学び!とPBL

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「町民の移動経験」から自身の避難経験を問い、未来を考える探究活動
2025.07.22
学び!とPBL <Vol.88>
「町民の移動経験」から自身の避難経験を問い、未来を考える探究活動
福島大学教育推進機構 特任助教 久保田彩乃

 前回から、2011年の震災・原発事故によって避難を経験した地域独自の探究学習とその課題設定について紹介をしています。今回は広野町立広野中学校の2022年度の取り組みについてです。

自分たちはなぜこの町に住んでいるのか?

 福島県双葉郡広野町は、震災・原発事故により避難を余儀なくされましたが、2012年3月には役場機能を町に戻し、郡内では他の町村に先駆けて帰還を果たした町です。現在は震災前の9割ほどの人口に戻っていると言われていますが、過疎化・少子高齢化も急速に進んでいます。
 広野町立広野中学校では2015年から「ふるさと創造学」の取り組みとして、映像やマップ・パンフレットなどのメディア制作を通じた、多様な町民関係者とのコミュニケーションと地域理解を目的とした学習活動を行ってきました。その一環で、2022年度の中学3年生は「移住」をテーマにしたラジオ番組制作を行うことになりました。

広中ルーツプロジェクト

 福島県に限らず、現在全国的に地方への移住・定住が推進され、それぞれの自治体は魅力のPRや誘致を懸命に行っています。ですが「そもそも人は何を理由に移住し、なぜ“そこ”に定住を決めるのだろうか」。このプロジェクトの問題意識はここにあります。
 この問題意識をもつことになった背景は3つあります。1つは、移住定住促進事業に乗って探究活動を行うことの限界です。どんなに「町の魅力をPRしよう」と言っても、町の現状や過去をきちんと知らなければ、ありきたりな言葉しか出てきません。2つ目がその「過去」についての理解不足です。震災・原発事故当時2~3歳だった2022年度の中学3年生は、自分たちが当時家族に連れられて町外に出たという記憶はあっても、「なぜ避難し、戻ってきたのか」といったことまではなかなか家族内で話す機会がありませんでした。そして3つ目は、進路選択に伴う町外への転出です。広野町には高校が1校、それ以上の教育機関はありません。そのため、中学生は進路選択と併せて町外への転出を意識せざるを得なくなります。進路選択の過程で町外に出ることになった後、広野町とどのように向き合っていくのか、これは子どもたちだけでなく町としての課題でもあります。

移住経験のある町民へインタビュー取材

 このような問題意識をもち、生徒たちは1班1人の移住経験を持つ町民にインタビュー取材をし、ラジオ番組を制作しました。お話を伺った4名の町民の経験や思いは当然みんな違います。ある方は小学6年生の時に避難し東京で大学生活を送った後に町に戻り役場に勤めていたり、またある方は小さな子どもを含む家族を連れて会津地方に避難し、そこで会津の魅力を知ると同時に自分の故郷を知らなければという気持ちになって帰還したり。この2人のインタビューに共通しているのは、一度町を出ることでわかる“良さ”があるということ。そして、そうした“良さ”を知りたいと思うようになったということ。取材の中で、インタビュー相手の方から「ずっと広野に住んでいたいって人はいる?」と逆質問された班がありました。生徒たちの多くは町を出たいと思っていたようで、互いに困り顔で顔を見合わせていると、その方は「いっぺん外に出てみてもいいと思う」とおっしゃいました。この発言に生徒たちはかなり驚いたようで、ラジオ番組の中でも「大人の人たちは(私たちに)広野にずっと住んでいてほしいって思っていると思っていたから、“出た方がいいよ”と言われたのが驚きだった」と感想を話していました。

インタビューマイクをデコレーション

 この探究活動は、避難という強制的な「移住/移動」の経験を他者から聞くことで、生徒たちの幼い頃のわずかな震災・原発事故の記憶がよみがえり、同時に自分たちが家族に守られ、家族のさまざまな葛藤や判断によって「今、ここにいる」ということを実感したものとなりました。さらにそれは、未来の自分と広野町の関係性を考えるきっかけにもなりました。

【参考リンク】
一般社団法人リテラシー・ラボYOUTUBEチャンネル「HIRONO ROOTS PROJECT」
https://youtu.be/K3vTt1KFa5I

久保田 彩乃(くぼた・あやの)
福島大学教育推進機構 特任助教
2009年より秋田放送でラジオ番組の中継リポーターを務め、2011年以降、地元福島で臨時災害放送局の運営に携わる。代表を務める一般社団法人ヴォイス・オブ・フクシマでは、福島県民の声のアーカイブ活動を展開。また、小中学生に向けたインタビュー取材を通じた地域理解教育に取り組み、福島県内外で教育活動にも参画している。