中学校 美術

中学校 美術

「葛飾北斎の神奈川沖浪裏」を読み解く ~『みる美術』、BIG PADとiPadを活用して~(第1学年)
2013.12.11
中学校 美術 <No.008>
「葛飾北斎の神奈川沖浪裏」を読み解く ~『みる美術』、BIG PADとiPadを活用して~(第1学年)
お茶の水女子大学附属中学校 小泉薫

※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。

1.基礎データ

題材・単元名

感覚的アプローチによる鑑賞と分析的アプローチによる鑑賞Ⅰ
~電子黒板(BIG PAD)とタブレット(iPad)を活用して、「葛飾北斎の神奈川沖浪裏」を読み解く~

時間数

1時間

題材・単元の
特徴

鑑賞の学習が表現の学習と関連しながら相互に影響し合える学習内容にしていくことが大切である。本校では3年間の鑑賞題材を系統的に位置づけ、表現と鑑賞の一体化を図りながら鑑賞学習を展開している。1年では、見ることを素直に楽しむことから鑑賞の学習を進めていきたいと考え、感覚的アプローチによる手法を学習の入り口にして、分析的アプローチの手法によって得たいくつかの学習課題を、生徒一人ひとりが価値意識をもって発表し合うことでお互いの共通点や違いなどに気づくことが大切である。新たな発見から導かれる認知活動によって創造的思考力が刺激されることで、創造的な思考力も高まり表現活動へと結び付いていけるのではないかと考えている。

授業環境

活動環境

美術室またはPC教室など

人数

教師1名 生徒34名

教材や用具

教師:電子黒板(BIG PAD:シャープ)、タブレット(iPad:アップル)
生徒:教科書(日本文教出版1年)、美術資料(秀学社)、タブレット(iPad)、鑑賞ワークシート、筆記用具

コンピュータ
動作環境

使用デジタル教材

提示型デジタル教材『みる美術』
日本美術 名品コレクション 編

OSバージョン

Windows7

教材や用具

電子黒板(BIG PAD)、タブレット(iPad)

その他

ネットワーク環境、タブレット学習システム (STUDYNET、STUDYTIME:シャープ)

2.活用事例および展開

①ねらい
 学習指導要領では、1年の鑑賞の学習で絵画作品を鑑賞する場合、「造形的なよさや美しさ」「作者の心情や意図と表現の工夫」「美術文化に対する関心を高める」ことや「作品などに対する思いや考えを説明し合うなどして、対象の見方や感じ方を広げる」ことが求められている。「ものの見方や感じ方」から得られる想像力や発想力を、鑑賞の学習を通して伸ばしていくことは、「どのように表現するか」という構想・構成力、「色・ 形・材料」で表現するための技能など、美術の学習を通して培う基礎的な力を伸ばしていくことにつながり、本校美術科の授業づくりの核となるものであると考えている。
 創意工夫したり試行錯誤したりするなかで「自分が望む価値」を総合的にまとめ上げていくことを目標に、美術の学習に取り組んでいくことを通して、心豊かな生活を創造していけるような力を身につけて欲しいと考えている。

②『みる美術』利用の意図
 絵画作品の鑑賞では、作品に込められた作者の思いを感じ取ることや、絵画表現の多様性について理解するとともに、鑑賞の活動を通して造形的な感覚や判断力、造形的言語を養いながら、体験的に造形美術に関わる知識理解を高めることが大切である。これまでの鑑賞の授業では、教科書や資料集に掲載されている図版、カラーコピーやカラープリントによる限られた大きさの図版による授業が中心であった。また、掛け図などの大判の図版を使っても、黒板の位置からでは教室の後ろ側の生徒には何が描かれているのかを読み取ることが難しく、十分な鑑賞活動ができるとは言い難い。そこで今回は、掲示型のデジタル教材『みる美術』を使い、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」の鑑賞を電子黒板とタブレットを活用して、教師と生徒が双方向で授業を展開できるように試みた。
 タブレットの拡大機能を活用することで画面に描かれたものをじっくりと鑑賞し、何が描かれているのかについて読み解きながら、作者がこの作品に込めた思いなどを感じ取ることや、生徒同志でお互いに感じたことや考えたことについて発表し合うことで、多視点的な見方や考え方、感じ方に気づき、より深く作品を鑑賞できるようにした。感じたことや考えたことなどをタブレットの画面に直接書き込むことでイメージを図式化したり言語化するこができることや、書き込んだ内容をネットワーク学習システムを使って電子黒板に送り、その画面をクラス全体で見ながら友達に説明することで学習を深めることができる。

③評価について
美術への関心・意欲・態度
・美術作品に関心を持ち、見ることを親しみながら作者の心情や意図、創造的な表現の工夫などに関心を寄せ、鑑賞する楽しさを味わいながら見方や感じ方を広げようとしている。
鑑賞の能力
・美術作品をじっくり鑑賞し、形や色彩などの特徴や印象、よさや美しさ、作者の心情などを感覚的に味わう。
・美術作品を分析的に見ることにより、作者が作品に託した思いや創造的な表現の工夫などに迫ることで美術の世界の楽しさを実感する。
・日本美術のよさや美しさなどを感じ取り、美術文化に対する関心を高める。

④指導計画

学習活動の流れ

指導上の留意点、評価方法

「感覚的アプローチによる鑑賞方法」
・作品から感じ取った第一印象(直感的な印象)を大切にして、感じたことや考えたことを自分の言葉でワークシートに記述し、お互いに発表する。
・自分の考えや思い、友達の考えや思いについて共通点や違いがあることに気づく。

「分析的アプローチによる鑑賞方法」
・分析的な視点で作品を読み解く。画面に描かれている様々な情報を、造形的な視点から分析し、ワークシートに記述し、お互いに発表する。
・友達の発表を聞き、様々な見方や考え方があることを理解し、改めて自分の感想をまとめる。

<留意点>
・感覚的アプローチによる鑑賞では、作品の第一印象を大切にすることに加え、作品をじっくりと鑑賞することで見えてくることや感じ取れることも大切にしたい。
・タブレットの画面の大きさに限界があるため、電子黒板やプロジェクタなどで大きな図版を鑑賞できるようにする。教師側からの情報は極力提示せずに、ゆっくり、じっくりと作品を鑑賞する時間を確保し、生徒が感じたことや考えたことを自分の言葉で発表できるような環境をつくる。
・ワークシートへの記述や、積極的に発言ができない生徒に対しては、教師の発問をきっかけにして、自分の感じたことや考えたことを言語化させるようにする。〈ワークシートや発言〉

<評価>
・作品をじっくりと鑑賞し、自分の考えを述べているか。〈ワークシートへの記述と発言内容〉
・タブレットを活用し、様々な視点から作品を読み解く活動をしているか。〈授業観察やタブレットへの書き込み〉
・分析的アプローチによる鑑賞方法から、読み解いたことについて論理的に考えをまとめることができたか。また、友達の発表を聞いて、自分の考えたことと比較しながら、自分の意見をまとめることができたか。〈ワークシートや発言内容〉

3.本時の展開

①目 標
・美術作品に関心を持ち、鑑賞の活動を通して、その作品の世界を楽しむ。
・美術作品を感覚的アプローチの手法でじっくりと鑑賞し、作者の心情や意図など作品に込めた思いに迫る。
・美術作品を分析的なアプローチの手法で鑑賞し、作品が表している内容、形、色彩、材料、表現方法などから判断し、想像や推理を働かせ作品について読み取りながら、絵の世界を探究する楽しさを味わう。
・自分の感じたことや考えたことを発表し、ワークシートにまとめていくことで、自分の考えを整理する。
・友達の発表を聞くことで、感じ方や考えに共通点や違いがあることに気づく。

②『みる美術』を活用した授業の展開

主な学習活動・内容

教師の指導・評価の留意点

導入10分

・タブレット配布。
・タブレットの操作についての確認。
・STUDYTIMEへログイン。
・作品の図版を生徒のタブレットに配布。
・鑑賞(感覚的鑑賞と分析的鑑賞)についての説明。
・作品を鑑賞(感覚的鑑賞)し、作品から感じ取った第一印象をワークシートに記述する。
・作品をじっくりと鑑賞し、何が描かれているのか、どのように描かれているのかを感じ取る。

【教師の発問例より】
※「何が描かれていますか?」
→様々な視点から何が描かれているかクラス全員に発言させるなどして、言語化を図る。
【生徒の回答例:発表】
→描かれている富士山や波のことを様々な視点から言語化させる。
富士山→山、土、岩、溶岩、雪、森など。
波→波、大波、小波、しぶき、泡など。

・鑑賞したことをワークシートに記述させることで、自分の思いや考えを整理し明確にさせる
・発表したことについては肯定的に受け止める。
※電子黒板(BIG PAD)の活用
※タブレットを2人で1台使用。2人グループをつくる。
感覚的鑑賞(直観的鑑賞)を中心に、作品を鑑賞させ、画面から感じとったことをワークシートに記述させる。分析的にならないように鑑賞の視点(発問)を示す。

【発問例】
「作品を見て、第一印象はどんな感じですか?」
「画面全体をじっくり鑑賞してみましょう」
※「何が描かれていますか?」
→生徒の発言した「描かれているもの」をすべて板書する。クラス全員が一回は発言できるようにする。
「季節は?」「時間は?」「もう一度作品を見て、画面全体からてはどのような感じを受けますか?」

展開
30

・作品を鑑賞(分析的鑑賞)し、画面に描かれていることを詳しく読み取りワークシートに記述する。

分析的アプローチによる鑑賞の視点を示す。

■タブレットの活用①
・画面の波の方向に矢印をつける。
・舟に乗っている人間に、番号をつける。
□タブレットに書いたことを電子黒板に送る。

【発問例】
「動きの激しい波の方向をよく見て、波の方向を矢印で示してみましょう」
「波の方向を調べてみて、何を感じましたか?」
「人間は何人いますか?」

・友達の回答を確認しながらもう一度画面をじっくりと見る。

■電子黒板の活用①
・生徒の回答を確認する。

・作品から読み取ったことをお互いに発表する。
・この作品のタイトルを知らせる。
  葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」

・友達の発表を聞いて、他の考えや意見が無いか、じっくりと考えさせる。
・富嶽三十六景や「神奈川沖浪裏」などの説明。

■タブレットの活用②
・一番初めに目がいくところや視線の動き、富士山を見せるための工夫などを図形や矢印などを使ってタブレットに書き込む。

□タブレットに書いたことを電子黒板に送る。

【発問例】
「北斎はこの作品でどこを見せたかったのでしょうか?この作品を見た時の、あなたの視線の動き方を示してみましょう。」
「一番初めに目がいくところはどこですか?そこからどのように視線(視点)が移動しますか?数字や矢印で描いてみしょう。」
「葛飾北斎は富士山を見せるためどのような工夫をしていますか?」
「形、色彩、構図など、気がついたことをタブレットに書き込んでみましょう。」

・作品から読み取ったことをお互いに発表する。
・友達の発表を聞いて、質問や疑問点などがあれば発表させて、意見交換をする。

※発表したことについては、できるだけ肯定的に受け止めるようにする。なぜ、そう感じたか、読み取ったかを大切にする。

・友達の考えを確認しながらもう一度画面をじっくりと見る。

■電子黒板の活用②
・生徒の考えを確認する。

まとめ 10分

・作品に込めた北斎の心情や意図、表現の工夫など、今日の授業を通して、自分の思いや考えをまとめる。(時間があれば発表しお互いの考えを知る)
・本作品の第一印象と、分析的に鑑賞した後での印象の違いについて考え、ワークシートに記述する。

・本時の鑑賞の活動では、タブレットを活用し、図版の全体→図版の細部→図版の全体というように、作品全体から受ける印象や特徴を大切にしつつ、細部の詳細な観察を通した分析的アプローチの手法から、新しい発見や気づき、作者の表現意図の推理など、鑑賞の活動が「探究する楽しさ」を持っていることを体験的に理解できるようにする。

③指導のポイント
・感覚的アプローチからの鑑賞の手法で、生徒の視点でじっくりと鑑賞することで、ただ見ているだけでは気づかない様々なことに気づき、発見することの楽しさを味わわせることにねらいを置き、また一方では、分析的アプローチによる鑑賞の手法で、形や色彩、材料、表現方法など、北斎が作品制作においてどのような造形的な工夫をしているかを探ることによって、より高次元の鑑賞学習となることが期待できる。
・北斎の作品鑑賞を通して、日本美術のよさや美しさについて感じ取らせながら、日本の美術文化に対する関心も高めていきたい。
・『みる美術』を活用することで、鑑賞作品の図版全体を鑑賞することができ、タブレットを活用することで、見たい部分を自由に拡大することができるので、それまで気づきにくかった様々なものが見えてくる。例えば、そこに描かれている具体的なもの、筆のタッチ、色彩表現など、生徒自身で様々な発見をする楽しみを味わわせながら授業に取り組ませることができる。
・電子黒板を活用することで、生徒がタブレットに書き込んだ情報を生徒全体で共有しながら授業を進めることができる。お互いが感じたことや考えたことなどを発表し合うことで、共通点や違いがあることに気づき、相互交流を図りながら様々な価値観を理解させたい。

4.感想等

 「神奈川沖浪裏」に代表される葛飾北斎の富嶽三十六景のシリーズは、富士山を中心に北斎が作品に込めた思いや、様々な表現上の工夫を感じ取ることができる図版が多いので、1年生の鑑賞教材として適している。この作品は、教科書や美術資料に掲載されていたり、掛け図などの大型図版資料も手に入れることもできるが、今回の実践のように電子黒板とタブレットを活用したことで、生徒が自分の鑑賞活動のペースに合わせて作品を鑑賞できるようになった。また、ワークシートもあくまでも鑑賞の活動を補助するような形で活用するようにしたことで「よさや美しさを感じ取り味わう活動」がじっくりと取り組めるようになったと考える。
 これまでのワークシート中心の授業では、生徒一人ひとりの鑑賞活動を教師は読み取ることは出来たが、生徒がお互いに友達がどのような見方や考え方をしているのかが分かりづらく、自分の見方や考えと比較しながら学習する活動が希薄であったことが挙げられる。
 今回の授業は1時間扱いであったが、じっくり作品を鑑賞させたり、発表の時間を十分にとることを考えると2時間扱いで題材化した方がよかった。今後もさらに、ワークシートの形式や教師の発問の内容とタイミングなど、各学年の発達段階に応じた工夫について考えていきたい。