学び!とPBL

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イエナプランとオランダの教育
2020.03.23
学び!とPBL <Vol.24>
イエナプランとオランダの教育
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.突然のオランダ・ドイツ

 2016年3月、突然オランダとドイツを訪れる機会を得ました。一つはオランダのイエナプラン学校を視察すること、もう一つは地方創生イノベーションスクール2030プロジェクトに絡んでドイツの高校との連携の仕方を話し合うためで、いずれの国も初訪問ですが、合わせて3日しかとれず、文字通りの弾丸旅行となってしまいました。しかしそれは、結果的にとても衝撃を受けたツアーとなりました。
 イノベーションスクールに関わっている研究者と学生とでツアーを編成し、まずオランダに飛びました。オランダの歴史を調べてみると、古くから広大で農耕に不利な湿地をあらゆる時代をかけて、人力で畑作できる土地に造りかえたという、人間の技術と力の結晶のような国土を持っています。人間の可能性に対する絶大なる信頼、ここにオランダの国民性を見出すことができます。
 イエナプランはOECD教育・スキル局長のシュライヒャー氏から何度か「世界で最も成功した教育システム」といわれ、一度は見ておきたいと思っていたものでした。OECDが学校を紹介してくれるというので、それに甘える形で視察することになりました。

2.学校と職場の橋渡し

図1 現代的な建物のオランダの職業訓練校 イエナプランスクールの前にオランダの職業訓練校を視察しました。ここオランダに限らず、ヨーロッパ全体は資格社会なので日本の職業訓練校とはイメージがかなり異なります。実は以前にも、デンマークやフィンランド、アイルランドなどの職業訓練校を何度か視察したことがあったので、ほぼ共通のものを感じました。それは、社会に必要な職業を前提に訓練内容を設定していくというよりも、若者のニーズに合わせて設定しているということです。調理や木材加工、陶芸、金属加工や塗装等の他に、ファッションデザインや絵画、脚本作家、音楽、俳優、サーカス、アニメーション、ゲームクリエーターなど、若者たちにとって魅力的なメニューがたくさん準備されており、施設も明るく開放的な建物で、若者たちの活気が漲ります。日本では学校の中で閉じてしまう芸術が、こちらではしっかりと社会と個人をつなぐツールとして機能しているという点が大きな違い、ということができます。
 ヨーロッパでは1980年代に若者の雇用が悪化し、若者が荒れました。各国は責任を持って、若者が仕事に就くことができるよう、セーフティネットが築かれました。このような職業訓練校はその表れです。

3.イエナプランスクール

図2 イエナプランスクールの砂遊び さて、オランダ南部のマーストヒリト市の郊外にあるイエナプランスクールに到着しました。意外にもとても小さな建物でした。オランダでは、子どもが通う学校について、公立学校の他にフレネ、ダルトンプラン、シュタイナー、モンテッソーリ、そしてイエナプランのオプションを選択することができ(※)、入学する子どもたちはバウチャーを持ってくるので、各学校とも新入生の獲得にとても力を入れています。いずれの学校も「教育の質」を売り物にしています。
図3 異学年が集う静かな教室 イエナプランスクールは、ドイツのペーター・ペーターゼンが提唱した教育方法で、異学年の児童が混合で学びます。教師は「グループリーダー」と呼ばれ、「教師」に見られがちな「権力関係」を無力化しようとしています。ちなみにOECD東北スクールでは、教師を「ローカルリーダー」と呼んでいましたが、このイエナプランの考え方に基づいていました。

図4 家庭のリビングのような教室の一角 私たちが校長先生からこの学校についてガイダンスを受けている間、その傍らで児童が数人でテーブルに向かって一生懸命勉強をしています。決してこちらのガイダンスに気をとられることはありません。イエナプランは異学年がいっしょに学ぶということから、とても元気で賑やかな教室という先入観を持っていましたが、実際は全く逆で、教室の子どもたちはいずれもとても静かで、それぞれに自分のペースで一生懸命勉強をしています。子どもたちは5,6人の同学年生で一つのテーブルを囲み、静かにワークブックの作業をしています。教師、つまりグループリーダーはそのテーブルに入って、グループの子どもたちに問題を投げかけたり、解説したりします。他のグループの邪魔にならないように声のトーンは抑えられており、他のグループの子どもたちもそれぞれが集中力を乱されることもありません。これらはイエナプラン教育の重要な柱の一つです。
図5 ワールドオリエンテーションの成果物 教室─イエナプランでは教室はリビングルームと呼ばれる─はどこかの私宅のリビングのように家庭的で、子どもたちの創造性をかきたてるようなオブジェが自然に配置され、ミニ図書館やソファもあります。片隅にはグループには入れない特別な支援を必要とする子どものための席も準備されています。
図6 サークルディスカッション イエナプランのカリキュラムは、ワールド・オリエンテーションと呼ばれる総合学習の時間が中心に位置づけられています。私たちが参観した授業のテーマは「たまご」で、卵から連想したオブジェや、卵にまつわる物語、卵の持っている自然科学上の性質など、多くの視点から捉えようとしています。教室の壁に下げられているスクラップブックをのぞくと、「エボラ出血熱」の連日の記事がのり付けされており、社会とのつながりを重視されていることがわかります。授業の最後には必ず、サークルディスカッションが始まり、全員が一つの環になって、この時間に学んだことを発表したり質問したりします。オランダ語なので何を言っているのかよくわかりませんでしたが、話がよく絡んでおり、言いっぱなしではないことはわかりました。
 リビングルームで集中して勉強する子どもたちの姿を見て、自分たちが育てなければならない子どもたちはこういう子どもたちなんだ、と痛感しました。

 翌日は、飛行機までの空き時間にフェルメールの生家などを訪ね、街全体の静謐な空気を堪能することができました。その夕方、私たちはドイツの南端、ミュンヘンに飛びました。そこで、衝撃的な光景を目にすることになったのです。

※これらの5つの教育は、オランダではオルタナティブ(刷新的な)教育と呼ばれており、独立した学校もあれば、教育の一部を採り入れた公立校もあり、様々です。イエナプラン以外の教育を簡単に説明します。(参考:リヒテルズ直子『オランダの教育』)
・フレネ教育は、フランスのセレスタン・フレネが始めた教育方法で、労働者のための教育と言われており、自由作文が中心で、これをもとに自分たちで新聞を作ったり、批評し合ったりします。
・ダルトンプラン教育は、米国のヘレン・バークハーストが開発した教育方法で、子どもたちは自分で学習計画を立てて、それを教師が一人ひとりチェックする形をとっています。クラス内での責任を明確にし、こうした関係を学習の基礎に据えています。
・シュタイナー教育は、ドイツのルドルフ・シュタイナーが進めた教育方法で、「心」で感じたり、それを「手」で表現したりすることを重視し、絵画や音楽、演劇やオイリュトミーと呼ばれる身体運動が特徴的です。
・モンテッソーリ教育は、イタリアのマリア・モンテッソーリが提唱した教育で、幾何形態などの教材を用いて子どもたちが自由に探究することを目指しており、異学年がグループになって学びます。