパシクスへ、あなたを変える六つのステップ』ぷねうま舎
  6. 「わたしたちがつくる平和・人権・持続可能な開発:日本のエデュケーターのための14のエッセンスと42の問いかけ(ユネスコ教育勧告カード型教材)」聖心女子大学グローバル共生研究所 / 日本国際理解教育学会
    https://kyosei.u-sacred-heart.ac.jp/unesco2023/

*1:冒頭のボックス内に記載のconviviumは「饗宴(きょう・えん)」という意味の名詞であるのに対して、本文で書いたconvivereは動詞であり、両者ともに語源は一緒です。
*2:「ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展―食べること、共に生きること―」小海町高原美術館(2024年6月15日〜10月6日)
*3:コンヴィヴィアルには「自律協生」(日本総合研究所|井上岳一・石田直美 2025)など、他にも様々な訳語が用いられています。
*4:ローマン・クルツナリック(2019), p. 51.