学び!と公民

学び!と公民

当事者性について考える
2025.07.18
学び!と公民 <Vol.02>
当事者性について考える
橋本 康弘(はしもと・やすひろ)

1.社会科教育でのホットな話題は…

 社会科教育研究でホットな話題は、いくつかありますが、「当事者性」もその一つでしょう。児童・生徒は、「当事者性」をいかにもち、学習問題・学習課題について主体的に追究できるかが問われるし、教師は、児童・生徒が「当事者性」をもって学習問題・学習課題を追究する際に、どのように学習問題・学習課題を設定するのか、学習の組織化において、教師はどのような役割を果たし、児童・生徒を支援するのか、が問われます。児童・生徒を「当事者性」に寄せすぎると、第三者的な判断はできにくくなるかもしれません。他方で、「当事者性」をもった児童・生徒から教師が想定しない思わぬ発言が導出され、それをきっかけに「深い学び」につながるかもしれません。

2.こうのとりのゆりかご・いのちのバスケット~「赤ちゃんポスト」について考える~

 本稿では、筆者が最近参観した授業を事例として取り上げたいと思います。それは、少年院での法教育授業で、テーマは「赤ちゃんポスト」の是非です。「赤ちゃんポスト」を巡る議論は最近でもその設置の際に、様々な意見が出される論争問題です。入所者には、赤ちゃんポストへの賛成及び反対の意見をあらかじめ提示します。賛成の意見としては、「命を守る」「赤ちゃんが不適切な環境で成長することを妨げる」等であり、反対の意見としては、「親子関係が完全に切れる」「赤ちゃんが適切な環境で育成できる保証はない」「育児放棄につながる」です。これらの意見をあらかじめ提示し、「赤ちゃんポスト」設置の目的を考え、その目的は正しいのかを入所者に問います。その後、「赤ちゃんポスト」という制度が、手段として最適なものなのかについて、入所者が考察していきます。
 入所者は、概ね目的は正しいと考えていました。他方で、「赤ちゃんポスト」といった「しくみ」については、「赤ちゃんポストに入った赤ちゃんは劣等感を感じる」「里親との関係が悪くなった場合は赤ちゃんの精神衛生上よくない」「赤ちゃんポストに入った赤ちゃんは、親の名前を知ることができない。これは、親に会いたくても会えないことになる」といった意見が次々と出され、熱心な意見交換があり、かつ、それぞれの入所者の「こだわり」があり、その「こだわり」から「赤ちゃんポスト」の是非について、比較的否定的な意見も出されるようになり、「自分の出自を知ることができるしくみに変えるべき」といった意見も出されました。この授業は、ファシリテーターに長けた弁護士がグループディスカッションを先導しましたが、この弁護士曰く「それぞれの言い分を丁寧に聞き取り、反論するところは丁寧に反論していた」と議論の展開に感心していました。
 筆者もこの議論を聞いて感動しました。少年院の入所者の印象は、発達障害傾向がある子もいるし、ネグレクトを受けている子もいると聞いていました。かみ合う議論ができるかどうか、心配していましたが、その心配は杞憂に終わりました。最初の話題に戻りましょう。「当事者性」です。入所者それぞれの背景事情を筆者は知りません。知りませんが、おそらくそれぞれが抱えている背景があり、今回の「赤ちゃんポスト」の是非の熱心な議論につながったように思います。「当事者性」が近いテーマが熱心な議論につながると感じました。
 今後も「当事者性」について、考えていきたいと思います。