社会科NAVI
(小・中学校 社会)

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日本におけるESD推進の現状と課題
2014.02.25
社会科NAVI(小・中学校 社会) <Vol.06>
日本におけるESD推進の現状と課題
特集 ESD〈Education for Sustainable Development〉
三重大学教授 永田成文

1.ESDのあゆみ

 現代世界は,異文化衝突などの異文化理解に関わる問題,生態系破壊などの環境に関わる問題,経済格差などの開発に関わる問題など,互いに関連する様々な課題に直面している。現代世界に顕在化している地球的課題のほとんどは,地球資源の有限性のためにその持続性が問題となっている場合が多い。地球全体で持続可能な社会を実現するために,持続可能な開発(Sustainable Development:SD)の視点に立って,あらゆるレベルで人々の行動を変革していくことが求められている。
 戦後,先進国を中心として,大量生産・大量消費・大量廃棄に象徴される開発が行われるようになると,地球環境は急速に悪化した。1972年に国連人間環境会議が開催され,地球環境はもはや持続可能なものではないことが確認された。その後,生態系破壊などの環境問題と,貧困,文化摩擦といった経済社会問題との相互関連が明らかになり,持続可能な開発が将来に向けた新しい開発の概念として登場した。
 1992年に地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)が開催され,持続可能な開発の行動計画である「アジェンダ21」の中で,環境と開発の課題に人々が対処する能力を育成する教育が重要であることが強調された。
 2002年のヨハネスブルグ・サミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)において,日本政府は,持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development:ESD)の10年を提案した。この年の国連総会において,2005年から2014年は「国連持続可能な開発のための教育の10年(United Nations Decade of Education for Sustainable Development:UNDESD)を実施することが決まり,ESDはユネスコをリードエージェンシーとして,国際的に推進されるようになった。世界中の人々はESDにより,地球市民として持続性が危ぶまれている諸課題に対処することが求められている。

2.ESDの特色

 2005年にユネスコにより「国連持続可能な開発のための教育の10年」の国際実施計画が策定された。これを受けて作成された『わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画』は,ESDの目標を次のように示している。

 すべての人が質の高い教育の恩恵を享受し,また,持続可能な開発のために求められる原則,価値観及び行動が,あらゆる教育や学びの場に取り込まれ,環境,経済,社会の面において持続可能な将来が実現できるような行動の変革をもたらすことです。 ※下線太字は筆者加筆

表1 ESDの3大領域及び15重点分野

表1 ESDの3大領域及び15重点分野

 ESDは,大量生産,大量消費,大量廃棄から,持続可能な社会の形成のために適量生産,適量消費,適量廃棄を「善」とするパラダイム・シフトを内容に掲げ,持続可能な開発の視点に立ったあらゆるレベルでの意識改革や具体的な行動を促している。単なる知識を網羅的に得ることだけに留まらないように,参加型アプローチの方法を採用している。ESDにとって価値観は要となる大事な視点であり,持続可能な開発に関する価値観の認識と社会に参画する力の育成を目指している。ユネスコ国際実施計画フレームワークは,ESDの3大領域と15重点分野を示した(表1)。

 社会・文化,環境,経済の三つの領域に属する15の重点分野は,持続性が危ぶまれている現代世界の諸課題であり,主に社会科教育の中で取り上げることができる。持続可能な開発のための地理教育に関するルツェルン宣言(2007)は,UNDESDのほとんど全ての「行動テーマ」が地理的特徴を有しており,世界の地理教育においてESDを導入することを提唱している。
 ESDを学校教育で普及させるために,ユネスコは「持続可能な未来のための学習」という教員研修用教材を作成した。この中に示されている学際的テーマの指導の章では,持続可能性の視点が学習過程に取り入れられている。

3.日本におけるESD推進の現状

 ESDは学校教育や社会教育等で総合的に取り組むことが前提である。また,各教科においてもその特性を生かして取り組むことが必要である。2008年の中央教育審議会は,学習指導要領改訂に関する答申の中でESDの取り組みの重要性を指摘した。この答申を踏まえ,現行の学習指導要領にESDの視点が盛り込まれた。
 特に,社会科教育では持続可能な社会の実現を見据えた改訂となった。小学校の学習指導要領では,ESDに関連する「持続可能な社会」の用語は用いられていない。小学校の学習指導要領解説社会編においては,公民的資質を定義した上で,持続可能な社会の実現を目指すなど,よりよい社会の形成に参画する資質や能力の基礎をも含むものであることが示されている。
 中学校の学習指導要領では,地理的分野と公民的分野の内容に「持続可能な社会」の用語が盛り込まれている。地理的分野では,小項目「環境問題や環境保全を中核とした考察」で,持続可能な社会の構築のためには,地域における取り組みが大切であることなどについて考えることが示されている。公民的分野では,地理的分野と歴史的分野の学習成果を踏まえた中項目「よりよい社会を目指して」で,持続可能な社会を形成するという観点から,私たちがよりよい社会を築いていくために解決すべき課題を探究させ,自分の考えをまとめさせることが示されている。中学校社会科では環境保全や現代世界の諸課題の内容を扱うようになっているが,具体的な授業方法については十分に示されていない。
 社会科教育に関連する学会などでは,例会や学会のシンポジウムのテーマとしてESDが取り上げられるようになり,どのようにすればESDとしての社会科教育の実践となるのかについて議論されてきた。しかし,各論者のESD論の主張に留まり,共通理解までは至っていない。
 2010年の国立教育政策研究所によるESDに関する研究の中間報告書は,各教科によるESDの推進のために,具体的な実践方法の例として,視点整理型アプローチとチェックシート型アプローチを提案した。前者は教科等をベースとしたESD実践を新しく創る場合,後者は従来の実践をESD実践へと改善していく場合に適している。これらを各教科の授業で活用することが求められているが,視点を入れすぎて焦点化できない,チェックが主観的になるなどの問題も挙げられている。
 これらのように,日本では各教科を中心としたESD推進の取り組みがなされているにもかかわらず,依然としてESD像が多種多様であり,従来の教科や総合学習とESDの実践との違いが曖昧である。このため,一部の意欲ある教員による先進的な取り組みを除いて,ESDの視点を導入した授業開発は進んでいない。
 社会科教育においては,「持続可能な社会の実現」をキーワードとして,持続性が危ぶまれている現代世界の諸課題などの社会的論争問題を取り上げ,それらとのつながりと特色をとらえ,将来の持続可能性を見据えて,解決策を考え,判断していくような実践が求められる。

4.日本のESD推進の課題に対する示唆

写真1 汽南社区の入口

写真1 汽南社区の入口

 ESDは学校教育や社会教育等で総合的に取り組むことが必要であるが,日本では学校全体の取り組みや地域社会との連携が弱い。このような課題を解決する示唆を得るために,諸外国におけるESD推進の取り組みを見ていきたい。
 2004年に中国の北京で環境モデル中学校とモデル住宅団地を視察した。中国は,ユネスコによる「環境,人口,開発プロジェクト」を1998年以降導入した。ESDを参考としたEPD(UNESCO Project on Education for Environment, Popuration and Sustainable Development)は,全国8省で,小・中・高等学校を合わせて約1000校が実験校に指定されるなど,国を挙げて推進されていた。訪問した北京市第八十中学では,EPDの時間は特に設定されていないが,普段は各教科で「環境・人口・開発」について取り扱い,毎年3回程度EPD関係の行事を催すことで学校全体の意識を高めていた。

 北京市郊外の西城区にある持続可能な教育モデル地区である汽南社区は,中国の第一機械部の宿舎として1950年代に建設された。3700世帯8000人が住むコミュニティである(写真1)。近くに小・中学校があり,学校の教員も社区に訪問するなど,社区と学校は密接な連携をとっている。小・中学生は土日を使って社会実践を行っている。EPDとの関連では,住宅から離れたところにゴミ置場を設置し,ゴミの分別を行い,生活環境保護のためにバッテリー回収したり,室内装飾は環境に優しい材料を使用したり,石炭等の直接利用を禁止したりしている。このように社区は学習基地となっていた。

 2008年にアメリカ合衆国オレゴン州ポートランド郊外でESDを推進しているグラッドストーン学区(Gladstone School District)を視察した。学区には,幼稚園(250人),小学校(1-5学年:713人),ミドルスクール(6-8学年:500人),ハイスクール(9-12学年:720人)がある。UNESCO教師教育プログラムの中心的な存在(ESD Toolkitの作成者)で,オレゴン州ポートランド州立大学に勤務していたDr. Rosalyn McKeown と連携し,教育長の指導のもとで学区全体でESDを推進していた。また,グラッドストーン高校の科学の教員が学区全体のESDカリキュラムを開発していた。2009年の訪問の際には,ESDの視点を取り入れた授業が導入され,教師のESDに対する意識が高まっていた。

写真2 コミュニティールーム

写真2 コミュニティールーム

 グラッドストーン高校の科学では,生物をベースとした選択授業が設定され,再生可能エネルギーに関する授業が含まれ,ビジネスやテクノロジーでは,環境・社会・経済の各領域から環境に優しい生活を提案する授業が導入されていた。また,低エネルギー消費を意識した科学技術棟が増築され,棟全体で雨水を再利用でき,教室には室温を調節する環境適用装置が設置されていた。
 グラッドストーン学区では,2009年1月に子どもと家族の施設をオープンさせた。この施設は,幼稚園を核として,子ども委員会,教育サービス局をパートナーとして早期幼児プログラムを取り入れ,コミュニティーカレッジ,健康局,精神衛生局,福祉サービス局とも連携している。
 この施設は,子どもの教育経験の基礎を確立し,最善の環境設計を学ぶことを目指しており,教室は自然光で満たされ,図書館や子どもと家族が活動できるコミュニティルーム(写真2)や野菜を栽培できる農園がある。
 このように,学区はカリキュラム,施設,パートナーシップを柱として,ESDと向き合っている。

5.日本のESD推進に向けて

 UNDESDの最終年の会合が2014年11月に岡山市と名古屋市で開かれることが決定している。ESDは,日本の一般社会でも教育現場においても,十分に周知され,積極的に実践されているとは言い難い。
 中国のEPD の国家的な推進やアメリカ合衆国のESDの先進的学区の取り組みから,日本においても地域の学校教育と社会教育が連携する体制を構築していくことが必要である。また,地域の教育委員会などが中心となり,個々の教員が各教科の中で積極的にESDの視点を導入していけるような支援体制を整えていきたい。

 

〈参考〉

  • 国立教育政策研究所教育課程研究センター『学校における持続可能な発展のための教育(ESD)に関する研究中間報告書』2010
  • 「国連持続可能な開発のための教育の10年」関係省庁連絡会議編『わが国における「国連持続可能な開発のための教育の10年」実施計画』2006
  • UNESCO, United Nations Decade of Education for Sustainable Development( 2005-2014):Draft International Implementation Scheme, 2004

 

永田 成文(ながた しげふみ)
専門分野/社会科地理教育
主要著書/単著『市民性を育成する地理授業の開発―社会的論争問題を視点として―』(風間書房,2013年),共著『持続可能な社会と地理教育実践』(古今書院,2011年)など
日本文教出版『中学校社会地理的分野』教科書著者