学び!とシネマ

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こどもしょくどう
2019.03.22
学び!とシネマ <Vol.156>
こどもしょくどう
二井 康雄(ふたい・やすお)

(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会

 映画のタイトルは、すべてひらかなだが、そもそも「子ども食堂」とは何か。「こども食堂ネットワーク事務局」の釜池雄高さんの書いた映画の資料にこうある。話は2012年8月に始まる。東京の大田区にある「気まぐれ八百屋 だんだん」の店主、近藤博子さんが、地元の小学校の先生から、「朝晩の食事がバナナ一本、という子どもがいる」と聞いて驚く。近藤さんは、「何か出来ないか」と考える。
 「だんだん」はもとは居酒屋だったから、台所はある。八百屋だから、食材がある。近藤さんは、恵まれない子どもたちに、安価で、食事を提供し始める。テレビや新聞で報道され、同じような試みが全国に広がる。支援する自治体が増え、昨年の3月末では、全国で2286ヵ所となり、いまでも増え続けているようだ。近藤さんの思いを尊重して、「子ども食堂」は、「子どもたちが1人でも来られ、地域の人たちが無料または低額で食事をふるまう場所」と、とりあえずは定義されている。
 映画「こどもしょくどう」(パル企画配給)は、「子ども食堂」がどのようにして出来るようになったのかを、食堂を営むある家族を中心に、フィクションで描いた映画だ。
 いじめにあう小学生がいる。学校に行けず、河原に停めた車で、父親と暮らす幼い姉妹がいる。保護者は、子どもたちに食事を作らない。映画は、こういった子どもたちの視点から、淡々と現実を提示していく。
(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会 高野ユウト(藤本哉汰)は、小学校の5年生で、「あづま家」という食堂を営む両親と、妹のミサ(田中千空)との4人家族だ。ユウトは、幼なじみの大山タカシ(浅川蓮)と、補欠ながら、野球チームでも仲良しだ。行動ののろいタカシは、学校でも野球チームでも、いじめにあっている。タカシは、母親に育児放棄され、食事を作ってもらえない。そんなタカシに、食堂を営むユウトの父、作郎(吉岡秀隆)と、母の佳子(常盤貴子)は、いつも食事を振る舞っている。
 ある日、ユウトとタカシは、河原で車中生活をしている姉妹に出会う。ユウトは、自分たちのいつも食べている唐揚げなどを、姉妹に届けるようになる。お腹をすかした妹のヒカル(古川凛)は、ユウトの差し入れを屈託なく受け入れるが、ユウトと同じ年くらいの姉のミチル(鈴木梨央)は、どこか醒めている。
 姉妹の現状を見かねたユウトは、ミチルとヒカルを家に招き、両親の作ったトンカツやオムライスといった食事を食べさせてあげる。
 ユウトの両親は、役所に姉妹の保護を頼むか否かを議論し始める。突然、ミチルとヒカルの父親が姿をくらます。河原に停めてあった車は、もう乗れないよう、何者かに壊されてしまう。
 ふだんは、何事にもあまり積極的ではなかったユウトが、立ち上がる。ヒカルがふと漏らした言葉から、ユウトたちは、両親に内緒で、とんでもない行動に出るのだが。
 子どもたちの現実が、くっきり、丁寧に描かれる。ことさら涙をさそうような演出ではない。ミチルとヒカルの姉妹の現実を、微細に写しとっていく。子どもたちのやりとりを丁寧に切り取っているからこそ、その苦しみ、哀切さが、じわりと伝わってくる。
 「子ども食堂」が増えているのは、明らかに、子どもが貧困、つまりは両親が貧困だからだろう。政府は、隠蔽、改竄した統計で、好景気が続いていると言うが、とんでもない。統計などは、政府に都合のいいように改竄され、発表する。つまりは、いかようにも操作できる。
(C)2018「こどもしょくどう」製作委員会 大人たちは、ことに施政者たちは、幅広く、社会の現実、つまりは貧困の現実を見ていただきたい。ほんとうは、「子ども食堂」といった仕組み、施設が存在しない社会が、まっとうな、あるべき社会ではないか。
 一昔前とちがって、いまは地域社会全体が、恵まれない子どもたちに、手を差し伸べることが少なすぎる。なによりもまず、大人たちが、いまの子どもたちの現実に、気付かなければならない。
 優れた映画には、優れたスタッフが結集する。監督は日向寺太郎。黒木和雄監督に師事し、2005年に「誰がために」、2008年に実写版の「火垂るの墓」、2013年に「爆心 長崎の空」、2014年にドキュメンタリーの「魂のリアリズム 画家 野田弘志」などを撮っている。寡作ながら、いずれも気骨ある作風で、高い評価を得ている監督だ。
 撮影が、なんと大ベテランの鈴木達夫だ。1966年、黒木和雄監督の「飛べない沈黙」で長編映画デビュー。以降、日本映画の傑作を撮り続けている。子どもたちの、生き生きしたセリフに満ちた脚本は、「百円の恋」や「嘘八百」を書いた足立紳と、山口智之。編集は、やはり多くの優れた映画の編集を手がけている川島章正。
 ユウトのお母さん役、常盤貴子がいい。大衆食堂のおばさんといった役どころを、いきいきと演じる。また、子どもたちとの距離感が絶妙だ。じっさいに、いろんな裁判を傍聴している女優さんで、社会の底辺を見続けている。
 エンドロールに、俵万智の作詞した主題歌「こどもしょくどう」が流れる。「……食べることは命、食べることは温もり……」と。子どもたちの見た世界は、日本の貧困の現実である。では、おとなたちは、何をすべきなのか。映画を見るべきは、子どもたちに、命と温もりを与えなければならない、おとなたちである。

2019年3月23日(土)より、岩波ホール2週間先行ロードショー、ほか全国順次ロードショー

『こどもしょくどう』公式Webサイト

監督:日向寺太郎
原作:足立紳 脚本:足立紳、山口智之
撮影:鈴木達夫 照明:三上日出志
美術:丸山裕司 録音:橋本泰夫
編集:川島章正 音楽:Castle in the Air(谷川公子+渡辺香津美)
主題歌:「こどもしょくどう」 作詞/俵万智 作曲/谷川公子 編曲・演奏/Castle in the Air
出演:藤本哉汰、鈴木梨央、浅川蓮、古川凛、田中千空/降谷建志、石田ひかり/常盤貴子、吉岡秀隆
2018/日本/カラー/ビスタサイズ/5.1ch/93分
製作:パル企画/コピーライツファクトリー/バップ
配給:パル企画