学び!と共生社会
学び!と共生社会
1.はじめに
小・中学校等に在籍する外国人児童生徒(日本語指導が必要な外国籍・日本国籍の児童生徒)が増大しています。外国人児童生徒への対応については、将来にわたって我が国に居住し、共生社会の一員として今後の日本を形成する存在であることを前提に制度設計を行うことが必要であるとされていますが、外国人児童生徒の学校での対応については、かねてから大きな問題になっていました。このことについては、「学び!と共生社会」(Vol.46)『多文化共生と学校教育』(2023.11.27)でも取り上げました。そこでは、自治体によっては、特別支援学級に在籍させて対応するというケースがあることを示しました。
この背景には、学校教育で教科書の使用に困難を抱えているという現状があったのですが、2024年6月に『障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律 (通称:教科書バリアフリー法)の 一部を改正する法律』(*1)が成立しました。
これまでの「教科書バリアフリー法」では、障害のある児童生徒の学習の用に供するための教科用特定図書等を発行する場合に教科書デジタルデータを提供することができることとされていたのですが、日本語に通じない児童生徒の学習の用に供するための教科用特定図書等を発行する場合にも教科書デジタルデータを提供することができることになったのです。
かねてから文部科学省では検討者会議を立ち上げるなど、外国人児童生徒への対応について検討してきていて、その報告書には「教科書使用に係る外国人児童生徒等の困難を軽減し、学びを充実させるために、ICT 教材を活用することは、幅広い観点から効果的であると期待され、その活用を推進していくべきものと考えられる。」(*2)と記されていました。
今回の法改正は、それが法としてしっかり位置付けられたものであり、「共生社会の一員として今後の日本を形成する存在である」外国人児童生徒への対応について、一歩前進したという印象を与えるものでした。そこで、今回はこのことについて、詳しく見ていきたいと思います。
2.外国人児童生徒の処遇の実態の確認(令和5年調査結果から)
まず、文部科学省が令和5年に実施した調査の結果(*3)から外国人児童生徒の受け入れ状況について確認しておくことにします。
日本語での日常会話が十分にできなかったり、日常会話はできても学習への参加に支障が出ていたりするなど、日本語指導が必要な児童生徒の状況を全国の教育委員会に尋ねたものです。
それによると、日本語指導が必要な児童生徒数は、全国で69,123人に上っていることがわかりました。前回の令和3年度調査(*4)では、57,718人(外国籍の者が40,755人で、日本国籍の者は11,405人)でした。2年間で1万人以上増加していることになります。この数値はこれまでで最多だったということです。
また、日本語指導の必要な児童生徒が在籍している公立学校は11,123校(日本語指導が必要な外国籍の児童生徒が在籍する学校は9,932校、日本国籍の児童生徒が在籍する学校は4,006校)で、校種別で見ると、どちらも小学校が最も多くなっているということです。
日本語指導が必要な外国籍児童生徒で、学校で特別な配慮に基づいた指導を受けているのは52,176人(90.4%、前回調査時より8,844人増)で、日本国籍の児童・生徒は9,878人(86.6%、459人増)ということでした。このうち、「特別の教育課程」による指導を受けている外国人児童・生徒の数は、義務教育段階で37,500人、日本国籍の生徒は6,809人でした。
令和5年度からは、高校、中等教育学校後期課程、特別支援学校高等部でも特別の教育課程の編成・実施が可能になり、外国籍生徒215人、日本国籍生徒30人が指導を受けていたことも明らかにされています。
また、文科省が本年の8月に公表した「外国人の子供の就学状況等調査」(*5)では、令和5年5月1日時点で学齢相当の8,601人の子どもが就学していない可能性があることも示されています。令和4年度より418人増ということになります。
3.「教科書バリアフリー法」について
改正前の「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(通称:教科書バリアフリー法)は、2008(平成20)年6月に成立しています。この法律は、通常の検定教科書を利用することに制約がある弱視児童生徒への対応という観点から制定への動きが始まったものです。
視覚活用が困難な児童生徒のためには点字教科書が作製されていましたが、弱視児童生徒のための拡大教科書については、公的な対応がなされていませんでした。ボランティア等による「拡大写本」の活動や教科書発行者による独自の取り組み等に頼っていて、公的な対応がなされていなかったのです。こうしたことから、「教科書バリアフリー法」が制定されることになったのです。「教科書バリアフリー法」の目的と「教科用特定図書等」の定義は、本法に次のように示されています。
「教科書バリアフリー法」の目的(第1条) ○教育の機会均等の趣旨にのっとり、障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等を図る
○児童生徒が障害その他の特性の有無にかかわらず、十分な教育が受けられる学校教育の推進に資する
「教科用特定図書等」の定義(第2条) ○視覚障害のある児童生徒の学習の用に供するため、文字、図形等を拡大して検定教科書を複製した図書(拡大教科書)
○点字により検定教科書を複製した図書(点字教科書)
○その他障害のある児童生徒の学習の用に供するため、作成した教材であって検定教科書に代えて使用し得るもの(音声教材)
これにより、拡大教科書について教科書発行者には自社版拡大教科書を発行する努力義務が課せられることになりました。教科書発行者が取り組みを強化したことで、現在は、ほぼすべての教科書で拡大教科書が発行されるに至っています(*6)。
また、第2条の定義からわかるように、教科書バリアフリー法では、視覚障害以外の障害のある児童生徒でも教科用特定図書等が使えるようになっているのですが、第7条には次のように記されています。
「国は、発達障害その他の障害のある児童及び生徒であって検定教科用図書等において一般的に使用される文字、図形等を認識することが困難なものが使用する教科用特定図書等の整備及び充実を図るため、必要な調査研究等を推進する」
現在は、教科書バリアフリー法の第5条に基づいて、図(*7)に示したようにデータ管理機関が教科用特定図書等の発行をする者に対して、発行されている検定教科書のデジタルデータ(PDFとテキストデータ)の提供を行い、「拡大教科書」や「音声教材」(*8)が製作され、それらが視覚に障害がある児童生徒や読み書きが困難な児童生徒等に無償で提供されるようになっています。
音声教材は、パソコンやタブレット等の機器で活用することができます。本文等テキストを肉声及び合成音声で確認することができたり、ハイライト機能で音声表示部分が示されたりする機能があるため、読み書き等に困難がある児童生徒に内容理解がしやすくなります。
4.「教科書バリアフリー法」改正と外国人児童生徒への対応
以上見てきたように、教科書の内容を音声化した音声教材は、使用者が随意に教科書の音声情報を入手できる機能を持つこと等から、外国人児童生徒等の抱える困難を軽減させるためにも有効なことがわかります。
しかし、改正前の「教科書バリアフリー法」では、音声教材が提供される対象は「障害のある児童生徒」とされていて、外国人児童生徒等が音声教材を使用して学習することができませんでした。そこで、外国人児童生徒等が音声教材を使用して学習することができることとなるよう、必要な改正が行われるようになったものです。
「教科書バリアフリー法」改正の概要については、文部科学省から発出された通知に次のように記されています(*9)。
1.日本語に通じない児童生徒の学習の用に供するための特例規定の新設
当分の間、文部科学大臣等は、音声教材等の教科用特定図書等を発行する者が障害のある児童生徒及び日本語に通じない児童生徒の両者の学習の用に供するために教科用特定図書等を発行する場合にも、教科書デジタルデータ(※1)を提供することができることとする(※2)。※1 音声教材等の教科用特定図書等を作成する際に用いられる教科書のデータであり、教科書会社はこのデータを文部科学大臣等に提供することが義務付けられている。
※2 現在は、障害のある児童生徒のみの学習の用に供するために発行する場合に提供されている。
2.著作権法の関連規定の整備
1.のデータの提供を受け障害のある児童生徒及び日本語に通じない児童生徒の両者の学習の用に供するために発行された教科用特定図書等に掲載された著作物について、これらの児童生徒の学習の用に供するために増製、インターネットを用いた提供(公衆送信)などをすることを著作権者の許諾なくできるよう、特例を設けるもの。
外国人児童生徒等が、音声教材を活用することの意義について、検討者会議の報告書(*2)では、初期の基礎的内容を学習する段階から、学年相当の教科学習への参加に必要な文章を理解するための学習段階まで言語学習の支援ができるとして、次のような諸点を挙げています。
①発音、イントネーション、アクセント
来日直後の、生活に必要な日本語を学んでいる段階において、分からない箇所を何度も繰り返したり、読み上げ速度を調節したりしながら日本語の読み上げ音声を聞くことによって、発音、イントネーション、アクセントも含めて学ぶことができる。
②音と文字の対応
文字の認識とその文字を音声化するプロセスに困難を抱える児童生徒であれば、読み上げ音声を教科書と照らし合わせながら、文字との対応関係を学ぶことができるようになる。
③漢字の読み
漢字の読み方が確認でき、意味を調べることもできる。
④音声化による文章の意味の理解
単語や文節の切れ目が分からない場合にも、読み上げ音声を聞くことで、それらを認識し、単語や文章の意味の理解につなげることができる。また、会話する力がある児童生徒は、音で聞けば理解できることも多く、音声化により内容が分かる場合もある。
日本語の読み書きが不十分であっても、児童生徒が自分で音声情報を得ることができれば、自学・自習が可能になります。また、ICT 教材が利用できる環境が整っていれば、家庭でも音声教材を利用して予習や復習ができます。保護者が日本語に通じていない場合でも音声教材は利用できます。個々人の実態に応じて、それぞれの進度でそれぞれの都合の良い時間を利用して日本語学習を進めることができるところにも、ICT 教材活用の利便性があります。
5.まとめ
外国人児童生徒は増え続けていますが、これまで、日本語活用の制約から外国人児童生徒の教科書を用いた学習の困難性が大きな課題となっていました。これまで、そうした課題への対応は、それぞれの教育現場が苦労して対応していたところが大きいのですが、「教科書バリアフリー法」の改正によって、「日本語に通じない児童生徒の学習の用に供するための教科用特定図書等を発行する場合にも教科書デジタルデータを提供することができる」ことになったことは大変意義深いといえます。
障害児のための教材の中には、通常の教育でも有効であるものが少なくないのですが、こうした教材は、障害の有無ではなく、ニーズの有無によって、効果的に活用していくことが望ましいといえます。文部科学省の調査からは、日本語指導の充実を図ってきているものの、まだ指導が行き届かない外国人児童生徒も少なくありません。今回の法改正によって、外国人児童生徒への日本語指導における教育現場での苦労が軽減され、また、教育の効果が改善されていくことが期待されます。
なお、「教科書バリアフリー法」とも関連する「読書バリアフリー法」についても「学び!と共生社会」(Vol.43)『学校図書館と「読書バリアフリー」』(2023.08.28)でとりあげていますので、参照していただけると幸いです。
*1:『障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律 (教科書バリアフリー法)の 一部を改正する法律』
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/1378183.htm
*2:外国人児童生徒等における教科用図書の使用上の困難の軽減に関する検討会議報告書
https://www.mext.go.jp/content/20200330-kyokasyo01-000006303_1.pdf
*3:「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」令和5年度調査結果
https://www.mext.go.jp/content/20240808-mxt_kyokoku-000037366_02.pdf
*4:文部科学省総合教育政策局国際教育課「外国人児童生徒等教育の現状と課題」令和3年5月
https://www.mext.go.jp/content/20210526-mxt_kyokoku-000015284_03.pdf
*5:「外国人の子供の就学状況等調査」 令和5年度調査結果
https://www.mext.go.jp/content/20240808-mxt_kyokoku-000037364_02.pdf
*6:一般社団法人教科書協会「拡大教科書のご案内」
https://www.textbook.or.jp/textbook/kakudai.html
*7:拡大教科書や音声教材製作までの仕組み
https://www.mext.go.jp/a_menu/hyouka/kekka/1289690.htm
*8:文部科学省初等中等教育局教科書課「音声教材の普及促進について」
https://www.mext.go.jp/content/20200925-mxt_kyokasyo01-000010135_001.pdf
*9:文部科学省初等中等教育局「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律等の施行について(通知)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kakudai/houritsu/08100610.htm