日文の教育情報 No.26

平成17年10月 発行

 

命の教育にどう取り組むか

東京女子体育大学理事 尾木和英
言語教育文化研究所代表理事

  ●いま求められる生命尊重の教育

 本情報20号で、学校への侵入者による深刻な事件を取り上げたが、その後も小・中学生が友人を殺傷するという事件、少年が、理解しがたい理由から幼い命を奪うという痛ましい事件が連続するようにして発生している。その加害の子どもや少年の言動から垣間見えるのは、生命に対する認識の軽さである。信じがたい事件が連続することの要因は複雑なものであって、多角的な検討を必要とする。学校経営の立場からは、不審者に対する管理面での対策から児童生徒への安全対策・生徒指導の強化、あるいは地域ぐるみの防犯体制の確立などが重要であるが、同時に、生命尊重教育の徹底の観点から早急の対応策を考える必要がある。
 かけがえのない生命。このことを、子どもたちにいかにして実感させるか。自他の生命、存在の大切さを理解し、他人を思いやることのできる心をどのようにして育てるか。学校教育の立場からも鋭く問いかけることが必要になっている。
 こうした状況を重視し、文部科学省では、長崎県佐世保市における事件発生後、省内に「児童生徒の問題行動に関するプロジェクトチーム」を設置し、現地調査や長崎県教育委員会からの報告の聴取を実施して今回の事件の背景を整理するとともに、同様の事件の再発防止について検討を行った。そして平成16年10月、今後の指導・対応のあり方を示す、最終まとめが示された。

  ●事件からの教訓

 まとめでは、この事件に関して、次のような課題のあったことが示されている。

 1 当該の児童については、命の大切さということを、頭で
  は知っているようでも、一時の衝動的な感情に抑制が働か
  なくなってしまう状態であった。
 2 一週間前にもカッターナイフで脅すといった事件があっ
  たが、そうした前兆行動の把握が十分になされていなかった。
 3 インターネット上の掲示板の書き込みに問題があったの
  だが、その対応も十分とはいえなかった。

 児童・生徒の発するサインを鋭く捉え、一人一人の心の奥に潜むものを把握して適切な指導・対応を進めることが重要になっている。「最終まとめ」では、「本事件の加害児童は、命の大切さについて頭では知っているようでも、行動規範として身についていない状況にあったと考えられる」と述べられている。頭で知るだけでなく、実感を伴い、まさに行動規範として、命の大切さを身に付ける。自分の生き方を見つめ、命の不思議さ から、確固たる自他の尊重の意識を抱く。そうした効果的な指導のあり方を考えることが求められている。

  ●各学校における重点課題

同報告書では、次のことが重要であることが言われている。

 ①自他の生命のかけがえのなさ
 ②誕生の喜び
 ③死の重さ
 ④生きることの尊さ
 ⑤自信や夢をもって生きることの大切さ

 中心になるのは、他人を傷つけない、自分を傷つけない、といった基本的倫理観に基づく生命尊重の行動がとれるようになることである。
 しかし、現代の子どもたちに命の尊さを理解させることは、そう容易なことではない。さらに難しいのが、頭で理解するだけでなく、実践行動に結びつく形で効果的な学習活動を組織することである。
 先ずは、教育課程編成実施の重点の一つに、命の教育の推進を位置付ける。道徳、各教科等の指導をはじめとして、教育課程全体を通じて、生命のかけがえのなさ、自信や夢を持って生きることの大切さを取り上げる。そして、知的な理解、感性的な共感の両面から認識を深めるよう、関連する学習指導、学習活動を展開する必要がある。

  ●家庭・地域との連携を

 そこでは、知的理解のための効果的な学習指導、実感を通しての価値獲得のための体験的学習、さらには学習材の開発、情報機器・手段の活用などとともに、家庭・地域との連携が一つの鍵になる。
 というのも、子どもたちの生活環境の中に、生命と触れ合う機会、生命の大切さを考える機会が激減しているからである。
 生活体験を通して、生命のかけがえのなさ、生きることの意味を実感することが極めて重要になっている。したがって、家庭・地域との協力体制の中で、体験的・問題解決的な活動をどう設定するかが、取り組みのポイントになる。
 こうした活動は、学校内の計画だけでは難しい。多様な体験を踏まえ、心のノートを活用しての思考の深まりを目指す活動、障害のある方との交流、高齢者介護施設や福祉作業所における体験学習など、家庭・地域との連携を視野に入れながら、創意を生かした取り組みを展開することが求められる。
 学校経営の立場からは、保護者の方々と価値観を共有し、一体になって取り組む体制を築くことが重要になる。各学校が創意を生かし、あるいは教育委員会から働きかけ、家庭・地域の関係者の間で、今子どもたちがどのような課題を抱えているのか、何が問題なのか、真剣に話し合うところから取り組みに向けての協議を始めてみてはどうだろうか。


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