学び!とシネマ

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わたしの叔父さん
2021.01.27
学び!とシネマ <Vol.178>
わたしの叔父さん
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2019 88miles

 一昨年の第32回東京国際映画祭で、グランプリを受けたデンマーク映画「わたしの叔父さん」(マジックアワー配給)が、このほど公開される。寡黙で静謐な運びだが、人生の選択、決断を問いかける、力強い作品だ。
 デンマークの田舎。27歳の女性クリス(イェデ・スナゴー)は、酪農を営む叔父さん(ペーダ・ハンセン・テューセン)と、まるで親子のように暮らしている。叔父さんは脚が悪く、クリスが身の回りの世話をしている。ほとんど、ふたりの会話はない。食事をし、牛の世話などをする日常が、淡々と描かれていく。ふたりは、時折、スーパーで買い物をし、夜はゲームのスクラブルを楽しむ。まるで、決まりきったパターンの暮らしぶりだ。
 食堂のテレビが、世界の動きを伝える。イタリアの国境近くに難民が押し寄せたとか、北朝鮮がミサイルを発射したとか、トランプとプーチンが会談するとかのニュースだ。叔父さんもクリスも、ニュースにはまったく無頓着だ。
 ある日、クリスは、難産の母牛を、無事に出産させる。もともとクリスは獣医に憧れていて、いまなお、その夢を持ち続けている。農場に出入りしている獣医のヨハネス(オーレ・キャスパセン)は、無事に出産させたクリスの手際よさを褒める。クリスは、高校を卒業する寸前、叔父さんが倒れ、その面倒をみるために、合格した獣医養成の大学への進学をあきらめたのだった。
© 2019 88miles やがて、ヨハネスは、なんとかクリスの夢が叶うようにと、獣医学の本を貸したり、助手として、あちこちの牛の診察に連れていくようになる。
 そんなある日、教会に出向いたクリスは、聖歌隊に参加しているマイク(トゥーエ・フリスク・ピーダセン)という青年と出会う。マイクの家も、代々、農場を経営しているが、本人は跡を継ぐ気はなく、環境工学の勉強を重ねている。
 マイクは、聖歌隊の練習を聴きに来るようクリスを誘い、さらにデートに誘う。戸惑いながらも、クリスは誘いを受け、近くのホテルのレストランに向かう。
 大きな事件などは、まったく起こらない。極端に少ないセリフが、背景になる事情を徐々に明かしていく。クリスの亡くなった両親のことなども。
 クリスには、かつての夢を実現させることと、叔父さんの面倒を見続けることの葛藤がある。クリスの将来を気遣う叔父さんは、さりげなくクリスの背中を押そうとするが、クリスにとっては、叔父さんの存在は、かけがえがない。ぶっきらぼうな命令口調で、叔父さんに「手を洗え」とか言うクリスだが、心の底での気遣いは深い。
© 2019 88miles 搾乳や採り入れに機械化が進んでいるとはいえ、細々とした酪農経営で、将来はどうなるかは未知数である。クリスと叔父さんは、やがて人生の選択を迫られることになる。かといって、映画に深刻さはない。ひたすら静かに、ゆっくり、さりげないユーモアを交えて、ドラマは進行する。
 無口で、あまり表情に変化のないクリス役のイェデ・スナゴ―が、27歳女性の微妙な心理のひだを、わずかな表情の変化で、きめ細かく表現する。女優になる前には、実際の獣医だったそうだ。東京国際映画祭の会場で、彼女とすれ違ったが、スラリとした、とても美しい人だった。叔父さんを演じたペーダ・ハンセン・テューセンは、プロの俳優ではなく、イェデ・スナゴ―の実際の叔父さんで、酪農家である。しかも撮影は、叔父さんの農場で行ったという。映画と現実がことごとく一致してのリアリティに、ただただ驚く。
 監督、脚本、撮影、編集をひとりで担当したフラレ・ピータゼンは、小津安二郎を師と仰ぎ、「主人公が人生の選択に葛藤する姿を現実的に描きたいと思った」と言う。結果、大成功だろう。
 誰しもが迎える人生の岐路。他者を思いやり、いかに生きるか。映画の問いかけは、深く、重い。

2021年1月29日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

『わたしの叔父さん』公式Webサイト

監督:フラレ・ピーダセン
出演:イェデ・スナゴー、ペーダ・ハンセン・テューセン、オーレ・キャスパセン、トゥーエ・フリスク・ピーダセン
2019年/デンマーク/デンマーク語/カラー/DCP/シネスコ(1:2.35)/110分/字幕翻訳:吉川美奈子/デンマーク語監修:リセ・スコウ
原題:Onkel/後援:デンマーク王国大使館/配給・宣伝:マジックアワー