学び!と共生社会

学び!と共生社会

新タイプのユニバーサルデザイン絵本『まんじゅうこわい』誕生
2024.05.27
学び!と共生社会 <Vol.52>
新タイプのユニバーサルデザイン絵本『まんじゅうこわい』誕生
大内 進(おおうち・すすむ)

1.はじめに

 ユニバーサルデザイン絵本という点字と凸図のついた書籍をご存じでしょうか。「点字付き絵本」と称されている場合もあります。この4月に新しいタイプのユニバーサルデザイン絵本が出版されました。この本の企画・制作には筆者も関わりましたので、今回は、その話題を取り上げてみたいと思います。
 このユニバーサルデザイン絵本は、落語家春風亭昇吉師匠の「多くの人に落語を楽しんでもらいたい」という深い思いが込められています。東京大学の落語研究会に所属し、進路として落語家の道を歩んでいくか迷っていた時期に、その背中を押してくれたのが盲学校の子どもたちだったということもあり、昇吉師匠はいつか「落語の点字絵本を作りたい」と思い続けていたそうです。
 昇吉師匠がこの思いを共用品推進機構の星川専務理事に伝えたところ、具体的な動きとなって展開されることになりました。そして、昇吉師匠を中心に立ち上げた一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会によって制作が進められ、多屋光孫さんのイラストによる『てんじつき さわるえほん たのしいらくご① まんじゅうこわい』というタイトルの絵本が、この4月に出版されたのです(*1)
 この絵本には、従来のユニバーサルデザイン絵本に留まらない工夫がされています。UV絵本の概要も含めて、『まんじゅうこわい』誕生のいきさつと本書の特色について、以下に紹介していきたいと思います。

2.ユニバーサルデザイン絵本とは

 ユニバーサルデザイン絵本の特徴としては、点字が併記されていることと、それだけでなく触ってわかる凸線や凸点で図や絵などが掲載されているところにあります。近年は、紫外線硬化樹脂インク(UVインク)などの盛り上がるインクを用いた技法によって、凸状の印刷が施されています。こうした形態の本をここではUV絵本ということにします。
 こうしたUV絵本出版の先駆けとなったのは、1999年に岩崎書店から刊行された『バリアえほんシリーズ』ではないかと思います(*2)。私はこのシリーズの監修者として制作に協力しました。2002年には、NPO法人ユニバーサルデザイン絵本センターが発足しました(*3)。ユニバーサルデザイン絵本センターでは、これまでに21冊のUV絵本を発行しています。筆者は、このNPO法人にも設立時から理事として参画してきました。製作した絵本の中には、小学校の教科書で紹介されたものもあります。また、法人発足から2023年まで、毎年UV絵本の形式でカレンダーを製作し、全国の盲学校に寄贈するという活動も展開してきました。

 いくつかの出版社からも点字付き絵本は発行されていましたが、同じく2002年には、出版社、印刷会社、書店などで構成される「点字つき絵本の出版と普及を考える会」も発足しました。以後、会員である出版社からもUVインクを用いた技法による絵本が「てんじつきさわるえほん」として出版されるようになってきました(*4)
 こうしたUV絵本は、視覚活用に制約のある子どもも楽しめる本として開発が始まったのですが、ユニバーサルデザインの視点が盛り込まれていることから、視覚障害がある子どもだけでなく幼児やさまざまな障害がある子どもたちにも喜ばれるようになってきました。言葉どおり誰もが楽しめる絵本として認められるようになってきているといえます。ただし、特殊な印刷技法を用いていたり、製本に工夫が必要だったりするために、製作にコストがかかり、それが本体の価格に影響して普及の妨げになっているところは大きな課題だといえます。

3.ユニバーサルデザイン絵本『まんじゅうこわい』について

 昇吉師匠によるUV絵本の着想については、赤塚不二夫さんの存在も大きかったということです。赤塚不二夫さんは、視覚活用に制約がある人にも楽しんでもらうと『赤塚不二夫のさわる絵本 よ~いどん!』と『赤塚不二夫のさわる絵本 ニャロメをさがせ!』という2冊のUV絵本を出版されています(*5)
 昇吉師匠と星川さんからお話を伺い、私もこの企画に関わらせていただくことになったのですが、その時に私の脳裏によみがえったのは、赤塚不二夫さんのUV絵本を読んだ読者が「赤塚先生すみません。赤塚先生の熱意はとてもうれしいのですが、絵本の凸図が読み取れないのが悲しいです。」という思いを吐露されていたことでした。
 凸図があることはとても意義深いという大前提を踏まえてのことですが、視覚で認知できる画像をそのまま2次元の凸図に表しても、それを触認知するのは大変難しい場合があります。もともと3次元で表されている内容を、2次元的な凸図で読み取ってもらおうとするところに無理があるからです。したがって、視覚活用に制約がある人にとっては、点字付き絵本の凸図の理解は「わかったつもり」の段階にとどまらざるを得ないものが少なくないということになります。昇吉師匠のお話を伺って、絵本を視覚に制約のある人により楽しんでもらうためには、これまでのUV絵本を超える工夫が必要だと強く思いました。
 そこで、絵本に「3D造形物」を加味することを提案させていただきました。点字と触図だけでなく、立体造形物に触ることも加味されると、より直感的によりイメージ豊かに絵本を楽しむことが可能となると思ったのです。岩手県に「手でみる博物館」を開設された桜井政太郎先生は、「視覚に障害がある人にとっては、世の中に形で存在するものは、形として確認することがもっともわかりやすい」と主張されていました(*6)。私もそのとおりだと理解しているのですが、実際にそれを実現する術がなく、大きな壁が立ちはだかっていました。

 しかし、近年3Dプリンターが急速に普及してきています。私は、これまで視覚障害分野での3Dプリンティングの活用について取り組んできましたが、近年の3Dプリンターの低価格化と品質の向上には目覚ましいものがあります。この技術が新しい道を切り開いてくれるのではと、その可能性に希望を持っていました。そこで、今回のUV絵本に3Dデータを加えて提供することを提案したのです。絵本自体に付録として3D造形物をつけることが望ましいのですが、コスト面からもかさ高さからも現実的ではありません。3Dプリンターが普及してきている昨今、データがあれば、身近なところで出力することが可能です。この提案を前向きに受け止めていただくことができ、今回の絵本に反映されることになりました。立体にする事物を昇吉師匠にピックアップしてもらい、私とともに、海城中学高等学校の模型部の皆さんにも協力いただいて3Dデータを準備しました。この絵本には、点字や凸凹を付けたイラスト「触図」とともに、この絵本に描かれているムカデ、アリ、ヘビ等の生き物や長屋の模型等の3Dデータが収蔵されているサイトにアクセスできるQRコードがついています。ダウンロードできる模型は全部で26種類。それらを3Dプリンターで印刷すれば、触図の内容を3D模型で確かめながら、絵本を読み進めることができます。
 本書の発行に関する詳しい経緯については、NTTクラルティ株式会社の広報誌「CRARTE」11号に紹介されています(*7)。この記事は、NTTクラルティの社員でもあり、ブラインドサッカーの日本代表選手としても活躍している田中章仁さんと昇吉師匠の対談をまとめたものです。

4.UV絵本『まんじゅうこわい』に触れる-NHKニュースから-

 NHKのニュースで、この絵本が紹介されました(*8)
 ニュースでは、川崎市に住む小学6年生の片山優茉さんと家族がこの絵本を楽しんでいる様子が紹介されていました。優茉さんは、幼いときから目がほとんど見えず、今では全く見えないそうです。優茉さんの趣味は、点字の本を読むことだそうですが、凸凹が付いたイラストを指で触れて読み取る「触図」の本については、指で触って絵を想像することは難しく、「本に絵はいらない」と考えているということです。優茉さんの率直な主張には、我が意を得たりと思いました。そして、番組では、出力した3D造形物とともに、優茉さんとご家族が、この絵本を夢中で楽しんでいる様子が紹介されていました。この映像を通して、改めて「形あるものは形で示すこと」の意義を確信することができました。
 ニュースには、触図で団子にアリが群がっていることを確かめ、3D模型でアリの姿を確かめている様子も流れていました。模型があることで、「わかったつもり」で片付けてしまうことなく、概念を形成しながら内容に深入りすることが可能になると実感しました。優茉さんは、「模型があることで、絵を理解することの大切さに気がつくことができました。そして、この本を一緒に囲めばみんな楽しいし、私の障害のことをもっと知ってもらえると思いました。こういう本がもっとたくさんできればいいと思います」と語っていました。一ケースではありますが、このように思ってもらえたことを感慨深く受け止めました。このことばに安堵するとともに、当事者が本音を吐露しにくい状況がまだまだ残っていることを自戒してユニバーサルデザインを考えていく必要があることを実感しました。まさに、それが「共に生きる」ということにつながっているのだと思います。
 この番組は、NHKのアーカイブスから視聴していただくことができます。

5.まとめ

 「共生社会」の実現という観点から、ユニバーサルデザインの理念が広く普及するようになってきています。しかし、共に生きるということは、単に「善意」を施すことではありません。ユニバーサルデザインを施したとしても、当事者が納得できる形になっていなければ、善意の押し売りに終わってしまいかねません。これまでUV絵本の取り組みに努力されてきた皆さんの尽力に敬意を表しつつも、今回の昇吉師匠の思いがこもったUV絵本「まんじゅうこわい」では、これまで見逃していたところに少し手が届いたのではないかと受け止めています。また、NHKのニュースの一コマに家族中でこのUV絵本を楽しんでいる様子が認められました。こうした工夫は、視覚障害がない人にとっても有効だということを示しているといえるでしょう。
 昇吉師匠は、NHKニュースの中で「社会を変えたいとか、大それたことは考えていません。でも、この本は『目が見えないからあんたはこっち』、『見えるからあんたはこっち』って分けるんじゃなくて、みんなでこの本を囲んでほしい。お互いを認め合うきっかけになってほしいんです」と語っていました。
 3D造形については、まだまだ不備が多く改善の余地があるのですが、障害のあるなしにかかわらず楽しんでもらおうと企画された絵本『まんじゅうこわい』は、UV絵本=点字と触図つき絵本という思い込みにとらわれない新しい方向を示したように思います。これをきっかけにこれまでのUV絵本の課題に向き合った本づくりがどのように展開していくか、今後の動向に注目していきたいと思います。

*1:『てんじつき さわるえほん たのしいらくご① まんじゅうこわい』
一般社団法人落語ユニバーサルデザイン化推進協会・著、多屋光孫・絵、合同出版・刊
https://www.godo-shuppan.co.jp/book/b638370.html
*2:バリアフリーえほん(全3)
中塚 裕美子 作・絵 岩崎書店刊
https://www.iwasakishoten.co.jp/book/b193700.html
*3:ユニバーサルデザイン絵本センター
https://www.ud-ehon.com/
*4:点字つき絵本の出版と普及を考える会
https://tenji.shogakukan.co.jp/index.html
*5:赤塚不二夫保存会/フジオNo.1『赤塚不二夫のさわる絵本』シリーズ
https://blog.goo.ne.jp/220-number1/e/96b4477b3436cd561ee8347fbf2668d7
*6:桜井記念視覚障がい者のための手でみる博物館
https://tedemil-hakubutukan.asablo.jp/blog/
*7:CLARTE vol.11『誰もが平等にアクセスできる社会づくりのためにできること』
https://www.ntt-claruty.co.jp/assets/pdf/clarte_vol11.pdf
*8:NHK NEWS WEB
『新たな仕掛けでみんなに笑顔を “まんじゅうこわい”が絵本に(2024年5月17日 19時43分 )』
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240517/k10014452821000.html