学び!とPBL

学び!とPBL

Education 2030と新しいコンピテンシーの定義②
2020.02.25
学び!とPBL <Vol.23>
Education 2030と新しいコンピテンシーの定義②
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.OECDラーニング・コンパス2030

図1 OECD日本イノベーション教育ネットワークの研究会 OECDのEducation2030プロジェクトは、2019年に「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」を公表しました。このラーニング・コンパスは、前回紹介したラーニング・フレームワークのコア部分に当たるもので、コンセプトノートによれば「教育の未来の向けての望ましい未来像を描いた、進化し続ける学習の枠組み」であり、「私たちの望む未来(Future We Want)、つまり個人のウェルビーイングと集団のウェルビーイングに向けた方向性を示す」としています。OECDはウェルビーイングの指標として、仕事、収入、住宅、ワーク・ライフ・バランス、教育、安全、生活満足度、健康、市民活動、環境、コミュニティ、の11に整理しています。しかし、実際のウェルビーイングは国や地域、年齢や性別、立場によって大きく変わります。そこでEducation2030プロジェクトでは、世界各国の生徒たちに「Future We Want」を語ってもらい、ビデオにして公開しています。生徒の中には私たちの地方創生イノベーションスクール2030で活躍した生徒たちも含まれています。(https://www.oecd.org/education/2030-project/teaching-and-learning/learning/well-being/
図2 OECDラーニング・コンパス2030 このラーニング・コンパスは評価の枠組みやカリキュラムの枠組みを示しているのではなく、示しているのは学習の枠組みだとしています。シュライヒャー氏によれば、同じラーニング・コンパスを「2030年に向けて、生徒たちがどのようなコンピテンシー(資質・能力)を身に付け、どのようなステークホルダーと協働しながら何を目指すのか、を描いた世界基準のコンセプトマップ」としており、「人々にインスピレーションを与えたり、生徒をより深く知ったりするためのツール」だとしています。だから、これに従うのではなく、これから始めることややってきたことを参照させ、その価値や方向性を確認するために活用してほしいと述べています。(リクルート『キャリアガイダンス』2019年10月)

2.生徒エージェンシーと共同エージェンシー

図3 OECDベター・ライフ・インデックス ラーニング・コンパスの各部分は、ラーニング・フレームワークと共通しているので省略しますが、その中核に位置するのが生徒エージェンシーです。これは「変革を起こすために目標を設定し、ふり返りながら責任ある行動をとる能力」と定義されています。わが国で、似たような意味で「主体性」という言葉を使うとき、それは「自分で考えて、判断し、責任を持って行動できる能力や態度」を指しますが、多くの場合それは個人の能力を指し、「主体性がある/ない」で判断されます。しかし生徒エージェンシーは周囲との関係を重視しており、社会を理解し、自分がやるべきことに気づき、世界に影響を与えることまでをも含んでいる大きな概念です。
図4 OECD日本イノベーション教育ネットワーク研究会 この生徒エージェンシーに伴走するのが、仲間、教師、家族、コミュニティなどの共同エージェンシーです。これらはいずれもがそれぞれにエージェンシーを持っており、生徒エージェンシーに影響を与えると同時に、生徒エージェンシーに影響を与えられる、つまり相互に学習し合う関係を共同エージェンシーと言っていいと思います。生徒にとって学びの場は学校に限られたものではなく、あらゆる場が学習環境になり得ますから、あらゆるステークホルダーがそれぞれに自分のエージェンシーを育てるべきであることは言うまでもありません。

3.教師エージェンシーと太陽モデル

 しかし、その中でも最も重要なのは教師エージェンシーでしょう。生徒エージェンシーを育てるためのきっかけを与えたり、育てたり、継続的に伸長させたりすることが可能な立場にいるからです。しかし伝統的な教師の仕事は、固定化された知識を一方的に伝達したり、社会に適応するための訓練を行ったりすることが中心で、生徒エージェンシーを受け止めないばかりか、教師自身のエージェンシーを意識にのぼらせることもきわめて困難です。教師エージェンシーは、教育行政や学校内の環境も大きく影響するところとなり、指導主事や管理職のエージェンシーも重要ということになります。いわば生徒エージェンシーを取り囲むエージェンシーの連鎖こそが、最も理想的な学習環境ということです。
図5 共同エージェンシーの太陽モデル Education2030プロジェクトの生徒フォーカスグループの生徒たちが、「共同エージェンシーの太陽モデル」をつくったので、これを紹介します。この元になったのはロジャー・ハートが1992年に開発した「参画の梯子」モデルで、私自身「子どもの権利条約」の学習で、当時この梯子モデルに触れていたので懐かしい思いがしました。
 なお、教師エージェンシーについては、Education2030でこれから本格的な議論が開始されます。

表1 太陽モデルの各レベルの説明

0

沈黙

若者が貢献できると若者も大人も信じておらず、大人がすべてを主導し、すべての意思決定を行うのに対して若者は沈黙を通す。

1

操り

主張を正当化するために大人が若者を利用し、まるで若者が主導しているかのように見せる。

2

お飾り

主張を助ける、あるいは勢いづけるために大人が若者を利用する。

3

形式主義・形だけの平等

大人は若者に選択肢を与えているように見せるが、その内容あるいは参加のしかたに若者が選択する余地は少ない、あるいは皆無である。

4

若者に特定の役割が与えられ、伝えられるだけ

若者には特定の役割が与えられ、若者が参加する理由や参加の方法は伝えられているが、若者はプロジェクトの主導や意思決定、プロジェクトにおける自分たちの役割に関する判断には関わらない。

5

若者からの意見を基に大人が導く

大人はプロジェクトの設計に関して若者の意見を求め、その結果について報告をするが、大人がプロジェクトに関する意思決定を行い、プロジェクトを主導する。

6

意思決定を大人・若者で共有しながら、大人が導く

大人が開始し、進めるプロジェクトの意思決定に、若者も参画する。

7

若者が開始し、方向性を定める

大人の支援を借りて若者がプロジェクトを開始し、方向性を定める。若者は大人の意見を聞いたり、若者が意思決定しやすいように指針やアドバイスを与えたりするが、最終的にすべての意思決定は若者が行う。

8

若者が開始し、大人とともに意思決定を共有する。

若者がプロジェクトを開始し、意思決定は若者と大人の協働で行われる。プロジェクトの主導権や運営権は若者と大人の対等な立場の上で共有される。