学び!とシネマ

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mid90s ミッドナインティーズ
2020.09.02
学び!とシネマ <Vol.174>
mid90s ミッドナインティーズ
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 25年ほど前に、ロサンゼルスに4日ほど滞在したことがある。映画「mid90s ミッドナインティーズ」(トランスフォーマー配給)の時代背景もまた、タイトル通り、1990年代の真ん中のロサンゼルスである。
 ロサンゼルスでは、主に、「サンセット大通り」や「プリティ・ウーマン」、「ビバリーヒルズ・コップ」といった映画の舞台になった場所をぶらぶらしただけだが、サンタモニカのビーチは、吹く風が心地よく、たいへん快適だった記憶がある。
 さて、映画の主人公は、13歳のスティーヴィー(サニー・スリッチ)という、スケートボードに憧れている少年で、母親のダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と、兄のイアン(ルーカス・ヘッジズ))の3人で暮らしている。
 スティーヴィーは小柄。力が強くて、体格のいいイアンをいつか見返してやりたいと思っている。
 ある日、スティーヴィーは、ふとスケートボード店を訪ねる。ここでスティーヴィーは、17歳前後の常連の若者たち4人と知り合う。みんな、タバコを吸い、話すことは下ネタばかり。もちろん、スケートボードの得意な連中で、レイ(ナケル・スミス)、ファックシット(オーラン・プレナット)、フォースグレード(ライダー・マクラフリン)、ルーベン(ジオ・ガリシア)だ。スティーヴィーから見れば、みんなカッコよく、まぶしい存在だ。スティーヴィーは、ルーベンから中古のスケートボードを40ドルで譲り受ける。初めはスティーヴィーに親切だったルーベンは、みんなから可愛がられているスティーヴィーを疎んじるようになる。
© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. スケートボードの練習中に、スティーヴィーは屋根から落ちる。このままスケートボードを続けさせていいのかどうか、当然、母親は心配する。
 母親の心配をよそに、スティーヴィーは、仲間たちといろんな体験を積み重ねていく。女の子たちとのパーティー、タバコ、酒、ドラッグ……。そんな折り、兄と殴りあいの喧嘩をするスティーヴィーを見て、母親はスケートボードの仲間との交際を禁じたりする。それでも、母親の目を盗んでは、スティーヴィーは、仲間との時間を過ごしている。
 スティーヴィーは家族によく思われていないことをレイに打ち明ける。レイは言う。「自分の人生は最悪だと思うだろ。でも周りのヤツらを見てみろ。まだマシだと気づく」。そして、仲間たちの置かれている現実を、スティーヴィーに話し始める。
 スティーヴィーは13歳。大人への入り口はまだ遠い。レイたちは、すでに半分ほどはおとなの仲間入りをしている。やがて、スティーヴィーは、人生で何が大切かを感じ取っていく。
 いわば、若者の成長ドラマだが、映画の見せ方が斬新だ。若者たちのさまざまなファッション。車の間を縫うように疾走するスケートボード。1960年代なかばの音楽が映像に寄り添う。ほとんど、知らない音楽だが、うまくドラマとリンクしているようで、爽快だ。知っているのは、ハービー・ハンコックの演奏する「ウォーター・メロンマン」くらい。映画の後半、ヒップホップの傑作、GZAの「リキッド・ソード」が流れるころには、若かりし頃を思い出したおとなは、心ふるえているはずだ。
© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. スティーヴィーを演じたサニー・スリッチが、圧倒的に達者で、繊細な演技を披露する。「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」や「ドント・ウォーリー」に出ていた名子役で、プロのスケートボーダーでもある。
 レイを演じたナケル・スミスもまた、プロのスケートボーダーだが、長編初出演とは思えないほどの演技に驚く。
 出番は少ないが、母親ダブニー役のキャサリン・ウォーターストンは、傑作の「インヒアレント・ヴァイス」で、ホアキン・フェニックスの元恋人役を演じている。また兄のイアンを演じたルーカス・ヘッジズは、子役の頃から、「ムーンライズ・キングダム」や「グランド・ブダペスト・ホテル」などに出演。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」では、20歳にしてアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされている。まことに贅沢で実力あるわき役たちだ。
 脚本を書き、製作に名を連ね、監督したのは俳優のジョナ・ヒル。主役ではないが、「マネーボール」」と「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で、アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされるほどの実力派だ。監督自身、ロサンゼルスで実際にスケートボードに乗っていて、多くの仲間と知り合ったという。その経験が、見事なドラマに結実した。
 おとなは誰しも、かつて子どもであった。映画は、子どもたちがおとなになろうとするひとときを、鮮やかに捉えている。

2020年9月4日(金)より、新宿ピカデリー渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

『mid90s ミッドナインティーズ』公式Webサイト

監督・脚本:ジョナ・ヒル『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『マネーボール』(出演)
製作総指揮:スコット・ロバートソン『レヴェナント:蘇りし者』、アレックスG・スコット『レディ・バード』
製作:イーライ・ブッシュ『レディ・バード』
音楽:トレント・レズナー、アッティカ・ロス
出演:サニー・スリッチ『ルイスと不思議の時計』『聖なる鹿殺し』、キャサリン・ウォーターストン『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』、ルーカス・ヘッジズ『ある少年の告白』『ベン・イズ・バック』、ナケル・スミス
2018年/アメリカ/英語/85分/スタンダード/カラー/5.1ch/PG12
日本語字幕:岩辺いずみ/提供:トランスフォーマー、Filmarks
配給:トランスフォーマー