学び!と美術

学び!と美術

アート・ゲーム再考
2017.08.10
学び!と美術 <Vol.60>
アート・ゲーム再考
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 アート・ゲームとは、美術館で販売されているようなアート・カード(※1)を使った美術鑑賞ゲームです。カード同士の共通点を探したり、仮想美術館をつくったり、ゲーム的な活動から作品鑑賞の力を身につけていくことができるとされています(※2)。鑑賞教育が多様に展開されるようになった現在、もう一度アート・ゲームについて振り返ってみたいと思います(※3)

アート・ゲームに挑戦

 筆者がアート・ゲームを取り入れたのは2003~4年の宮崎県立美術館学芸員時代です。当時、美術館内でギャラリー・トークを対話的に実践したり、その成果を発表したりしていました。そんなときアート・ゲームを日本に紹介した愛知教育大学の藤江充先生から「まさか、(やっているのは)対話だけではないでしょう?」と声をかけられたのがきっかけです。

写真1

 さっそく、宮崎県立美術館が発売していた瑛九やマグリット、ピカソなどの所蔵作品のポストカードを集めました。箱を自作して、授業で使えるように6セット程度そろえました(写真1)。実施するアート・ゲームは、藤江先生の論文(※4)や、すでに教育普及活動にアート・カードを取り入れていた滋賀県立美術館(※5)の事例を参考にしました。また宮崎県立美術館は当時、夏になると子どものための展覧会「たんけんミュージアム」を実施して様々なアート・ゲームをやっていましたので、そのノウハウも取り入れました(※6)。そして、美術館主催の研修会や学芸員の出前授業などでいろいろなアート・ゲームを実践しました。

アート・ゲームの効果

 アート・ゲームの効果を感じたのはビデオデータ分析と子どもの発言です。
 ビデオデータ分析から分かったのは出前授業の効果です(※7)。出前授業をしていない学校の子どもたちが来館したときの動きが図1です。図中の点は一秒ごとの子どもの位置で、線はそれをつないだものです。流れるように動いています。つまり、それほど作品の前に止まっていない(見ていない!)のです。一方、出前授業をすると図2のようになります。作品の前に一定の間、止まっていることが分かります。ギャラリーに入ってすぐに自分の興味のある絵の前に立ち止まり、友達と語り合っているのです(※8)
 子どもの発言とは、ある子どもが発した「ぼくの!」という言葉です。出前授業をした子どもたちがギャラリーに入ったときに、マグリットの作品を見つけて「あ!ぼくの!」と言って駆け寄ったのです。正しくは「授業のアート・ゲームで遊んだ絵」ですが、「ぼくの!」とは、まるで自分の持ち物のような表現だと思います。おそらく「作品を自分の手に持った」という行為や経験が「ぼくの」という感覚を働かせたのでしょう(※9)。それが主体的な鑑賞を促しているとすれば、重要な視点だと思います。

図1

図2

アート・ゲームの長所と短所

 それ以来、全国指導主事協議会や美術館などでアート・ゲームを紹介したり、アート・カードの作成(※10)に携わったりしました。自分なりにまとめた長所と短所は以下です(※11)

①長所

  • 自分で「持つ」感覚、作品との一体性がよい(やっぱり「ぼくの!」です)
  • 色や形が鮮明で、適度な大きさで、いつでもどこでも使い易い(ポストカードサイズであれば、対話による鑑賞やディスカッションなどに使えます)
  • 人数や場に応じて多様な学習が工夫できる(研修や採用試験、福祉などに用いている事例があります)
  • 認め合いのコミュニケーションが活性化する(芸術作品ゆえの多様性がポイントです)
  • 自分たちで鑑賞の視点をつくりだすように活動する(例えば二枚のカードから共通点を一つ見つければ、それは鑑賞の視点を一つ見つけたことになります)
  • よく見る、よく考える(先生が「じっと見なさい」と言う必要はありません。ゲームと場の仕組みが見て考える活動を促します)
  • たくさんの作品に出会える(アート・カードのセットは一つの美術館ともいえます。ゲームの方法によっては展覧会づくりや学芸員の仕事について考えることもできます)

②短所

  • ゲームで終わってしまう(ゲームが何の役に立ったのか、子ども自身に成長の実感がないことがあります)
  • 芸術作品を大切にする姿勢が育たない(カードを乱暴に扱うことへの批判があります)
  • 思い付きに終始して深く考えない(ゲームの種類にもよりますが、言語や勝負に達者な子どもが有利になります)
  • 学習評価がしにくい(学習を通してどんな能力が育ったのか分かりにくい)
  • 作品の種類や枚数に左右される(所蔵館の作品に偏るので、活動の幅がせまくなるケースがあります。セットの枚数が少なすぎて遊びにくかったり、使い込んでボロボロになったりする場合もあります(※12)

アート・ゲームのこれから

 2005年以降、アート・カードを持つ美術館は増え、教科書の補助教材(※13)として付けられたり、教材として発売されたりしました。学校や美術館でいろいろなアート・ゲームも実践されています。この15年、アート・カードは学校と美術館をつなぎ、鑑賞教育の幅を広げることに役立ったように思います。
 ただ、すでに鑑賞活動は多様になっています。「社会に開かれた教育課程」の観点から学校と美術館の関係も変化してきました。大分県立美術館では美術館が果たす役割を「図画工作・美術」以外に広げようとしています(※14)。このような動きの中で、アート・ゲームはどうなるのでしょう。おそらく、学校では定番教材の一つとして、目的やねらいをふまえた上でポイント的に用いられる方向に進むでしょう(※15)。メソッドが整理できれば、高齢者施設や福祉、企業研修などに積極的に活用される方向にも広がるだろうと考えています。

 

※1:一般的には美術館の発行するポストカードやセットなどを指しますが、広義では普通の絵ハガキ、タロットカード、あるいは1960年代の永谷園の「東西名画選カード」なども含まれます。
※2:アート・カードを使ったゲームを主にアート・ゲームと呼んでいます。アート・ゲームは愛知教育大の藤江充教授(当時)が1990年代半ばにアメリカの実践を導入したのが始まりでしょう。ただアメリカの事例は、色や形、構図など明確なねらいを持って使用するもので、活用の幅が限定的でした。「そのままでは使えそうになかったので、日本の現場に会う形に変えてアート・カードを紹介した。」と彼は述べています。藤江教授によってアート・カードは多様に活用できる性格をまとうことができたと言えます。
※3:アート・ゲームはアクティビティの一種だとも言えるでしょう。海外の事例をもとに、私たちはギャラリートークのような対話的プログラム以外の鑑賞活動を「アクティビティ」と読んでいます。「美術館の所蔵作品を活用した探究的な鑑賞教育プログラムの開発」(研究代表者:一條彰子) 科学研究費 基盤研究(B)(一般)平成28-30年度。「学び!と美術<Vol.34>」でも紹介しています。
「学び!と美術<Vol.51>」に登場した国立国際美術館学芸員の藤吉祐子さん編集による『アクティビティ・ブック』(2017)は、今、一番のお勧めです。
※4:ふじえみつる「美術鑑賞教育の一つとしてのアート・ゲーム」愛知教育大研究報告 教育科学編 第52号 2003
※5http://www.shiga-kinbi.jp/?page_id=3346
※6:宮崎県立美術館は2006年、文部科学省の「学力向上拠点形成事業(わかる授業実現のための教員の教科指導力プログラム)の委嘱事業で大学関係者や学校教育、教育委員会と一緒に、そのノウハウを集めたアート・カードを作成します。2007年には、アートボックスを作成します。マグネット盤や虫眼鏡、ヘッドフォンなど様々なキットでアート・ゲームができる鑑賞支援教材です。筆者が監修した美術出版サービスセンターのSCOPEのゲームキット「エウレカボックス」には、この鑑賞支援教材のノウハウを一部応用しています。http://bijutsu.biz/bss_bsc/scope/eureka.html
※7:学校と美術館の許可を得てギャラリーに設置してあるビデオデータから来館した学校の子どもたち(図1、図2とも小学校5年生)の動きを分析させてもらいました。
※8:奥村高明「状況的実践としての鑑賞-美術館における子どもの鑑賞活動の分析-」2004.3、美術科教育学会誌「美術教育学」第26号 pp.151-163
※9:ある女性誌の編集者が「男性誌と違って女性誌の表紙が厚いのは、女性が一度手に持って確かめてから購入する傾向があるからだ」と語っています。「本日発売―女性誌編集長の物語」桜井 秀勲 イーストプレス 1993.6。子どもも自らの感覚で確かめるという同じ傾向があります。前号で取り上げた森實先生は低学年でポーズを使った鑑賞を実践されています。似た事例として、宮崎県立美術館でサントリー美術館展を実施した時に、サントリー所蔵の初代長次郎作の黒楽茶碗を見ていた茶道を嗜む集団の一人が発した「お茶が入ったらきれいだろうね」という言葉も感覚を働かせた例の一つでしょう。ケースに入って触れない楽茶碗を、頭の中では自分の手に持ってお茶を注いだ状態にして見ていたと思われます。
※10:作成に携わったのは主に以下。
『国立美術館アート・カードセット』国立美術館。制作の経緯は「美術による学び研究会メールマガジン第164号」2017.7に詳しく書きました。http://www.nmao.go.jp/study/art_card.html
『じろじろみてね』監修:奥村高明 島根県立石見美術館。廣田学芸員や「みるみるの会」などの活躍もあり広く活用されているケースの一つです。http://acop.jp/images/2012/09/2012_mirumiru.pdf
『鑑賞ツールSCOPE vol.1(小学生用)』『SCOPE vol.2(中学生以上用)』監修:奥村高明・西村徳行 美術出版エデュケーショナル。http://www.bijutsu.biz/bss_bsc/scope/postcard.html
※11:様々な研究論文や実践報告などで言及されていますが、あくまで筆者の個人的な意見です。
※12:始めの頃の国立美術館のアート・カードが厚くコーティングされているのは宮崎県立美術館の経験からです。現在は改良が進んで薄く軽くなっています。
※13:日本文教出版の教師用指導書には、題材のポイントを記載した朱書編や指導案集、掲示資料の他、アート・カード3セットが付いています。
※14:「アートフル大分プロジェクト実行委員会(公益財団法人大分県芸術スポーツ振興財団(大分県立美術館)、大分大学、大分県、大分県教育委員会)」は県内の学校と「美術×理科」「図工×国語」など多様なプログラムを実践しています。例えば、アートとサイエンスの探究的な学びとして、地域の地層や海岸の石などから生まれる色に着目したクレヨンづくりや墨づくりなど多様な実践を行っています。「幼少期における地域の色をテーマとした教科融合型学習の開発」 科学研究費 基盤研究(B)(一般)平成28-31年度。
※15:小学校の国語でカルタを用いるように、アート・カードは学習教材として活躍してくれるだろうと思います。