学び!と共生社会

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イタリアにおける逆インクルージョン型の学校とインクルーシブ教育(2)
2025.12.26
学び!と共生社会 <Vol.71>
イタリアにおける逆インクルージョン型の学校とインクルーシブ教育(2)
大内 進(おおうち・すすむ)

1.はじめに

 筆者は、わが国のインクルーシブ教育の推進に寄与することを目的としてイタリアのインクルーシブ教育に関する情報収集を継続的に進めています。イタリアでは1970年代に障害児のための特別な学校を廃止しました。原則として障害がある子どもも障害のない子どもと共に学ぶ学校体制に移行して現在に至っているわけですが、インクルーシブ教育を推進するということは、学校教育システムを漸進的に変革していくということにほかなりません。こうした観点でイタリアの実践からはさまざまな変革に向けた視点を学ぶことができます。
 「逆インクルージョン型」という学校形態もその一つです。本連載でも、<Vol.38>(*1)で「イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育」というタイトルで、かつて盲学校だった中学校の事例を紹介しました。今月の上旬にイタリアを訪問する機会があり、その折にローマにある旧ろう学校で「逆インクルージョン型」に取り組んでいる高校を見学することができました。そこで、今回はイタリアの「逆インクルージョン型」第2弾としてこの学校の取り組みを紹介することにしました。
 なお、<Vol.38>では、いわゆる「健常」といわれる児童生徒が在籍している、障害者教育の機能を有した学校について、「逆統合」という用語で表現していましたが、現在の教育制度の下で「統合」という用語を用いることは適切ではありませんでした。そこで、今回は「逆インクルージョン型」と表すことにします。
 また、イタリアのインクルーシブ教育については、これまでにもこのマガジンでたびたび紹介してきております。関連するバックナンバーをご参照ください。イタリアのインクルーシブ教育の概要をまとめた『イタリアのフルインクルーシブ教育―障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念』という書籍も刊行されておりますので、深く学びたい方には、こちらでご確認ください。

2.「逆インクルージョン」ということ

 インクルーシブ教育の定義についてはこれまでもたびたび確認してきていますが、文部科学省の報告より確認しておきたいと思います(*2)

 障害者の権利に関する条約第24条によれば、「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system)とは、人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みであり、障害のある者が「general education system」から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な「合理的配慮」が提供されること等が必要とされている。

 こうしたインクルーシブ教育システムの理念にもとづいて、わが国でも障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みづくりが進んでいるわけですが、多くの場合、通常の小・中学校等の学級に障害がある子どもが在籍するという形態が一般的だといえます。他方、障害がある児童生徒のための教育機能を保持しつつ、そこにいわゆる健常の児童生徒を入学させるという形態もあり得ます。これが「逆インクルージョン」ということです。イタリアでは、1970年代のインクルーシブ教育に転換したのですが、障害の特性などを考慮して、教育省は「逆インクルージョン」型の学校形態を容認しています。

3.逆インクルージョン型ろう学校「Magarotto」校の概要

(1)学校組織について

 今回訪問したISISS “Antonio Magarotto(アントニオ・マガロット)” は、イタリア国内に4つの学校を有している国立の学園組織の一つです。ISISSは、ISTITUTO STATALE DI ISTRUZIONE SPECIALIZZATA PER SORDI の頭文字をとったもので、直訳すると国立聴覚障害専門学校ということになります。
 学校名に名前が冠されているアントニオ・マガロット(1891-1966)は、イタリアで聴覚障害者の権利向上のために尽力した教育者・実践家で、イタリア国立ろう者協会(Ente Nazionale Sordi、ENS)を創設し、「イタリアのろう者の父」とも呼ばれています。彼は、ローマとパドヴァにろう者のための教育機関を設立したのですが、ISISS “Antonio Magarotto” はその流れを継いでいる学校ということになります(*3)
 また、彼の子息のCesare Magarotto(チェーザレ・マガロット)は、世界ろう連盟(World Federation of the Deaf,WFD)の設立者の一人です。
 この学園には以下の学校が属していて、いずれも「逆インクルージョン」型の体制をとっています。

IC T. Silvestri校(ローマにある保育園・小学校、ICはISTITUTO COMPRENSIVOの略称です。)
SMS Fabriani校(ローマにある中学校、SMSは、中学校(Scuola Secondaria di Primo Grado)を示す略称です。
Roma – IPSIA, Liceo e Convitto(ローマにある寄宿舎付きの高等学校)
Torino-IPSIA (トリノにある高等学校)

 今回見学した学校は、③のローマにある高等学校です。
 なお、IPSIAとは、Istituto Professionale di Stato per l’Industria e l’Artigianatoの略で、直訳すると国立産業工芸職業学校となります。職業専門学校の一種で、産業・工芸分野に特化し、実践的な技術や専門知識を教え、生徒が就職や上級の学校(技術系大学など)に進めるよう育成する学校を指しています。自動車整備、電気・電子、機械、ファッション、美容、食品加工など多岐にわたるコースを提供しています。修業年限に関しては、3年間で職業資格(Qualifica Professionale)を取得できて早期就職が可能、5年間で国家試験(Maturità)受験資格が得られ、プロフェッショナル・ディプロマを取得できるということです。卒業後は大学や高等技術院(ITS)への進学の道も開かれています。

(2)ISISS “Antonio Magarotto”の歴史(*4)

1784年1月

ローマに最初のろう学校が設立される。デ・レペに影響を受けたトマゾ・シルヴェストリは、裕福な家庭に生まれた聴覚障害がある子どもたちだけでなく、すべての聴覚障害がある子どもたちに教育を受ける機会を提供することを目指した。

1870年9月

学校は、1870年にイタリア政府に譲渡され、「王立ろうあ学校」という名前が付けられた。1889年に、ろう者コミュニティの歴史的な場所であるノメンターナ通りの建物に移転した。

1842年9月

シルヴェストリによって聴覚障害がある子どものための施設が設立された。

1951年9月

ローマのアントニオ・マガロットが施設を設立した。国立ろうあ機関(ENS)が正式に運営する最初の専門施設である。ろう者向けのグラフィックアートとタイポグラフィのコースを提供する最初の公立学校。マガロットは既に1933年にパドヴァに同様の私立学校を設立して、彼自身が校長を務めた。

1954年5月

アントニオ・マガロットによって、パドヴァにある姉妹校とともに、ローマにも寄宿制の国立ろう学校が設立された。

1960年6月

ENS専門学校が、「ローマ国立ろうあ者工業工芸専門学校」として法的に認可された。グラフィック、タイポグラフィ、電気工学に加え、写真などのコースが設けられ、寄宿舎も併設された。

1978年10月

1978年10月21日付法律第641号により国有化され、文部省の直轄となる。

2000年9月

幼稚園 – ローマ小学校 – ローマ中学校- ローマIPSIAマガロット – ローマITEマガロット – パドヴァIPSIAマガロット – トリノあらゆるレベルの聴覚障害教育を専門とする公立学校を統合してISISSが設立された。
幼稚園から中学校まで聴覚障害のある生徒の教育を専門とする「トマゾ・シルヴェストリ」校がISISSマガロットに組み込まれる。
すべての学校段階に聴覚障害のある生徒と健聴の生徒の両方が在籍し、イタリア語とLIS(イタリア語手話)のバイリンガルによる「逆インクルージョン型」の運営が開始された。

2013年9月

寄宿舎にはイタリア各地から集まった生徒が入舎し、重度の聴覚障害や認知機能や情緒・人間関係に問題を抱えているケースもあることから、2013/14年度からローマのイタリア社会科学院との提携を開始する。

4.“Magarotto” Roma – IPSIA, Liceo e Convitto校における「逆インクルージョン」取り組みの概要

(1)設置されている課程

 学校のタイプとしては、職業教育を柱とする高等学校として位置付けられており、以下の4つのコースが設けられていました。

イタリア製工業生産コース(Corso Produzioni Industriali Made in Italy)
「イタリア製産業と職人技」について学び関連技術スキルの習得を目的とする。
ろう教育の伝統的な職業教育である「グラフィックスと印刷」を継承している。
技術支援メンテナンスコース(Corso Manutenzione Assistenza Tecnica)
電気・電子機器のメンテナンス・保守、電機システムの保守管理、通信分野の管理や制御などのスキルの習得を目指している。
サイエンティフィックスポーツ高校(Liceo Scientifico Sportivo)
スポーツに重点を置いたセクションで、文化的枠組みの中で運動科学と1つ以上のスポーツ分野についての理解を深めることを目的としている。
サイエンティフィック応用科学高校(Liceo Scientifico Scienze Applicate)
数学と科学に重点を置きつつ、言語、技術、方法論等についても学び、科学技術文化に関する高度なスキルを身に付けることを目指している。その一環としてロボットの開発に取り組んでいた。
商業サービス
ソーシャルネットワーク上で企業のコミュニケーション管理、マーケティングや企業イメージ向上、会計・管理・商業プロセスの実装など社会経済分野で発揮できるスキルを習得することを目的としている。

 これらの中には、聴覚障害教育で伝統的に扱われてきた内容が発展したものも含まれていますが、新たに生み出された内容も認められます。

(2)在籍生徒について
  • 各課程は5年制で、各学年3クラス前後。
  • 多くのクラスに聴覚障害生徒が複数在籍している。
  • 聴覚障害生徒が在籍するクラスの生徒数は12~15人程度。
  • 聴覚障害生徒は遠隔地からも入学しており、寄宿舎を利用している。入舎できるのは聴覚障害生徒に限られている。
  • 手話の授業がある。聴覚障害生徒とのコミュニケーションに役立つことから、聴覚障害のない生徒の多くが受講している。それにより手話による生徒間のコミュニケーションが自然に展開されるようになっている。
(3)教員について
  • 多くの聴覚障害生徒が在籍しているが、支援教師の配置は少ない。
  • コミュニケ―ション支援のための支援員が配置されている。
  • すべての教員が、支援教師に頼ることなく自ら支援教師の役割を担えることを目指している。
(4)学校環境について
  • 学校周辺の地域を教区とする教会が敷地内にある。司祭はさまざまな活動を展開しており、教会が地域社会と学校をつなぐパイプ役として大きな役割を果たしている。
  • 4棟の寄宿施設が敷地内に建てられていて、聴覚障害生徒に提供されている。寄宿舎は、校舎とは独立していて、社会的な交流とプライバシーの両立を実現している。
  • 各棟には専用バスルーム付きの部屋(シングル、ダブル、トリプルルーム)に最大32床のベッドが備え付けられている。
  • 各階には専用の非常口が設置されている。各種設備も充実している。
  • 寄宿生のためにスポーツジムなどの設備が充実している。
  • 広大な敷地で、スポーツグラウンド、体育館などの設備が整えられている。

5.まとめ

 イタリア教育省の資料により、いわゆる盲学校やろう学校の機能も有した「逆インクルージョン型」の学校がイタリア各地に存在することは把握していました。ミラノの視覚障害に特化した「逆インクルージョン型」の中学校についてはこれまでに何度か訪問し、その概要については、本連載でも紹介してきました。
 聴覚障害に特化した「逆インクルージョン」に取り組んでいる学校の実態についても実際に確かめておく必要があると思っていたのですが、今回その機会を得ることができました。
 2003年ごろに、エミリア・ロマーニャ州にあるモデナ市のインクルーシブ教育の実施状況調査を手伝ったことがあります(*5)。当時、教育委員会の担当者や学校の管理者、地域保健機関のカウンセラーが、口をそろえて聴覚障害がある家族からの通常の学校への就学の抵抗の強さに苦慮していることを訴えていました。手話によるコミュニケーションへの保障に不安があったからです。こうした保護者や聴覚障害がある児童生徒の不安は無理もないことです。そうした気持ちに寄り添いながら、インクルーシブ教育をどのように進展させていくのだろうかとイタリアの取り組みの方向に関心を持ち続けてきました。
 今回の学校訪問で、逆インクルージョンを実現するために、カリキュラム、障害がある生徒とない生徒への配慮、教員の対応、学校環境の整備や地域とのつながりなどさまざまな面で工夫や配慮がなされていることがわかりました。その結果として、インクルーシブ教育を推進の舵はそのままに当事者や家族の不安の軽減を可能にする「逆インクルージョン」が聴覚障害の領域でもうまく機能していると実感することもできました。
 インクルーシブ教育の「御旗」を振りかざして強権的な姿勢をとることなく、柔軟で現実的な対応ができている教育行政の懐の深さ、障害がある児童生徒と共に学び遊ぶことを主体的に選択したいわゆる健常といわれる児童生徒とそれを支えている保護者の姿勢、コミュニティの中で共に生きていくということを空気のように当たり前のこととして受け止め地道な活動を積み重ねている地域住民や学校の運営者の穏やかで強靭な精神、組織や人々のこうした意識や考え方も「逆インクルージョン」を可能にしてといえます。しかし、いずれも日本の現状とは大きく異なっています。「たかがイタリア、されどイタリア」。「アントニオ・マガロット」校の取り組みを日本でどう伝えるか悩みに悩んだことでした。
 とはいいつつ、わが国でもさまざまな努力が積み重ねられています。例えば令和7年3月、東京都から「インクルーシブ教育システム体制整備に関する検討協議会報告書」(*6)が公にされていますが、都立特別支援学校と都立高等学校等の協働的な取り組みの推進について次のような記述が認められます。

共生社会を実現するために、学校教育の場においても障害のある児童・生徒と障害のない児童・生徒との相互理解が必要。この際、教員同士の理解を深めてから、生徒等同士の理解を深めるという順序に加え、保護者同士のつながりを構築することが大切
都立青鳥特別支援学校八丈分教室の設置・運営を行っていることや、高等学校において障害のある生徒等と共に学ぶ取組の一層の推進が求められていることなどを踏まえ、まずは、設置者が同一である都立特別支援学校・都立高等学校で、障害のある生徒等と障害のない生徒が日常的に共に学ぶことのできる環境を整備し、生徒等の個々の状況に応じた協働的な活動を推進
その活動を都立学校はもとより、区市町村立小・中学校等も含めた都全体に拡大し、障害のある児童・生徒と障害のない児童・生徒との相互理解の醸成を図る

 こうした教員同士、生徒同士の理解はもとより保護者同士のつながりを構築するという取り組みを地道に継続され、それがより広範囲で日常的にものになっていけば、「障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組み」が一層整ってくるものと期待されます。現状の日本の制度では参考にできるところが限られますが、「逆インクルージョン」の取り組みが刺激になるところも少なくないように思われます。

*1:2023.03.27
大内 進「イタリアにおける逆統合型の学校とインクルーシブ教育」学び!と共生社会 <Vol.38>
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kyoiku/02-kyoudou_070521-pdf-pdf
*2:文部科学省「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321669.htm
*3:“Magarotto“Roma – 高校および寄宿舎
https://www.isiss-magarotto.edu.it/roma/
*4:ISISS “Antonio Magarotto”の歴史
https://www.isiss-magarotto.edu.it/la-scuola/la-storia/
*5:石川政孝編(2005)「『イタリアのインクルーシブ教育における教師の資質と専門性に関する調査研究』報告書」 国立特別支援教育総合研究所
https://www.nise.go.jp/josa/kankobutsu/pub_f/F-129.html
*6:東京都教育委員会(2025)「インクルーシブ教育システム体制整備に関する検討協議会報告書について」
https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/document/special_needs_education/inclu_kyoiku_system_kyougikai