中学校 美術
中学校 美術

-空想画の鑑賞活動を通しての考察-
※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。
授業で解決しようとしている課題(研究仮説)
生徒はよりよい作品制作を目指し意欲的に学習に取り組むことができる。だが,表現活動においてアイデアスケッチの段階から下絵,着色と制作が進行しても生徒作品に表出されてくるイメージに広がりがみられない様相にある点と他者と違う表現をすることに不安を感じる生徒がいる点が課題と感じてきた。筆者の授業を振り返ると個別で学習活動する場面が多い。だから生徒は自身の発想・構想の行き詰まりやさらなる改善をめざすことができなかったり,他者の表現との違って当然であることに価値を見いだせなかったりしているのではないかと考えた。そこで,学習活動の展開の中に他者と関わる場面を活動の中に設定する。すると,生徒は他者との関わりをきっかけとし,自己のイメージを増幅したり多様な表現のよさを見いだしたりすることができるようになるものと考えた。本時では「鑑賞」活動に焦点を当てた実践と考察を行うこととする。
第Ⅰ部で題材全体の流れと本時の位置づけ,第Ⅱ部では実践の様子や結果が分かるよう画像と授業後の生徒アンケートを記述する。第Ⅲ部は授業で解決しようとしている課題が克服されたか生徒アンケートをもとに考察した。
第Ⅰ部 題材全体の構成と本時(学習指導案)
1.題材名
「空想の世界」-空想画の「表現」及び「鑑賞」-
2.題材の目標
空想画を表現及び鑑賞する活動を通して,現在の自分の夢,想像や感情など心の世界をもとに,主題を生み出し発見する面白さを味わうとともに,さまざまな美術作品のよさを味わうことができる。
3.題材の評価規準
(1)関心・意欲・態度
活動に主体的に取り組み空想画のよさや美しさなどを感じ取り,美術を愛好する心情を高める。
(2)発想・構想の能力
空想画を描く,観る活動を通して豊かに発想し構想する。
(3)創造的な技能
空想画を描く活動を通して,表現方法を創意工夫し,主体的に表現する技能を獲得する。
(4)鑑賞の能力
空想画のよさや美しさを形や色彩がもたらす感情をもとに,作品を分析的にとらえ,自分の考えを口頭又は文章で表現できる。また,自他の考えのよさや視点の違いの面白さに気付く。
4.題材と指導の構想
(1)題材設定理由
古くは洞窟画壁画,宗教を題材とした宗教画,シュルレアリスムの画家たちの作品,前衛芸術家の作品など古今東西で空想画が描かれて来た。それらは願望や夢,物語,技法の偶然性などから着想を得,多様な素材を駆使して表現されている。
本題材を通して身につけさせたい力は次の2点である。
①空想画の表現活動を通して,主体的に材料や形や色彩の組み合わせにより自己の想いを表現する力。
②空想画の鑑賞活動を通して,作品を分析的に読み解き主題や作品に込められたメッセージを推測する力。
(2)生徒の実態と題材のかかわり 2学年4組 37名(男子20名 女子17名)
生徒たちは2学年4月から6月にデザインの表現活動を通して自己の想いを多くの人々に伝えるために,形や色彩などの効果を生かして分かりやすさや美しさなどを考え,表現の構想を練る活動を行った。その結果,全員が作品を完成させることができたが,作品の主題が曖昧で自分で何を表現したかったのか不明な生徒がいた。
そこで,生徒が感じ取ったことや考えたことなどをもとに表現する活動を通して,発想や構想に関する学習が必要と考えた。具体的には主題などをもとに想像力を働かせ,単純化や省略,強調,技法の組合せなど構成要素を考え,創造的な構成を工夫し,心豊かな表現活動である。
中学生の時期はJ・ピアジェによれば,形式的、抽象的操作が可能になり仮説演繹的思考ができるようになるとされる。また,E・エリクソンによれば,他者と異なる一貫した自分自身の同一性の確立する時期とされている。つまり,自他のさまざまな事象を分析的にとらえ客観視するようになるのが中学生の年齢といえる。したがって,自分の無意識の感覚を空想画として表現したり,他者の作品を分析的に鑑賞したりする活動は発達段階に適した題材ではないだろうか。
また,表現活動との関連の中でオディオン・ルドン(以降,ルドンと記述)の美術作品に触れるために美術館を活用した鑑賞の授業を行うこととする。実物の作品を扱うことでディテールやマチエールを確認することが可能となり,芸術家が制作した実物の美術作品が持つ魅力を体感できる。ルドンが制作した実物の美術作品の形や色彩,技法などを通して分析的に鑑賞する能力(「情報の取り出し」,「解釈」又は「熟考」する力)をさらに高めるだけでなく,感覚的にすばらしいと感じることのできる美術作品を選ぶ経験もさせたい。それが,空想画に対する興味の高まりにつながるものと考えた。
本指導案における「情報の取り出し」とは,形や色彩などを通して美術作品に何が表現されているか(推測も含む)を言語化することとする。「解釈」とは美術作品上に表現された形や色彩をもとに美術作品に込められたメッセージや物語を推測し言語化することとする。また,「熟考・評価」とは美術作品上に表現された形や色彩,美術作品以外の情報をもとに美術作品に込められたメッセージや物語を推測し言語化することである。
(3)指導の方策
本題材を実施する上で①指導の連携,②体験,③他者との交流の場面を設定する。
①指導の連携とは
美術館学芸員と連携したギャラリートークの実施。
②体験とは
美術館を訪問し,実物の美術作品を目にする。
生徒が気に入った美術作品を体験的にとらえる(模写する)ことで,形や色彩の特徴をとらえる。
空想画(印刷作品)を日常的に鑑賞できるよう,多様な作品を廊下に掲示する。
③他者との交流とは
他者と意見交換させ,多様な考え方を知る。
①から③の活動を行うことで,さまざまなアーティストたちが制作した空想画の魅力を生徒が感じ取るとともに,自己の作品制作におけるイメージの膨らみが期待できるものと考えた。
5.題材の指導計画(全12時間)
時 |
◯学習のねらい |
評価の観点 |
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関 |
発 |
創 |
鑑 |
具体的内容 |
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1 |
◯空想画への関心を持つ。(「鑑賞」) |
◯ |
◯ |
◯空想画への関心を持つ。 |
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2 |
◯空想画を描くための素材を集める。(「鑑賞」) |
◯ |
◯空想画を描くための素材をイラストメモとして残す。 |
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3 |
◯自己のテーマにもとづきアイデアスケッチをする。又はアイデアスケッチしながら自己のテーマを見いだす。(「表現」) |
◯ |
◯ |
◯自己のテーマに近づけるためのアイデアスケッチの制作。 |
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4 |
◯自己のテーマにもとづいた空想画の下絵を描く。(「表現」) |
◯ |
◯ |
◯ |
◯自己のテーマにもとづいた空想画の下絵を描く。 |
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5 |
◯他者との意見交流を通して自己のイメージを広げ表現するとともに,さまざまな表現の面白さに気付く。 |
◯ |
◯ |
◯空想画の下絵の続きを描けない生徒の作品を対話型鑑賞法で鑑賞し,作品の解釈をする。その後,自分が続きを描くと仮定し形で表現する活動を通して他者と意見交流させることで自分のイメージが広がることに気付くことができる。 |
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6 |
◯空想画下絵を完成させる。(「表現」) |
◯ |
◯ |
◯空想画下絵に改善の余地が無いか検討し下絵を完成させる。 |
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7 |
◯アーティストの作品を鑑賞することを通して形や色彩がもたらす感情を考え,作品に込められた想いを推測する。(「鑑賞」) |
◯ |
◯ |
◯オディオン・ルドンの作品を通して,形や色彩がもたらす感情を考え,ルドンが作品に込めた想いを推測することができる。 ①『神秘的な対話』『黄色いケープ,あるいはカバラの祭司』 ローテーションは以下の通り |
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8 |
◯空想画の着色をする。(「表現」) |
◯ |
◯ |
◯ |
◯自己のテーマにもとづいた空想画の着色をする。 |
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12 |
◯クラスメイトの作品のよさに気付くとともに,作品に込められた思いを推測する。(「鑑賞」) |
◯ |
◯ |
◯さまざまな作品の表現の違い,それぞれのよさに気付き,お気に入りの作品を選び,その作品に込められた作者のメッセージを推測できる。 |
6.本時の学習(5時間目/全12時間)
(1)本時のねらい
他者との意見交流を通して自己のイメージを広げ言葉や絵で表し,さまざまな表現があることに気付く。
(2)本時の構想
①第一段階(「鑑賞」)
描きかけの美術作品に表現された形の特徴をもとに,他者との対話を通して何を描こうとしているか推測する。
②第二段階(「表現」)
第一段階で出て来た,さまざまな意見をもとに,作品の続きを自分が描くと仮定し表現する。
(3)本時の展開と評価
学習内容・活動 |
主な教師の働きかけと生徒の反応 |
指導上の留意点と評価 |
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◯本時の学習の準備と確認 |
・印刷した作品,ワークシートと鉛筆を配布 |
<評価規準・観点> |
学習課題 |
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・補助発問 |
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◯作品の「情報の取り出し」 |
【発問1】 ・補助発問 ・指示 【生徒の反応】 |
<評価規準・観点> <留意点> 【評価方法】 |
◯作品の「解釈」 |
・指示 【発問2】 【生徒の反応】 |
<評価規準・観点> 【評価方法】 |
◯作品の「熟考・評価」 |
【発問3】 ・指示 ・指示 |
<評価規準・観点> 【評価材料】 |
◯まとめ |
まとめ |
<評価規準・観点> 【評価材料】 |
・指示 【生徒の反応】 |
(4)本時の評価
①自己のイメージを広げ自己の想いを表現できたか。
②自他の表現の違いやよさに気付くことができたか。
第Ⅱ部 本時の記録と結果
1.授業の様子(画像記録及び生徒のワークシートの記述)
(1)写真
①導入の様子 | |
②作品の「情報の取り出し」 【発問1】「作品に何が描かれているだろう」 |
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③作品の「解釈」 【発問2】「作品のタイトルを考えよう」 |
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④作品の「熟考・評価」 【発問3】「描きかけの作品の続きを考えよう」と相互鑑賞 |
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⑤生徒が考えた作品の続き |
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(2)ワークシートの記述より
「本時の活動を振り返り気付いたこと」の質問に対する生徒の回答(自由記述)から6種類の感想を抽出することができた。それぞれ代表的な記述を記す。
①自他の表現や見方の違いの存在について述べた生徒
「この絵は生き物が出て来て楽しそうな絵だけど,私の絵は生き物が出てこないさびしい絵です。ですが私の絵が暗くてダメだと思ったのではなく,この絵と私の絵は違って当然,同じ年齢でも絵の内容が全く違って当然なことを,この絵を通して再確認しました」
「話し合いやクラスメイトの作品を見て分かったことは,人によって見方,考え方が違うということ。『◯◯は△△じゃない』『いや◯◯は××にも見えるよ』などと,人それぞれ感じ方が違うんだなと思いました。自分の作品は自然をもとにした空想で,この作品は機械的な感じの空想だと思いました」
「他の人は自分と全然違うのを描いていたけど,どれもどの絵の続きに合っているような絵ですごかった。自分の絵と比べると同じ所が1つもなくて,同じ空想の絵でも同じ所が一つもない。違いがたくさんあっておもしろいと思った」
「いろいろな人と意見を交換すると,いろんな意見がたくさんあって,言われると納得したり,とてもおもしろいことが分かったりして,人と意見交換すると,個人の発想は一人一人違うんだと思いました」
「こうやってみると自分とは違う角度でみていたり,『あっ』と思うような絵もあったりして,同じ絵でも少し加えると一人一人違う絵になっておもしろいと思った」
「自分では『◯◯に見える!』と思ってもメンバーの人が『私は◯◯に見えるよー』と言って,自分だけの意見じゃなくて周りの人達の意見も聞けてすごく楽しかったです。友達の描いた絵を見たら,すごく細かく描いていて自分のとは違うところがたくさんあって面白かったです。その人がなにを想像して描いているのかって思って見てみたらすごく面白かったです」
「いろいろな人の作品を見てまわって,自分と似ているところがあったり,なるほど!と思ったところもたくさんあったので,いいところは吸収したりして,これからの作品をつくる時に参考にしていきたいと思います」
「作者が描いている絵と見る人では見方が違うのではと思いました。他の作品を見てもいろいろな見方があるんじゃないかと思いました。一番感じたのは一人一人違う見方があるということです」
「見方を変えるといろいろなものに見えてくることが分かりました。たとえば歯を描いていると思ったところはカッターになっていたり,チェンソーになっていたりしました。そういうのはすごく面白いと思いました」
「クラスメイトの描いたものを見て,それぞれの絵をどう感じるかは自由なんだと思いました」
②他者と同じ見方をしたことを述べた生徒
「班の中の人とは同じ意見だった」
③自分の作品との比較について述べた生徒
「自分の描いた絵は現実感のあるものだった。他の人はいろいろな発想があってすごいと思った」
「自分の描いたものと比べると,友達の発想の方が面白かった。こんな感じにも描けるんだと思った」
「私の空想画はあまり細かく描いていなくて,これは何を描いているか分かるものばかりだったけどこの絵はよく分からないものが描いてあったりたまに細かいものがあったり見ていると不思議に思えてくる」
④他者との関わりから自己のイメージの広がりを実感した生徒
「話し合いを通して,自分が見えなかったものを言われることで他の見方ができた」
「1回目の話し合いでは出なかった言葉(単語)が二回目,三回目につれすごく増えていた」
「話し合いの中でいろいろな題名の案が出てきた」
⑤作品の続きを描いたことについて述べた生徒
「絵の続きを描いたり,工夫したりと,とても楽しく描くことができた」
「続きを描くのは難しいと思った。自分の思ったことが描けないところもある。これに苦労するが乗り越えると達成感があると思う」
「自分の絵を考えるより,人の絵の続きを描く方が先の事をいろいろ想像できるし楽しかった」
「描き方が昔の壁画のようだと思った。絵の内容は未来の工業又はエネルギー発生装置みたいなものの仕組みを描いたものに見えた」
第Ⅲ部 考察
本時の学習活動のねらいを踏まえたクラス全体を総括した評価を述べる。
(1)本時の評価「自己のイメージを広げ表現できたか」について。
全員が自己のイメージを言葉や絵を通して何らかの表現をし,自己のイメージをつくり出していたことがワークシートや授業後の感想を通して読み取ることができた。
アンケートは「本時の活動を振り返り気付いたこと」と漠然とした質問であったが,活動後の感想の中で「話し合いを通して,自分が見えなかったものを言われることで他の見方ができた」と「1回目の話し合いでは出なかった言葉(単語)が二回目,三回目につれすごく増えていた」「話し合いの中でいろいろな題名の案が出てきた」と回答した生徒が3名いた。これらの生徒は他者のイメージが自己のイメージを広げることに明らかに影響したことを認知できた生徒である。それ以外にも,自分又は他者の発想又は発言を起点としイメージを広げることができた生徒がいた可能性はあるだろう。また,自分のイメージを他者が受け取り新たなイメージを形成し,そこからさらなる自分のイメージの広がり(他者のイメージを受け取り自分のイメージを形成し,そこからさらなる他者のイメージの広がり)につながった姿を確認することができた。作品の続きを描いたことについて述べた生徒に「自分の絵を考えるより,人の絵の続きを描く方が先の事をいろいろ想像できるし楽しかった」とコメントした生徒がいる。これも他者の描きかけのアイデアスケッチが自己の発想の起点となり新たなイメージを形成することにつながった。これは,個別での学習活動形態の授業の中ではあり得なかった。
(2)本時の評価「自他の表現の違いやよさに気付くことができたか」について。
アンケート結果を見ると「いろいろな人と意見を交換すると,いろんな意見がたくさんあって,言われると納得したり,とてもおもしろいことが分かったりして,人と意見交換すると,個人の発想は一人一人違うんだと思いました」「話し合いやクラスメイトの作品を見て分かったことは,人によって見方,考え方が違うということ。『◯◯は△△じゃない』『いや◯◯は××にも見えるよ』などと,人それぞれ感じ方が違うんだなと思いました。自分の作品は自然をもとにした空想で,この作品は機械的な感じの空想だと思いました」のように自他の表現や見方の違いの存在を肯定的に受け止める回答が多数存在した。1つの正答でなく多くの正答が存在することに生徒が気付き,その違いに面白さを見いだすことができた。これも個別での学習形態の授業の中ではあり得なかったものである。
以上のことから,授業で解決しようとしていた課題「生徒は他者と関わりをきっかけとし,自己のイメージを増幅できるようになるのではないだろうか」の有効性を確認できたといえる。