学び!と共生社会
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1.はじめに
11月11日の毎日新聞朝刊に、障害者の雇用や「合理的配慮」などに関するアンケート調査結果の速報が報じられていました(*1)。この調査は、障害者の社会参画を後押しし共に生きる社会を目指すという観点から、2025年秋に国内主要企業を対象に実施されたものです。
この記事によると、「合理的配慮」への対応に関しては、回答があった92社の4分の1にあたる23社から「合理的配慮に至らなかった事例がある」という答えがあったということです。調査結果の詳細は原文を参照していただきたいのですが、「合理的配慮」に至らなかった事例の背景には環境整備の課題が示されていました。
この記事からは、個々のケースで異なる当事者が求める「合理的配慮」への適切な対応にそれぞれの企業が苦慮している状況がうかがわれました。
これまで本連載でも「合理的配慮」については断片的に触れてきていたのですが、今回は、改めて「合理的配慮」の捉え方と対応について学校教育とも絡めて探ってみたいと思います。
2.改めて障害のある人への「合理的配慮」の提供について
障害のある人への「合理的配慮」の提供は、2024年4月1日からすべての事業者(民間企業、私立学校なども含む)に対して法的に義務化されるようになりました。これは「改正障害者差別解消法」に基づくものです(*2)。
国・自治体などの行政機関における「合理的配慮」の提供は、2016年4月から義務化されています。「改正障害者差別解消法」では、それまで努力義務だった民間事業者(企業、店舗、私立学校などすべて)も義務の対象となったのです。毎日新聞の調査もこれを受けてのものだと言えます。
3.そもそも「合理的配慮」とは
ここまで、「合理的配慮」という用語を自明のこととして使ってきましたが、多くの誤解も生じているようですので、この用語の意味を再確認しておきたいと思います。
「合理的配慮」は、障害者権利条約の英文に表記されている「reasonable accommodation」にあたり、「障害者の権利に関する条約」の政府訳(*3)でこの表現が採用されたものです。
障害者権利条約の内容を国内で実施するために、障害者基本法の改正、障害者差別解消法の制定等が行われたのですが、その際に「合理的配慮」がそれらの法律に取り入れられました。
この日本語訳については、特に「accommodation」に「配慮」の語をあてることに当初から議論があったのですが、最近でも、市川沙央さんが、「令和6年4月から障害者差別解消法が改正され、合理的配慮の提供が民間事業者にも義務化されましたが、日本の「障害者差別解消法」に対して思うところがあれば、お聞かせください」という問いに対して、この用語の問題点を次のように指摘しています(*4)。
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作家としてここは『言葉』について語ります。『合理的配慮』という訳はほとんど誤訳と言ってよく、今からでも『合理的調整』とするべきだと考えています。例えば『rights』は『権利』ではなく『権理(権理通義)』(by福沢諭吉)と訳すべきだった、つまり『利』という字のネガティブな印象のせいで人権を理解できない国民になってしまったという話もあるように、こうした言葉の誤選択は国民の精神性に悪影響を及ぼし尾を引いたりするので、私は意地でも『合理的調整』と書いていこうと思います」
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「合理的配慮」は、法律に取り入れられたこともあり、公的な用語として変更することは難しそうです。しかし「合理的配慮」を用いる場合には、日本語の「配慮」からくる語感やニュアンスにとらわれないよう留意する必要があるということをしっかり共有しておきたいと思います。
ちなみに、英国では「reasonable accommodation」ではなく「reasonable adjustment」という用語が用いられています(*5)。こちらは、明確に「合理的調整」と理解することができます。罰則規定も設けられているということです。
4.学校教育分野での「合理的配慮」の定義
教育の分野での「合理的配慮」の定義も見ておきたいと思います。文部科学省関連では、平成24年の中教審「特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告」の中に「合理的配慮」に関連する記述が登場しています(*6)。
本特別委員会における「合理的配慮」の定義
○ 上記の定義に照らし、本特別委員会における「合理的配慮」とは、「障害のある子どもが、他の子どもと平等に「教育を受ける権利」を享有・行使することを確保するために、学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことであり、障害のある子どもに対し、その状況に応じて、学校教育を受ける場合に個別に必要とされるもの」であり、「学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」、と定義した。なお、障害者の権利に関する条約において、「合理的配慮」の否定は、障害を理由とする差別に含まれるとされていることに留意する必要がある。
ここでも「配慮」とは、「適当な変更・調整を行うこと」で「個別に必要とされるもの」であり、「合理的」に関しては「体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と定義されています。一般的な日本語の「配慮」という言葉から想起される「思いやり」や「気遣い」という意味合いは含まれていません。
5.学校における「合理的配慮」の誤解
「合理的配慮」について、学校の中で適切な理解が広まっていない可能性があるのではないかという疑問から、学校の教員を対象とした調査が行われています(*7)。
2021年に行われたこの調査では15項目の質問項目に回答を求めて、合理的配慮に関する理解度を測ったということですが、「有利な扱い」「クラスメートが提供」「人手・時間帯」の3項目で誤答率が高かったということです。
「有利な扱い」とは、「合理的配慮提供により障害者が非障害者よりも有利になってはいけない」と捉えてしまうことです。「合理的配慮」の基底には「社会モデル」という考え方があるのですが、それを欠いていると、不平等である配慮のない状態を平等と見なしてしまい、結果として、「障害のある子に対してだけ提供される合理的配慮は、現在の均衡を失するものとして警戒され、有利に扱うものになっていないかという論点が焦点化されやすくなる」と分析しています。
「クラスメートが提供」は合理的配慮の提供主体に関する理解に関連しています。法的には合理的配慮提供の義務は学校に課せられていて、在籍する個々の子どもにはないのですが、「思いやりを持って障害のある子を手助けすることも合理的配慮に含まれると誤解している者が多かった」ということです。著者は、法によって求められている義務と従前からの教育的指導とが混同されている可能性が示唆されると考察しています。
3点目の「人手・時間帯」は、合理的配慮の提供内容が状況によって変化し得ることを理解しているかを確認する項目です。合理的配慮を「子どもがバリアを経験している場面でできることをすること」と捉え、「場面が変わればできることも変わる」ということが、研修を積んだ教員でも十分に理解されていなかったということです。
こうした傾向について、著者は「学校現場では、すべての子どもを同じように扱うことが平等だという考え方が未だ強く存在している。その結果、合理的配慮の本質への理解、すなわち他の子どもと異なる扱いをすることが機会の平等につながるという理解がさまたげられやすい」のではないかと考察しています。
このような「合理的配慮」への誤解が生ずるのは、理解・啓発の取り組みが十分でないということも考えられますが、日本特有の教育制度の中にもその要因が含まれているように思われます。
6.おわりに
毎日新聞の記事をきっかけに、「合理的配慮」の捉え方について探ってきました。
「合理的配慮」という用語は広く用いられるようになってきていますが、毎日新聞を始め、関連する調査からは企業や学校の苦悩やこの用語の本質的な意味理解がいまだに不十分であるといった課題が浮かび上がってきました。
用語の誤解では、特に「配慮」という日本語の解釈に大きな課題があるように思います。わが国の「障害者権利条約」の批准に尽力された石川准氏は、「合理的配慮は気遣いや心配りではない。合理的環境調整のことであると徹底してほしい」(*8)と主張されています。
「合理的配慮」は、日本の制度を鑑みたときに適合する訳語として障害者権利条約の政府訳に採用されたものと推察します。そしてこの訳語は、障害者差別禁止法などの法律の条文にも使われているため、早急に表記を改めるのは容易なことではないと思われます。現実的な対応として「障害者権利条約の基本に立ち返って, 「配慮」とは「環境整備」を意味しているのだということを強く主張していくことが大切だと言えます。「配慮」を「わがまま、優遇、特別扱い」ととらえてしまう誤解を解いていくことも忘れてはならないことです。誤解を解き「環境調整」を進めるという観点からは、障害のある人との対話を重ねることも大切だと言えます。内閣府のパンフレットでは、「建設的対話」の重要性が強調されています。
また、まだ日本の社会や学校には、「社会モデル」の捉え方が浸透しているとは言えないことも紹介した調査から浮かび上がってきました。「合理的配慮」の適切な理解のためには、「社会モデル」の考え方の周知も図っていく必要もあるように思います。
*1:毎日新聞記事「障害者差別を考える 障害者雇用、主要92社調査 合理的配慮「至らず」25% 環境整わず対応苦慮」
https://mainichi.jp/articles/20251113/ddm/001/040/099000c
*2:内閣府「リーフレット「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されました」」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet-r05.html
*3:外務省訳「障害者の権利に関する条約」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/fp/hr_ha/page22_000899.html
*4:障害者.com「「合理的配慮ではなく、合理的調整と呼ぶべき」芥川賞受賞作「ハンチバック」著者、市川沙央さんインタビュー」
https://shohgaisha.com/column/grown_up_detail?id=3038
*5:GOV・UK “Reasonable adjustments for workers with disabilities or health conditions”
https://www.gov.uk/reasonable-adjustments-for-disabled-workers#:~:text=Employers%20must%20make%20reasonable%20adjustments,contract%20workers%20and%20business%20partners
*6:中央教育審議会初等中等教育分科会 特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」の「3.障害のある子どもが十分に教育を受けられるための合理的配慮及びその基礎となる環境整備」(平成24年7月13日)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325887.htm
*7:平林ルミ・飯野由里子「学校における合理的配慮の理解と課題」、東京大学学術機関リポジトリ、『青と白 クリーン&国連スタイル 市民社会 SDG 進捗報告書』、pp.20-34
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2007454/files/cbfe07005.pdf
*8:福祉新聞、「合理的配慮は障壁の除去 障害者政策委員会で石川氏が講演」(令和6年6月30日)
https://fukushishimbun.com/series06/35771