中学校 美術
中学校 美術

-対話型鑑賞を通して自分なりの作品のストーリーを発見する生徒の育成-
※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。
「表現」に比べ「鑑賞」では授業中や授業後「疲れた」,「鑑賞つまらない」など生徒からネガティブな発言を聞くことがあった。作品に関する知識習得や1つの作品の見方に教師が導く授業形態であるため,生徒が受動的に授業に参加させられていた点が最大の要因と推察する。生徒が能動的に授業に参加できるための工夫が必要と感じて来た。
改善の方策として対話型鑑賞法を用い,生徒が主体的に活動に参加できれば,「鑑賞」の授業に対する意識がポジティブなものへ変容するのではないだろうか。しかし,美術館等で実施される対話型鑑賞(1人の学芸員が少人数グループを対象として実施する鑑賞)では1人の教員が38人の生徒を相手にするのは困難である。
そこで,1995年Juanita Brown(アニータ・ブラウン)とDavid Isaacs(デイビッド・アイザックス)によって、開発・提唱された話合いの手法「World Café」(以降,WCと記述)を取り入れることで38人の生徒を対象とした対話型鑑賞を成立させることができるものと考えた。WCでは,生徒が他者と意見交換し多様な考え方を知るとともに,創造的に自己の考えを深めることができるとされている。
本稿では「鑑賞」活動を通して生徒の言葉から紡ぎ出される言葉を通して,その有効性を探ることとした。
1.題材名
「美術作品に込められたメッセージを読み取ろう」
2.題材の目標
他者と交流しながら山口晃「新東都名所東海道中『日本橋改』」(以降,山口作品と記述)を鑑賞し,自己の考えを明らかにするとともに,美術作品は観る人によって多様な捉え方があることに気付く。
本題材における「分析的に鑑賞する」とは,作品を鑑賞して感じたこと,考えたことを述べるだけでなく,そのように感じたり考えたりしたか根拠をもとに述べることとする。
美術作品の鑑賞は国語科の授業でも実践されている。本題材では美術科ならではの視点,美的観点(形や色彩)に意識的に着目させ活動展開する。
3.題材の評価規準
(1) 関心・意欲・態度
山口作品を分析的に鑑賞する活動を通して,よさや美しさを感じ取り,美術文化に対する興味・関心を高めることができる。
(2) 発想・構想の能力
山口作品に表現された形や色彩などの特徴をもとに作品に込められた作者の心情を豊かに発想し,表現の工夫や意図を推測することができる。
(3) 鑑賞の能力
山口作品に込められた物語やメッセージを分析的に捉え,自他の意見を比較するなどして,自分の考えを口頭又は文章でまとめることができる。
4.題材と指導の構想
(1) 題材のとらえについて
山口作品を取り上げた理由は,モチーフの日本橋は知名度が高く,生徒は親しみを持てると考えたからである。山口作品に描かれた形や色彩のみで作品解釈すること,与えられた資料や自分の知識をもとに「熟考・評価」することが可能であるため,生徒は多様な方法で作品に迫ることができる教材であると考えた。
現代アートの表現手段は多様である。それらの作品の一つに触れることは,生徒が美術作品の多様性,自分の感性に響く作品を見いだすきっかけとなるのではないだろうか。
(2) 生徒の実態と題材のかかわり
生徒は表現活動との関連の中で,教科書や資料集,視聴覚教材などを通してさまざまな美術作品に触れる活動を行ってきた。また,2ヶ月前に実施した「阿部展也」の版画図版を用いた対話型鑑賞活動で生徒は,作品を注意深く鑑賞し,それらが何を表しているか気付くことができるようになった。作者が美術作品に込めたメッセージを推測できる生徒はわずかであった。自分が獲得した情報をもとに,イメージを膨らませ言語化する経験が初めてであったことと,鑑賞するための視点が曖昧であったからと推察する。
本題材では,山口作品に表現された形だけでなく色彩の特徴ももとに,何が描かれているか推測するために,他者と交流しながら言語化する活動を行う。自他の考え方を共有することを通して,美術作品の多様な捉え方に気付く。その後,さまざまな意見を取捨選択し,自己の考えを深め美術作品にどのようなメッセージが込められているか(作者が社会に対しどのようなメッセージを発信しようとしているか)生徒が推測する。
5.題材の流れ
(1) ねらい
①形や色彩を観点とし山口作品が社会に対し発しているメッセージに気付く。
②美術作品には多様な見方があることに気付く。
(2) 本時について
①授業時数…1時間(50分) ②授業者…筆者 ③生徒数…38名(1学年)
(3) 本時の展開と評価
学習内容・活動 |
時間 |
主な教師の働きかけと生徒の反応 |
指導上の留意点と評価 |
---|---|---|---|
本時の学習の準備と確認 |
6 |
・ワークシートを配布 |
板書「作品に込められたメッセージを読み解こう」 |
◯山口作品の「情報の取り出し」 |
12 |
WC1回目(1グループ4人又は3人で実施) 【発問1】 【指示1】 補助発問 |
<評価規準・観点> |
◯山口作品の「解釈」又は「熟考・評価」 |
12 |
WC2回目(グループの半分のメンバーが入れ替わる) 【発問2】 |
<評価規準・観点> |
◯山口作品の「熟考・評価」 |
12 |
WC3回目(グループの半分のメンバーが入れ替わる) 【発問3】 【指示2】 |
<評価規準・観点> |
◯まとめ |
8 |
【指示3】 |
<評価規準・観点> |
本稿における「情報の取り出し」とは,形や色彩などを通して作品に何が表現されているか事実をつかむこと,「解釈」とは作品に表現された形や色彩を基に美術作品に込められたメッセージや物語を推測すること,「熟考・評価」とは作品上に表現された形や色彩,他教科等で学んだ本題材で扱う美術作品以外の知識等をもとに作品のメッセージや物語を推測することとする。
(4) 評価規準
①形や色彩に着目し作品が社会に対して発しているメッセージに気付くことができたか。
②他者との交流を通して,美術作品の多様な見方があることに気付くことができたか。
6.結果と考察
(1) 結果
生徒の読み(作者が発信しようとしているメッセージの推測)の結果は細部の文章表現の違いはあるが「多様な文化の違いの尊重」「歴史遺産の重要性」「過去の人に学ぶものの存在」「歴史の積層」「平和への希求」の5種類に分類できる。それぞれの代表的な事例を以下の表(枠)内に示す。
①多様な文化の違いの尊重
生徒A 生徒B 生徒C |
②歴史遺産の重要性
生徒D 生徒E 生徒F |
③過去の人に学ぶものの存在
生徒G 生徒H |
④歴史の積層
生徒I |
⑤平和への希求
生徒J |
(2) 考察
生徒は山口作品を鑑賞するための視点として,形や色彩を入口としつつも,他者の考えや自分の持っている知識を引用しながら山口作品に込められたメッセージを読み解いた。その結果,以下の①〜③の生徒の姿を確認できた。
①山口作品を他教科で得た知識等と照らし合わせながら鑑賞する生徒
生徒A,生徒F,生徒Gは,他教科で習得した知識をもとに作品のストーリーを推測している。生徒Gを事例とし,細かく観ると,環境問題に関する知識や小学校6年社会科で習得した江戸時代の民衆の暮らしの知識(江戸時代はゴミが出なくて環境にいい暮らしをしていた)を活用し,推論を展開している。作者の心情や意図と表現の工夫,作品などに対する思いや考えを説明し合う活動の中で,他教科で学んだ知識を整理,統合する思考が働き,対象の見方や感じ方を広げていることが分かる。
②描かれたものを通して,文化遺産の存在意義に気付く生徒
生徒Dの「新しい物ができれば,古いものは使われなくなって,最後には壊される」,生徒Eの「新しいものがどんどん使われなくなり,消えていってしまっているから時代が進んでも昔のものを活用していくことはできるのではないか」,「日本の文化,建物を忘れないように」は,作者のメッセージとして生徒らは述べている。それは,作られては次々に壊されている文化遺産に対する問題意識があるからこそ出てきた言葉といえよう。作品を鏡とし,自分の内面に潜在的にある意識を写し出している様相が見て取れる。それは,文化遺産への関心の高まりを引き出すことに結びついたといえるのではないだろうか。
③山口作品の形や色彩から受ける感覚的印象をもとに読み解く生徒
生徒Jは,浮世絵の技法(単純化された,形や色彩)を取り入れた本作品から穏やかな雰囲気を感じとった。それをもとに,作者がこの作品に込めたメッセージを推測した。
7.成果と課題
WCの手法を取り入れたことで多様な意見を知るだけでなく,他者の意見をもとに自分の考えを深めることにつながった生徒がいた。生徒はWCの活動の中で次々と新たなメンバーに接することで新たな情報に接したり,自分の意見を発信したりした。それは,生徒が主体的に活動に取り組む姿であり,作品に対し興味を持ち続けることへつながるもととなったのではないだろうか。
50分で実施する題材としては,発問が多過ぎた感がありあわてて自分の考えをまとめている生徒がいた点は今後改善すべき課題である。生徒にじっくりと考えさせるための発問の精選が必要である。