読み物プラス

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フューチャースクールの“その先”へ(前編)
2014.07.17
読み物プラス <Vol.09>
フューチャースクールの“その先”へ(前編)
~教育の情報化「一人一台」は学びの何を変えたか~
北海道大学公共政策大学院教授 蛯子准吏

1.「一人一台」時代の幕開け

 「一人一台の情報端末」の環境のもと実施された大規模な実証調査事業、総務省「フューチャースクール推進事業」と文部科学省「学びのイノベーション事業」。これらの事業では、一般的な公立の小学校の普通教室に、一人一台のタブレットPC、電子黒板、無線LAN、クラウドなどで構成されたICT環境が構築されました。当時は、タブレットPCも一般的なものではなかったため、大きな驚きとともに、少し遠い未来の取組みとして捉えられていたように思います。
 4年間に渡る実証校の創意工夫による取組みは、従来のパソコン教室とは異なる、新たな情報通信技術(ICT)を活用した授業モデルを産み出しました。誤解を恐れずに言えば、ハイテクなイメージを抱かせない、コンピュータを普段使いの道具として活用する実践的なモデルです。ICTの特性に合わせて授業をするのではなく、授業の目的に合わせてICTを活用する。そして、何よりも子ども達がいきいきと楽しく学べるようICTを活用する。実証校でみられたこれらの取組みが、教育現場における新たなICT活用の方向性を示したのだと思います。上記の事業は、教育の情報化のあり方を大きく転換させる契機となりました。

2.ICTを活用した新たな授業モデル

 新たな授業モデルとして、3つの学習形態が提示されました。指導者が多数の学習者に対して一斉に指導する「一斉学習」、個々の習熟度に応じて学習する「個別学習」、そして新たな学習形態である、学習者同士が教え合い・学び合う「協働学習」です。
 一斉学習では、主に電子黒板を、黒板と併用して活用します。黒板には、授業の内容を最初から最後まで俯瞰できるよう、ポイントや小課題(めあて)を板書します。電子黒板には、個々のポイントをより効果的に伝達するため、市販のデジタル教材、教員の自作教材、書画カメラの映像等を表示します。電子黒板は、黒板を置き換えるものではありません。その場に「残る情報(黒板)」と「残らない情報(電子黒板)」の特性を踏まえ、両者を使い分けることが重要だということが明らかになりました。
 個別学習では、手書き入力が可能なタブレットPCの特性を活かし、漢字や計算等のドリルを、個々の進捗に合わせて学習することができます。個別に指導することが困難な漢字の書き順などの指導を、コンピュータが代替します。学習履歴を管理することで、苦手な問題を繰り返し解くなど、学習効果を高めることができます。
 協働学習では、タブレットPCと電子黒板を主に活用します。個々のタブレットPCに書き込んだ「考え」は、瞬時に電子黒板に集約し、表示することができます。活性化するコミュニケーション活動を授業の目的に沿ってどのようにコントロールするのか、新たな課題が生じました。初めての取組み故、試行錯誤を重ねましたが、基本形とも呼べる一つのモデルが生み出されました。“課題をつかむ→個人の考え→グループの考え→全体の考え→まとめ”という展開を基本としたモデルです。今までのICT活用とは異なる、コミュニケーション活動に着目した新たな学びのモデルです。

3.一人一台が変えたこと

 ICTは授業にどのような変化をもたらしたのでしょうか。主に3点があげられます。
 第一に「情報量の増加」です。教科書などの紙の教材に加え、紙では表現できない音声、動画などのマルチメディア教材を活用することで、理解を深め易くなりました。また、図形の問題をタブレットPC上で試行錯誤を重ねるなど、体験を通じて学ぶこともできるようになりました。
 第二に「時間の有効活用」です。ICTが持つ、転送・表示が瞬時に行える特性を活かし、資料の準備・提示・配布・回収などの時間を、大幅に短縮できるようになりました。例えば、今まで45分間かかっていた内容の授業を40分間でできるようになり、新たに生まれた5分間を、振り返りや、次の授業のための説明などに使うことができるようになりました。
 第三に「コミュニケーションの活性化」です。やり取りが増える量的な変化のみならず、質的な変化もありました。それは今まで実現できなかった、思考過程の可視化です。課題の「答え」だけでなく、その答えに至ったプロセス、すなわち「何故そのように考えたのか」を限られた時間の中でも共有できるようになりました。学習効果を高めるだけでなく、お互いをより知ることにつながり、ある実証校からはいじめがなくなったとの話もうかがいました。これは、事業開始時に予想もしなかった効果です。ICTというと、機械的な冷たい印象がありますが、人と人とのつながりといった、暖かい部分での効果があったのだと実感しています。

 

蛯子 准吏(エビコ ヒトシ)
北海道大学公共政策大学院教授
ボーズ株式会社入社、長野オリンピック冬季競技大会組織委員会情報通信部通信課主事への出向を経て、富士通に入社し富士通総研出向。内閣府地方分権改革推進委員会事務局上席政策調査員出向