学び!とシネマ

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トランボ ハリウッドに最も嫌われた男
2016.07.21
学び!とシネマ <Vol.125>
トランボ ハリウッドに最も嫌われた男
二井 康雄(ふたい・やすお)

Photo: Hilary Bronwyn Gayle

 映画の脚本家、ダルトン・トランボの名前は知らなくても、オードリー・ヘプバーンの出た映画「ローマの休日」を知らない人は、まずいないだろう。「ローマの休日」は、トランボが、友人のイアン・マクレラン・ハンターの名義で脚本を書いた。1954年の第26回アカデミー賞では、原案賞を受けている。
 さらに3年後、1957年の第29回アカデミー賞では、トランボがロバート・リッチ名義で書いた脚本「黒い牡牛」が、やはり原案賞を受けている。なぜ、トランボは、友人名義や偽名で、こんなことをしたのか。「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(東北新社 STAR CHANNEL MOVIES配給)を見ると、その答えが分かる。サブタイトルに「ハリウッドに最も嫌われた男」とあるが、これは、ちと納得がいかない。反共産主義の立場からみたらそうかもしれないが、決して、嫌われていたわけではない。トランボのことを嫌った人が多くいたかもしれないが、むしろ、トランボは、多くの映画人に慕われていたはずだ。
 1947年のアメリカ。ソ連との、いわゆる冷戦の始まったころである。自由の国アメリカなのに、「赤狩り」という、共産主義者への思想差別、弾圧が始まる。作家のアーウィン・ショー、ダシール・ハメット、リリアン・ヘルマン、アーサー・ミラー。歌手では、ピート・シーガー、ハリー・ベラフォンテなどなど。映画を多く作っているハリウッドにも、弾圧の手が伸びる。多くの映画プロデューサー、脚本家、俳優などが、下院の非米活動委員会の公聴会に呼ばれる。

(C)2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 証言を拒否した者もいれば、仲間の名前を漏らした者もいる。当初、証言を拒否したが、すぐに仲間の名前をあげた者もいる。トランボは、いっさいの証言を拒否、議会侮辱罪で投獄される。映画は、脚本家として活躍していたトランボが、有罪判決の後、刑務所で服役、出所後、どのように映画作りに関わっていったかを、実録ふうに、丁寧に描いていく。
 出所しても、公には活動できない。才能のあるトランボは、友人の名前や、架空の人物の名前で、多くの映画の脚本を書き続ける。トランボは、かつて共産党員だったが、暴力でアメリカに共産主義を持ち込むといったことは毛頭、考えていない。映画スタジオで働くいろんな職種の人たちの権利や身分を守るために、脚本家として、最大の努力を続けていた人である。家庭では、よき夫であり、よき父親である。まさに常識のある教養人である。
 出所後のトランボは、妻子を養うために、偽名を使って、安い脚本料を承知で、いろんな映画の脚本を書く。タイプライターをバスルームに持ち込み、脚本を書くシーンが出てくるが、トランボ自身、実際にバスルームで原稿を書いていたようだ。
 映画には、あまり似ていない俳優だが、実在の著名な俳優に扮し、ぞくぞくと登場する。ジョン・ウェイン、エドワード・G・ロビンソン、カーク・ダグラス、後に大統領になるロナルド・レーガン。ハリウッドの著名な俳優たちが、それぞれのセリフから、当時、どういった考えを持っていたかが、よく分かる。
 本名を明かせないトランボに、シナリオの仕事を依頼したのが、B級映画ばかり作っていたフランク・キングである。キングにとって、思想などは関係ない。客が喜ぶ、儲かる映画を作ればいい。そう考えているキングは、トランボにかかる圧力をはねのける。

(C)2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 後日、トランボは、復権する。「スパルタカス」の主演男優、プロデューサーのカーク・ダグラスがトランボに脚本を依頼する。「栄光への脱出」の監督、オットー・プレミンジャーもまた、トランボに脚本を依頼する。トランボの名は、いまでは、アカデミー賞の受賞者として記録されている。
 俳優たちが揃って、達者。主役トランボに、ブライアン・クランストン。舞台、テレビの多彩な経験がある。失意のトランボを支える妻、クレオ役にダイアン・レイン。すっかり年齢を重ねたが、30年くらい前の映画「ストリート・オブ・ファイヤー」以来、ごひいきの女優だ。キング役のジョン・グッドマンが、まさに怪演。バットを振り回して、トランボを擁護するシーンは圧巻である。さらに、反共産主義を唱える映画ジャーナリスト、ヘッダ・ホッバーに、ヘレン・ミレンが出ている。どのような役でも、あざやかに演じ分ける。
 シリアスな内容だが、堅苦しい映画ではない。あちこちに、ユーモラスな雰囲気が漂う。なぜなら、監督したジェイ・ローチは、コメディの「オースチン・パワーズ」のシリーズや、「ミート・ザ・ペアレンツ」を撮っているからだろう。
 映画がお好きなら、この1947年からのアメリカ映画の歴史は、知っておいて損はない。「赤狩り」は、ハリウッドの汚点として残る歴史であり、多くの映画で描かれている。なかでも、ジョージ・クルーニーが監督した「グッドナイト&グッドラック」は、「赤狩り」のさなか、報道の真実を貫こうとした人たちを描いた傑作と思う。あわせて、ぜひ、ご覧ください。

2016年7月22日(金)より、TOHOシネマズ シャンテico_linkほか全国ロードショー

■『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

監督:ジェイ・ローチ(『ミート・ザ・ペアレンツ』)
脚本:ジョン・マクナマラ
原作:ブルース・クック(「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」世界文化社刊)
出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、エル・ファニング、ヘレン・ミレン ほか
原題:TRUMBO
2015年/アメリカ映画/上映時間:124分/字幕翻訳:李静華
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES