学び!と共生社会

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「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」の結果から
2024.09.27
学び!と共生社会 <Vol.56>
「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」の結果から
大内 進(おおうち・すすむ)

はじめに

 文部科学省では、特別支援教育に一層の推進を図るために、特別な支援が必要な幼児児童生徒に関する各種実態調査を定期的に実施しています。
 この9月6日には、「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」及び「令和4年度通級による指導実施状況調査」の結果が公表されました(*1)
 すでにその概要についてはニュース等で報告されていますが、今回は、「特別支援教育体制整備状況調査」の結果とそれに関連する事項を深掘りしてみたいと思います。

1.「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」の項目

 令和5年度に実施された「特別支援教育体制整備状況調査」の調査項目は、以下のようになっています。

校内委員会の設置
発達障害を含む障害のある幼児児童生徒の実態把握
特別支援教育コーディネーターの指名
個別の指導計画の作成
個別の教育支援計画の作成
教師の特別支援教育に関する専門性

 ①~⑤については継続的に調査されてきています。今回の調査では、これらに⑥の「教師の特別支援教育に関する専門性」が加わっています。教員採用後10年までの特別支援教育の経験の有無が調査されていました。この項目は、昨年(令和4年)の3月に文部科学省の「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」がとりまとめた報告の内容が反映されたものだと思われます。

2.「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」の報告

 そこで、今回の調査の結果を示す前に、⑥の問いに関連して「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」(*2)の報告について確認しておくことにします。
 その概要は、図1のようにまとめられていて、次のような現状認識と課題が示されています。

  • 特別支援教育の「個別最適な学び」と「協働的な学び」に関する知見や経験は、障害の有無にかかわらず、教育全体の質の向上に寄与。
    ⇒特別支援教育の専門性を担保しつつ、特別支援教育に携わる教師を増やしていくことが必要。
  • 特別支援教育を必要とする児童生徒数が増えている一方で、小学校で70.6%、中学校で75.4%の校長が、特別支援教育に携わる経験が無い。
    ⇒多くの学校で特別支援学級等で教職経験の無い校長が特別支援教育を含む学校経営を実施。
  • 小学校等の特別支援学級の臨時的任用教員の割合は、学級担任全体における臨時的任用教員の割合の倍以上。
    ⇒特別支援教育に関わる教師が、他の教師と比べて、長期的視野にたって計画的に育成・配置されているとは言いがたい状況。

 こうしたことから、この報告では、採用段階での工夫として、「全教員が採用後10年目までに特別支援学校や小中学校の特別支援学級を複数年経験すること、学校間の人事交流を進めること」などを求めていました。

図1 「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」報告の概要(*2)
出典:文部科学省ホームページ(https://www.mext.go.jp/content/20220331-mxt_tokubetu01-000021707_2.pdf

3.「令和5年度特別支援教育体制整備状況調査」の結果の概要

 ①から⑤までの項目の結果については、報告の中で以下のように示されています。

令和4年度と比較し、国公私立・全学校種の合計では、全ての項目の達成率が前回値を上回っている。特に小・中学校においては、いずれの項目も9割以上の達成率である(教師の専門性に関する調査結果を除く。)

幼保連携型認定こども園や幼稚園、高等学校では、取組が十分でない項目も見られる。

 結果の詳細については、文部科学省のホームページで公開されている調査結果で確認していただきたいのですが、令和4年度と令和5年度の結果を比較しやすくするために、「特別支援教育体制整備状況調査結果」(*1)に基づいて、グラフを作成してみました。(図2から図8)。
 これらのグラフからわかるように、量的に見ると小学校や中学校での①から⑤までの各項目の取り組みは、ほぼ限界点に達しているように思われるのですが、さらにわずかですが達成率が上がってきていることがわかります。

図2 校内委員会の設置率(国公私計)

図3 実態把握の実施率

図4 特別支援教育コーディネーターの指名率

図5 個別の指導計画の作成状況(国公私立及び学校種計)

図6 個別の教育支援計画の作成状況(国公私立及び学校種計)

図7 個別の指導計画・個別の教育支援計画における合理的配慮の明記状況(国公私立別、学校種計)

図8 個別の指導計画・個別の教育支援計画における関係機関との情報共有(国公私立別、学校種計)

 この項目では、教員の特別支援教育に関する専門性の向上という観点から、採用後10年までの小中高校の正規採用教員のうち、通級指導や特別支援学級担任など特別支援教育に関する経験の有無について調査しています。文部科学省の結果の記述は以下のとおりです(*1)

小学校、中学校、高等学校において、採用後10年までの教員のうち、通級による指導、特別支援学級の学級担任、特別支援学級の教科担任、特別支援学校、特別支援教育コーディネーターのいずれかの特別支援教育に関する経験をいずれも有しない教員は、小学校で85.5%、中学校で63.6%、高等学校で92.9%(令和5年度)。

 こちらについても、詳細は文部科学省の調査結果を参照していただきたいのですが、結果の数値をグラフで示したのが下図9になります。
 なお、特別支援教育に関する経験については、「特別支援学校の教職経験」、「特別支援学級の学級担任の教職経験」、「特別支援学級の教科担任の教職経験」、「通級の指導の経験」、「特別支援教教育コーディネーターの教職経験」の5項目で調査されているのですが、経験者が多かったのは、「中学校の特別支援学級の教科担任」29.2%、小学校の「特別支援学級の学級担任」9.4%、中学校の「特別支援学級の学級担任」7.8%で、それら以外はいずれも5%にも達していませんでした。
 教師の特別支援教育に関する専門性の向上を巡っては、文部科学省は、22年3月に全ての新規採用職員がおおむね10年以内に特別支援教育を複数年経験するよう求める通知(*3)を全国の教育委員会などに出しています。「おおむね10年以内」ということですので、まだ期間は残っているのですが、今回の調査結果は目標達成には程遠いものだということがグラフから伝わってきます。

図9 採用後10年までの正規雇用の教員のうち、特別支援教育に関する経験が2年以上ある教員

 この結果を受けて、文部科学省では、同日付で、改めて各教育委員会あてに人事上の措置を求める通知を出しています(*4)

 この通知では、「教師の特別支援教育に関する専門性の向上について」の留意事項として、以下のような記述が認められます。

教員の特別支援教育に関する専門性の向上については、「特別支援教育を担う教師の養成、採用、研修等に係る方策について(通知)」(令和4年3月31日付け3文科初第2668号初等中等教育局長、総合教育政策局長通知)において、「全ての新規採用職員が概ね10年以内に特別支援教育を複数年経験することとなるよう人事上の措置を講ずるよう努める」旨を要請したところであるが、今回の調査結果では、未だ多くの新規採用教員が採用後10年以内に特別支援教育に関する経験が2年以上ないことが明らかとなっており、各教育委員会におかれてはこうした人事上の措置を速やかに講ずること。

まとめ

 「特別支援教育体制整備状況調査」は、特別支援教育を実施するために各学校において必要な体制の整備状況や取り組みの状況について把握し、特別支援教育を推進するための今後の施策の参考とすることを目的と実施されています。
 今回取り上げた「特別支援教育を複数年経験すること」については、調査結果からその道のりは険しいということが示されました。このことに関連するニュースなどによると、その意義を認める声がある一方で、教員の絶対数が不足している現状のままでは、現場の負担が重くなり、教員増員などの配慮がないと対応は難しいという声も聞かれます(*5)
 たしかに、「特別支援教育 意見書」等のキーワードで検索すると、多くの地方議会から特別支援学校や特別支援学級の教職員等の適切な配置を求める意見書が出されており、教員等の不足が大きな課題になっていることがわかります。
 こうした状況の中で、前述の「特別支援教育体制整備状況調査」の調査項目①~⑤の調査結果からは、小学校、中学校に限ると全国の学校でほぼ達成されている状況にあることが読み取れます。このことは、学校現場では最大限の努力が払われていることを示しているとも言えます。
 また、この調査では、達成状況を量的な側面から数値化して示しています。しかし、達成率で目標達成に近づいていたとしても、それは必ずしも質を示すものではありません。質を客観的に評価することは容易ではありませんが、少なくとも達成率だけでなく他の側面から検討も必要です。そのことによってこそ、本質的な意味での課題解決が計られていくことになります。
 「教師の特別支援教育に関する専門性の向上について」も、達成率だけを追い続けると、学校現場の負担をますます増大させることにつながっていきかねません。多角的に検討が進められても良いのではないかと思われます。

*1:文部科学省 特別支援教育に関する調査について(特別支援教育体制整備状況調査、通級による指導実施状況調査)
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01418.html
*2:文部科学省 特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議報告
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/173/mext_00031.html
*3:文部科学省 特別支援教育を担う教師の養成、採用、研修等に係る方策について(通知)
https://www.mext.go.jp/content/20220331-mxt_tokubetu01-000021707_5.pdf
*4:文部科学省 「特別支援教育体制整備状況調査」及び「通級による指導実施状況調査」の結果について(周知)」
https://www.mext.go.jp/content/20240912mxt_tokubetu02-000037897-2.pdf
*5:例えば 東京新聞2022年5月7日 06時00分 「若手教員全員に特別支援教育の経験を 対象生徒増えて教員配置追い付かず 文科省検討会議」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/175811