学び!と共生社会
学び!と共生社会
1.はじめに
最近の新聞に、「不登校児に退学届要求 フリースクール通い、学籍残せるはずが… 目黒区教委、就学義務違反と誤解」という見出しで、次のような内容の記事が掲載されていました(*1)。
東京都目黒区の公立小学校で不登校になった男子児童が2023年、フリースクールに通うと決めた際に、区教育委員会から「退学届」を提出するよう保護者に求めがあったということです。不登校が理由の場合については、学籍を残したままフリースクールに通えることになっていますが、区教委が「就学義務違反」になると誤った解釈をしていたためでした。この解釈が誤りであり、区教委は不適切な対応と認め陳謝しというものです。
記事からは、インターナショナルスクールが多い目黒区ならではの事情があると読み取れますが、不登校に対する認識がまだまだ教育行政に携わる人々にも浸透していないということを背景にあるようにも思われました。
不登校が社会で大きな問題となって久しいですが、不登校に対応している機関でもこのような「誤解」が生まれるという現実は、不登校についての社会の理解がまだ不十分であることを示しているとも言えます。
他方、国では不登校を社会の問題としてとらえ、その対応に力を入れていることもあり、さまざまな工夫をしている自治体も出てきています。
そこで、本稿では、共生社会の実現という観点から不登校に関する最近の動向を整理しておくことにしました。
2.不登校の実態
(1)不登校の定義
文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査-用語の解説」によると、不登校は次のように定義されています(*2)。
○「不登校」には,何らかの心理的,情緒的,身体的,あるいは社会的要因・背景により,児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にある者(ただし,「病気」や「経済的理由」,「新型コロナウイルスの感染回避」による者を除く。)。
※「不登校」の具体例
- 友人関係又は教職員との関係に課題を抱えているため登校しない(できない)。
- 遊ぶためや非行グループに入っていることなどのため登校しない。
- 無気力で何となく登校しない。迎えに行ったり強く催促したりすると登校するが長続きしない。
- 登校の意志はあるが身体の不調を訴え登校できない。漠然とした不安を訴え登校しないなど,不安を理由に登校しない(できない)。
この定義から、不登校は児童生徒本人の問題だけではなく、学校や家庭などの環境も大きく影響していることがわかります。
(2)不登校の現況
文部科学省が実施した不登校に関する調査で、昨年10月に公表された「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」(*3)によると、令和4(2022)年度における小・中学校における長期欠席者のうち、不登校児童生徒数は299,048人で、児童生徒1,000人当たりの不登校児童生徒数は31.7人(前年度25.7人)となっています。前年度は244,940人でした。1年で2割強も増えているということになります。
不登校児童生徒数の推移についてグラフに示しましたが、10年連続で増加し、過去最多となっていることがわかります(グラフ1)。また、文部科学省の調査から、不登校は学齢が上がるにつれて増え、中学校では数値上では1クラスに二人程度存在しているという状況にあるということになります。
この調査を受けて、文部科学省では、初等中等教育局児童生徒課長名で「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた緊急対策等について」という通知を発出しています(*4)。
この中でも「周囲の大人が子供たちのSOSを受け止め、組織的対応を行い、外部の関係機関等とも積極的に連携して対処するなど、きめ細かな対応」が必要だということが強調され、国や自治体としての対応策が示されています。
この通知では、次のようなことも強調されています。
教育機会確保法の基本的な考え方が学校の教職員等に十分に伝わっていない現状を踏まえ、国において作成した教育機会確保法の理念についてまとめたパンフレット等を活用しつつ、改めて学校及び児童生徒や保護者等と直接対応する教師等にも周知したり、保護者への情報提供方法を工夫する等、不登校は、取り巻く環境によっては、どの児童生徒にも起こり得るものとして捉え、不登校というだけで問題行動であると受け取られないような配慮が必要なことや、支援に当たっては、不登校児童生徒や保護者の意思を十分に尊重しつつ行う必要があることなど、法の正しい理解の促進に努め、その取組の促進を図ること。
この記述からも、不登校については教育の分野だけなく社会全体で考えていかなければならないということが再認識させられます。
(3)不登校の要因
文部科学省は、不登校に至った要因についても調査しています(*3)。その要因はさまざまですが、調査では、本人の問題に起因する場合、学校生活に起因する場合、家庭生活に起因する場合の3つの要因に大別しています。その結果は表に示したとおりです。本人や家庭生活に起因するケースが少なくなく、こうした面からも不登校が学校教育だけの課題ではないことが理解できます。
本人の問題に起因 |
「学校生活に起因」 |
「家庭生活に起因」 |
|
---|---|---|---|
小学校 |
63.5% |
16.8% |
14.7% |
中学校 |
62.9% |
23.3% |
8.8% |
高等学校 |
55.9% |
29.6% |
6.4% |
3.令和5年の総務省調査
また、総務省でも令和5年度に不登校・ひきこもりのこども支援に関するアンケート調査を実施しています(*5)。これは「不登校児童生徒への支援がどの程度効果を発揮しているかを把握するため、児童生徒やその保護者が学校やその他の関係機関などから受けた支援に対して、感じたことを把握する。」ことを目的として実施されたもので、調査対象は児童生徒及びその保護者各490人となっています。
そこでは、学校は不登校児童生徒やその保護者への支援として、相談体制の整備や公的支援情報の提供などを行っているものの、児童生徒やその保護者からは「相談しづらい」、「民間施設の支援情報も欲しい」といった意見が出ていることが示されていました。とくに児童生徒からの評価は厳しく、その理由として、児童生徒には「自分の気持ちをどう表現すればよいか分からない」、「言っても分かってもらえない」、「相談内容が漏れないか不安」という思いがあること等が示されていました。
学校に通えなくなってからの過ごし方については、普段から支援の情報が欲しいという保護者が8割を超えていました。そして、学校や教育支援センター、フリースクール等で過ごす機会を通じて、悩みや要望を相談できる頼れる人が表れていること、また、希望に沿った過ごし方ができるようになっていることも示されていました。
こうした結果も不登校については、学校だけでなく社会全体で対応することが不可欠であることを示していると言えます。
4.地域ぐるみでの「不登校」への対応
こうした中で地域ぐるみで「不登校」サポートしようとする動きが各地にあらわれています。NTT経済研究所のレポート「第5回 こどもが安心していきいきと暮らせる地域共生社会づくりに向けて」には、宮崎県三股町社会福祉協議会における取り組み事例がまとめられています(*6)。
この記事によると、三股町社協では、「一人ひとりの課題を地域で解決する」取り組みを進めていますが、こども支援の一つとして、「森の子学習塾」という子どもたちの学びを応援する取り組みを進めているということです。経済的に厳しい一人の中学生の学習を支援することから始まった取り組みだということですが、同じような状況の子どもが後から参加することができる場となっていて、日頃から築いている地域ネットワークを活用し、地域との協力によって全体で個々の課題に対応する体制を整えているそうです。
不登校児童生徒についても、三股町社会福祉協議会以外の人々の力も借りて、楽しみながらキャンプやボルダリング体験などのアウトドア活動を実施しているという報告がありました。アウトドア事業者との協働により、「外に出るきっかけ」をつくることができ、また不登校支援団体も協働することで個別支援に入るきっかけやつながりをもつことに至り、継続的な支援を行うことで関わった児童が復学するなど、不登校状態の改善が図られているということです。
5.まとめ
本稿では、まず不登校児童生徒が増加していること、その要因も多様であることを再確認しました。その上で、増加に対応してさまざまな取り組みが展開されており、その事例として三股町の取り組みを示しました。地域のさまざまな人々のネットワークを生かして、不登校についても支援できる体制を築けるということが確認できました。インクルーシブ社会の実現という観点からも、不登校を学校だけでなく分野横断的に対応していくことが重要であることが再認識させられました。
すでに国の制度としても、2020年に改正された社会福祉法によって「重層的支援体制整備事業」が創設されています。これは、一つの支援機関だけでは解決に導くことが難しいような複雑な、複合的な課題を持つ方(家族)をサポートするための体制をつくる事業のことで、改正された社会福祉法第106条の4に規定されています(令和3年4月1日施行)(*7)。
地域住民のさまざまな支援ニーズには、不登校も含まれます。総務省の調査からも、学校外からの不登校児童生徒に寄り添った支援が有効であることが示されています。こうした地域における分野横断的な支援体制の構築が進んでいくことによって、根本的解決には至らないかもしれませんが、不登校に関する諸課題の改善が計られる方向に向かうことは確かです。それによって、目黒区で生じたような不登校への誤解の解消が進んでいくことも期待したいと思います。
*1:毎日新聞東京朝刊7/18(水)13:00配信
https://mainichi.jp/articles/20240718/ddm/041/040/083000c
https://mainichi.jp/articles/20240716/k00/00m/040/039000c?inb=ys
*2:文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査-用語の解説」
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/shidou/yougo/1267642.htm
*3:文部科学省「令和4年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm
*4:文部科学省「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた緊急対策等について(通知)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1422178_00004.htm
*5:総務省「不登校・ひきこもりのこども支援に関するアンケート調査結果」(令和5年7月)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000892979.pdf
*6:大野孝司「第5回 こどもが安⼼していきいきと暮らせる地域共⽣社会づくりに向けて」(NTTデータ経営研究所経営研レポート)
https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2024/240329/
*7:厚生労働省:重層的支援体制整備事業について
https://www.mhlw.go.jp/kyouseisyakaiportal/jigyou/