読み物プラス

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電子教科書の現在とこれから
2014.06.06
読み物プラス <Vol.08>
電子教科書の現在とこれから
上智大学理工学部教授 田村恭久

1. 電子教科書の動向

 近年、学校の教科書を電子化し、タブレットPCなどで見て学習する「電子教科書」の動きが加速しています。文部科学省は2011年に「教育の情報化ビジョン」を発表し、2020年までに初中等教育で電子教科書を使えるようにする目標を揚げました。また、「学びのイノベーション事業」で全国で20の小・中・支援学校を対象に実証実験を行いました。
 こういった動きは日本だけではありません。韓国では2008年に実証実験をはじめ、2015年末には全国の小中高に電子教科書を導入する計画です。中国、台湾、フィリピン、シンガポールなどのアジア諸国も導入に向けた検討や実験を進めています。ヨーロッパでも、イギリス、ポルトガル、フランスなどが導入を進めており、アメリカのいくつかの州では実験がはじまっています。

2. 電子教科書で学力が低下する?

 電子教科書を巡っては、さまざまな反対意見もあります。その理由として、「学習が画一的になる」「正解を求める学習に偏りがちになる」「書く機会がなくなるので学力が低下する」「先生と生徒のコミュニケーションが途絶する」などがあります。
 もちろん、こういった危険性もあります。しかし、「紙の教科書だから多様な学習を展開できる」とも限りません。「正解を求める学習に偏る」のは、電子媒体だからでしょうか?これらは、授業をどのように展開するかを先生方が決め、生徒に何を求めるかによって決まってくるものです。電子教科書は、学びの場におけるツールや環境であって、学び自体を形作り、展開していくのは、結局は先生方の技量や経験に大きく依存しているのです。
 ただ、今まで授業で使ってきた紙媒体が電子媒体に切り替わることに、不安を抱く方も多いと思います。昨年、筆者は教員の更新講習にタブレットPCを持ち込み、先生方に使っていただきました。当然、使い慣れるにはそれなりの時間がかかります。しかし、使いこなせるようになり、PCならではの便利さを実感された先生方も多くいらっしゃいました。「なるほど、こう使えばいいのか」という安堵と、「でも紙を離れるのは…」という漠然とした不安を両方お持ちの先生方が多かったと思います。

3. 「先生が楽になる電子教科書」を目指して

 現在の学校は、先生方にとって楽な勤務環境ではありません。残業も多く、週末も様々な仕事や行事に時間を費やす必要があるのが現状です。これに加え、電子教科書を導入して更に負担が増えるという事態は、できる限り避けたいのが本音だと思います。
 導入の初期には、環境の変化により混乱が生じる危険性があります。しかし中長期的には、先生方の負担を減らす様々な工夫を、電子教科書に盛り込むことが可能ですし、そうあるべきだと考えています。
 例えば、簡単なクイズであれば、PCのプログラムを使って自動的に正誤判定をしたり、間違えた生徒にヒントを提示することができます。宿題も、サーバーに集めることによって自動的に一覧表示し、提出状況をまとめられます。また、支援学校の拡大教科書や読み上げなども大幅に省力化できます。こういった機能により、現在は人手をかけざるを得ないルーティーンワークの多くを自動化できるのです。これにより、「先生が本当に時間をかけるべき」生徒に、より多くの時間を使うことができます。言い換えれば、導入されるPCやサーバーを、先生方の「助手」として使っていただき、定型的な処理はそれらに任せ、先生方でなければできないことに時間を使っていただきたいのです。
 現在さまざまな機関で、電子教科書の機能に関する議論が行われています。日本では、文部科学省や総務省が議論や試作開発を進めていますし、CoNETSでも議論が進んでいます。国際の場でも、ISOがeラーニングの規格を議論するSC36で電子教科書の規格検討をしており、またIDPF(国際電子出版協会)がEDUPUBという規格の議論を2013年から開始しています。メンバーの多くは、現在の教育現場の問題点を捉え、それを解決したいと考え、ボランティアで議論に参加しています。こういった状況を踏まえ、先生方にも「電子教科書のあるべき姿」の議論に参加していただけると幸いです。
 「学校の現場で、教科書や資料が紙媒体から電子媒体に移行する」ことについては、上にも書きましたように様々な賛否両論があります。技術面から見た場合、現在の紙媒体の資料が一気になくなる、ということはないと思います。紙のノートに書き込んだ方が理解が進む科目や単元があります。電子媒体に置き換えても、まだ機能が不十分で、学習に使えない、ということも多くあるでしょう。その一方で、電子媒体に置き換えると学習効果が高まる科目や単元もあります。学習内容を吟味し、効果があがるところから徐々に電子媒体に置き換えていく、というのが、学校の現場における進め方ではないかと、個人的には考えます。電子教科書の導入は、「媒体を電子化する」ことが目的ではなく、「より学習効果を高める」ことが目的です。その意味で、技術面に関わる人間として、現場の先生方と意見交換を行いながら、「より良い学習」を目指していきたいと考えています。

 

田村 恭久(タムラ ヤスヒサ)
上智大学理工学部 教授
1961年東京都生まれ。1987年 上智大学大学院修了。同年 日立製作所勤務。1993年 上智大学理工学部助手。同講師、助教授を経て、現職。日本eラーニング学会、アスカアカデミー等理事。ISO SC36 e-Textbook Project co-editor