学び!とPBL

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PBLを進めるための教師の資質②――一人ひとりの変化を見る
2024.06.21
学び!とPBL <Vol.75>
PBLを進めるための教師の資質②――一人ひとりの変化を見る
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

 前回に引き続き、S中学校の中島史弥先生との対談形式で進めます。S中学校は、福島県の山間地に位置する人口約5000人の町にある唯一の中学校です。生徒数は約100人で、町内に高校はないため卒業後は町外に出てしまいます。町の中には海外からも観光客が訪れる名所があり、主要な財源となっています。
 今回は中学校での実践について話してもらいました。

1.「町は好き、でも外に出たい」

図1 地域に学ぶ 中島:町に一つの中学校なので地域と密接な関係にあるのかと思っていたら、以前勤めていた街場の中学校よりも希薄だったので驚きました。地域と学校が切り離されている、という感じでした。それで、1年目には、探究活動で「地域をよくするために何ができるか」を考えさせるため、町のバスで学校の外に出て地域を知る学習を展開しました。生徒たちは外で活動できるので喜んでいましたが、事後にアンケートを取ってみると「町は好き、でも将来は住まないと思う」「町の外に出たい」という意見が大半でした。
三浦:生徒たちはどのように町を捉えていたのですか。
中島:町のいいところとして「自然が多い」ことが一番多く挙がりましたが、その次は「特にない」でした。また、生徒たちが共通して挙げたのは「若者が少ない」という点です。
三浦:地方の山間部の若者たちによく見られる傾向ですね。地域の中の具体的な活動がないと、地域の中で育っているというアイデンティティを形成することができません。
図2 探究活動の授業風景 中島:1年目を反省し、地域や人と関わりがなく、自分一人でやっていたことに気づきました。学校でできることには限界があるので、この枠組みの中だけでやると、生徒たちのアイディアに蓋をしてしまいがちです。生徒たちの学びにブレーキをかけているのは学校なんじゃないかと考えるようになりました。
三浦:実践を通して、学校を突き放してみる、ということはとても大切なことです。多くの場合、学校の日常が見えなくなり、突き放すことすらできなくなります。

2.二人の伴走者との協働

三浦:実践をしたからこそ、それに気づくことができたのですね。
図3 地域おこし協力隊の二人と 中島:その年は、担任という形では探究学習に力を入れきれないため、3年生の副担任を申し出て一年活動しました。そこで1年を通して関わってくれる人を探したところ、町の地域おこし協力隊のお二人が快く引き受けてくれました。二人とも県外の方で30代、企業に勤めていたこともあり、われわれ学校の教師とは全く異なる世界を持っていました。猟友会に入っていて獣害対策や空き家対策などを行っていました。二人には、年間を通して探究の時間に入ってもらい、生徒や私も含めて、この町に対する外からの視点、学校の外からの視点を提供してくれました。
三浦:教師、特に日本の教師は自分を万能だと思う傾向が強く、何でも自分一人でやってしまい、外に助けを求めることがとても苦手だとよく聞きます。特に教師以外の業種との協働が絶望的なくらい苦手なのではないでしょうか。どのように実践を進めたのですか。
中島:自分たちで町をよくする、といっても具体的に何をしたいのかイメージできません。そこで新しい視点から課題意識を絞り込み、「若者の居場所がない」点に取り組むことにしました。このテーマに対し、個々でもいいし、グループでもいいから、やりたいことをまとめアクションに起こすまでを課題にしました。課題を持てない生徒もいて、結果的にはグループでの取り組みが多かったと思います。
図4 伴走者による授業 三浦:全ての生徒が個々に課題を持つことは理想だと思いますが、いろんなプロジェクトを経験してきて、それは現実的ではないと思っています。複数の生徒の間でそのテーマを練り上げる必要があるわけで、グループの中で役割分担していくことも重要です。アイディアを思いつくのが得意な人もいれば、それを現実とすり合わせることが得意な人、忠実に作業を行うことが得意な人、等、いろいろなタイプの人がいていいわけですから。世の中はそのような人たちでできているのだから、協働性は大切だと思います。特徴的な生徒はいませんでしたか。

3.生徒の小さな変化に気づく

中島:由香さん(仮名)という生徒がいて、成績は中ぐらいで努力家です。「町に若者を」というテーマで、どのように発信したらいいのか、一人で悩んでいました。地域おこし協力隊からのヒントを基に、「若者たちはこの町をこう思っている」ことを形にして発信する、具体的には町の広報誌やSNSに若者のコーナーを設けてもらい、そこで若者の好きな飲食店やアンケートなどをランキング形式で掲載するというアイディアにたどり着きました。それを町当局とやりとりすると、公的な媒体に特定の企業や店を紹介することはできない、と壁にぶち当たってしまいました。
三浦:そのあたりはどうしても壁になりがちですね。少子化で、若者の確保を重視するなら、このような形で若者の出番をつくってあげてもいいんじゃないかと思いますがね。
中島:けれども町からは「自然」であればいい、という代替案が示され、これでいくことになりました。この町独特の雄大な自然やそば畑、町並みなど、写真とともに原稿をつくりました。町にはかなり手を入れられましたが、載ったことはうれしい、と由香さんは言っていました。
 しかし、掲載されたものを改めて見て、これは自分が伝えたいことではなかった、と感じるようになりました。そこで始めたのが「自分でパンフレットをつくる」ことでした。「Z世代が考えるX町」というテーマで作業に入ったのが10月頃です。11月の文化祭で発表して探究活動は節目を迎えることになっていたので、結局完成させるところまではいきませんでした。
図5 クラスの集合写真  そもそも、このような大きなテーマは中学校の探究活動で完結することではないと思っています。人生の中で生涯をかけて追求すべきテーマだと思っているので、中学校の探究活動の中でそのスタートを切れたことが大切だと思っています。普通の生徒なら壁にぶつかると諦めたり、結果を出したところで終わってしまったりするのですが、由香さんは壁にぶつかったことで真剣に自分で考えるようになった、という点で重要な視点を与えてくれました。彼女は高校生になった今も、継続して何かやろうとしています。
三浦:大きな成果を出したわけでもないのに、この由香さんの変化を追おうとした点が優れていると思います。大きな成果ばかりにこだわると、生徒一人ひとりが見えなくなり、歯車の一つとして機能を果たしたかかどうかだけで見てしまいがちになります。中島先生は学生時代、高校生のプロジェクトにのめり込んだことが、生徒の深い理解に役立っているのでしょう。