学び!とシネマ

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異端の鳥
2020.10.08
学び!とシネマ <Vol.175>
異端の鳥
二井 康雄(ふたい・やすお)

COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ

 2019年の東京国際映画祭のワールド・フォーカス部門で、「ペインテッド・バード」というタイトルで上映された「異端の鳥」(トランスフォーマー配給)は、やっとこのほど、一般公開を迎える。
 宣伝のチラシにはこうある。「戦火を逃れ、少年はたった一人で、人間の悪意に対峙する――。モノクロームの圧倒的な映像美で描かれる、3時間の驚異の映画体験!」とある。まさにその通り。
 原作がある。ポーランドの作家、イェジー・コシンスキが、1965年に発表した「ペインティッド・バード」である。世界じゅうで翻訳され有名になった小説だが、ポーランドでは発禁、コジンスキ自身は後に自殺している。映画にしたのは、チェコののヴァーツラフ・マルホウルで、たぶん日本で一般公開されるのは、これが初めてではなかろうか。
 一言で言うと、美しいけれど、凄まじい映画だ。眼を覆いたくなるような凄惨な場面もいくつか示されるが、それほど、人間の抱える心の闇や、人種差別、性をも含めた暴力などが、存在するからだろう。逆に、舞台となった東ヨーロッパの自然や風景が、ゆったりと美しく描かれていく。
 全体は9つの章からなる。場所は特定されてはいないが、東ヨーロッパのどこか。時代は第二次世界大戦のさなかである。ドイツ兵やソ連兵が出てくるが、あくまでも、場所の設定は「ある場所」だ。
 ひとりの少年(ペトル・コトラール)が追っ手から逃れているのか、森のなかを走っている。少年は、同じ年代の少年たちから、ひどい仕打ちを受ける。
 「マルタの章」が始まる。黒い瞳で、黒い髪、色黒の少年は、叔母に預けられている。まわりの人たちは、金髪で白い肌だ。少年は、村人や子どもたちから、ひどいいじめにあう。ある朝、叔母が亡くなる。おどろいた少年は、持っていたランプを落としてしまい、火事になる。粗末な家は燃え尽きてしまう。
COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ 「オルガの章」。村人たちから少年への、ひどい仕打が続く。病気や怪我をおまじないで治療するオルガが、少年を救い、引き取ることになる。オルガの助手となった少年は、高熱にうなされる。オルガは、少年の熱を下げようと、少年の顔だけを残して、土の中に埋めてしまう。カラスが少年を襲う。顔が血にまみれる。最悪の事態の寸前、オルガは少年を救う。この治療が効いたのか、少年の熱が下がる。ある日、少年は、また村人に脅され、激流の川に落ちてしまう。
 「ミレルの章」。なんとか命をとりとめた少年は、粉屋のミレル(ウド・キアー)の元で働く作男に救われる。少年は、ミレルの妻から、亡くなったという子どもの服を譲り受ける。ミレルは、妻を見る作男の視線に嫉妬し、作男にひどい暴力をふるう。雨の中、驚いた少年は、ミレルの家を飛び出す。
 「レッフとルドミラの章」。少年はレッフ(レフ・ディブリク)という鳥売りと知り合う。レッフは、一羽の鳥に白いペンキを塗り、空に放つ。ペンキを塗られた鳥は、ほかの鳥たちから攻撃され、少年の目の前に落ちてくる。差別は人間だけでなく、鳥の世界でも存在する。レッフの妻のルドミラ(イトカ・チュヴァンチャロヴァー)は、近くに住む少年たちを誘惑する。少年の母親たちは、ルドミラにリンチを加え、殺してしまう。悲しんだレッフは、自殺する。
 「ハンスの章」。少年は、森の中で、脚を怪我した馬と出会う。少年は、馬を村まで連れていく。ちょうど、村ではコサックの男たちが宴会を開いている。少年は、呑めない酒を無理矢理に呑まされ、倒れてしまう。少年は、村人たちから馬車に乗せられ、ドイツ軍の駐屯地に送られる。「ユダヤ人を届けにきた」と。少年の始末を付ける兵士が募られ、ハンス(ステラン・スカルスガルド)がその任務にあたる。ハンスは、顎をしゃくって少年を逃がし、空に銃を放つ。少年の生き残りをかけた旅は続く。少年は、射殺された人のカバンの中から、パンを見つけ、生き延びる。
 「司祭とガルボスの章」、「ラビーナの章」、「ミートカの章」、「ニコデムとヨスカの章」と、少年の悲壮な旅は続く。敬虔な司祭(ハーヴェイ・カイテル)に救われたかと思うと、信者のガルボス(ジュリアン・サンズ)から虐待される。ラビーナからは性的虐待を受ける。戦争孤児として、やっと少年は、ソ連軍の駐屯地で保護される。親切な狙撃兵のミートカ(バリー・ペッパー)は、少年に銃をプレゼントする。
COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ 戦争が終わる。たくましく生き抜いた少年は、もはや、以前の少年とは、まったく別の人間に成長を遂げている。
 もちろん、寓話である。人間の持つ残虐さが、さまざまな形で表現される。虐待、差別、暴力、殺戮などなど。そんな状況でもなお、生き延びる少年の逞しさと、いろんな意味での成長が、説得力たっぷりに描かれていく。
 世の中の差別、暴力に対する深い憤りが読みとれる。人間の持つマイナスの部分が、見事にあぶりだされる。思えば、ユダヤ人だけでなく、いろんな人種差別が歴史として存在する。いまのアメリカも、ひどい人種差別がまかり通っている。日本の国会議員ですら、明らかな差別発言を平気でしている。
 戦争の悲惨さ、残酷さは、歴史をひもとくまでもない。世界のあちこちに難民がいる。異端の鳥は、どの時代、どの場所にも存在するし、ペンキを塗られた異端の鳥は、ひどい迫害を受ける。人間もまた同様で、これが、世界の現実なのだろう。
 映画の成功は、少年を演じたペトル・コトラールを見出したことだろう。ほとんど喋ることのない、極端に少ないセリフである。ペトル・コトラールは、さまざまな表情と、身体全体での仕草で、見事に演じ切ってしまう。少年の出会う人物に扮した俳優は、映画界の大物揃い。ドイツ生まれのウド・キアー、ポーランド生まれのレフ・ディブリク、スウェーデン生まれのステラン・スカルスガルド、アメリカ生まれのハーヴェイ・カイテル、イギリス生まれのジュリアン・サンズ、カナダ生まれのバリー・ペッパーと、文字通り、国際的だ。よくぞのキャスティングに、モノクロ映像の鮮やかさ。脚本、監督のヴァーツラフ・マルホウル、会心の一作だ。
 およそ、人間とはいったいどういう存在なのか。2時間49分の長い映画だが、学ぶこと、多々。

2020年10月9日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

『異端の鳥』公式Webサイト

監督・脚本:ヴァーツラフ・マルホウル 『戦場の黙示録』
原作:イェジー・コシンスキ「ペインティッド・バード」
キャスト:ペトル・コラール、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー『プライベート・ライアン』、ウド・キアー
2018年/チェコ・スロヴァキア・ウクライナ合作/スラヴィック・エスペラント語、ドイツ語ほか/169分/シネスコ/DCP/モノクロ/5.1ch/R15
原題:The Painted Bird
字幕翻訳:岩辺いずみ
配給:トランスフォーマー
原作:「ペインティッド・バード」(松籟社・刊)
後援:チェコ共和国大使館
日本・チェコ交流100周年記念作品