小学校 社会

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「くらしと政治のつながりを発見しよう―北海道奈井江町の子ども投票―」(第6学年)
2021.05.11
小学校 社会 <No.023>
「くらしと政治のつながりを発見しよう―北海道奈井江町の子ども投票―」(第6学年)
東京学芸大学附属竹早小学校 教諭 恒川徹

1.単元名

「くらしと政治のつながりを発見しよう―北海道奈井江町の子ども投票―」(第6学年)

2.目標

 国や地方公共団体の政治について学ぶにあたり,具体的事例をもとにして,政治の仕組みや考え方について関心をもって調べ,体験的学習を通して実感的な理解を深めるとともに,我が国の政治の動きについて追究していく意欲を高めることができる。また,具体的な政治的問題について,資料に基づいて価値判断をしたり,異なる立場の考え方について検討したりする学習を通して,多角的な見方を身につけることができる。

3.評価規準

知識・技能
○国や地方自治体の政治の拠り所の一つである法律や条例について知るとともに,政治的決定には多様な立場からの検討が必要なことを理解し,社会の政治の仕組みや憲法の価値をとらえることができる。また,投票が行われる際の秘密の保障,公正さの厳守等に関わる人々の取り組みや苦労について知り,政治の仕組みを維持することの大切さを共感的に理解することができる。さらに,自分たちの日常と日本国憲法とのつながりを考える視点をもつことができる。

思考力・判断力・表現力等
○条例が制定される背景やその意味について,自分の生活とのつながりを意識しながら考えたり,インターネットや図書資料等を活用して調べたりしながら話し合い,自分なりの価値判断を行うことができる。全国のユニークな条例について調べ,地域の特徴などと結び付けながら工夫してまとめ,グループや学級全体で発表することができる。価値判断・意思決定の過程を振り返り,文章にまとめることにより,学びを価値づけることができる。

主体的に学習に取り組む態度
○奈井江町での子ども投票を追体験して学んだことをもとにして,政治に参画することの意義や責任について考えることができる。単元後も,自分の住む地域や全国のユニークな条例について調べたり,政治に関する情報に関心をもったりすることができる。政治的問題に対して価値判断を行う場を経験し,異なる意見を共感的にとらえながら検討して,そのよさを取り入れていくことができる。日本国憲法に表明された精神への関心を高め,普段の生活とのつながりに気づくとともに,単元後に続く政治学習に意欲的に取り組むことができる。

4.本単元の指導にあたって

 6年社会科のスタートとしての政治単元の学習を,子どもにとって楽しく価値あるものにしたい。そして,一連の政治学習が,未来の社会を創る子どもたちの政治への参画意識を高めるとともに,歴史学習への必然的な接続をもたらすものとなるように,単元構成に工夫を凝らす必要がある。
 そこで本実践では,子どもがいかにして政治学習に興味をもつようにするかを重点的に考慮し,教材開発を行った。そして,子どもが楽しく学ぶうちに,それと関連づける形で教科書の内容に入っていくことができるようにした。
 学校や家庭での生活における「きまり」は,子どもたちにとって既存のもの,与えられたものという受動的なイメージが強いといえるであろう。このような意識が変容し,社会は自らが創造するものであるという自覚を生み出すような政治学習は,公民的資質の涵養,主体的な学びへとつながる。
 本単元では,各地の自治体のユニークな条例の教材化,模擬投票という体験的活動を通して学ぶ場の設定を行い,政治学習の入り口として,子どもが興味・関心をもち,6年社会科への期待,意欲を高めることができるようにした。
 政治参画の事例として,平成15年度に行われた北海道奈井江町の合併問題に関する住民投票を取り上げる。このときは子ども投票が導入され,当時マスコミにも取り上げられ話題となった。住民投票を政治学習との出合いに位置づけることは,「人々の願いを実現する政治」という考え方を具体的に理解する上でも有効であるといえるだろう。
 本単元の学習が,普段は特に意識することがない日本国憲法が自分たちの生活を支えているということを実感し今と未来を生きる上で必要な社会的な見方・考え方の拠り所となるということへの深い理解へとつながっていくことが望まれる。

5.単元の指導計画

学習のねらい

子どもの活動と内容

1

子どもの生活に直接つながる条例の事例について話し合い,政治の在り方に関心をもつ。

香川県で令和2年4月1日に施行された「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」を読み,感想をもとにして話し合う。条例の内容が自分の生活とどう関わるか,条例としてゲームの時間の長さを規制することに賛成か否かが話題の中心となる。
資料:香川県HP「香川県条例第24号」。

2

全国のユニークな条例について調べ,地方自治と地域のつながりについて,楽しく学習しながら理解する。

インターネットや図書資料などで,全国のユニークな条例を調べ,地域の特徴とのつながりについて考える。
資料:各都道府県の自治体HP(「条例」「ユニーク」で検索し,その情報をもとに各自治体のHPを調べ,資料として教師が準備しておいてもよい。

学習課題
政治の仕組みとわたしたちとのつながりについて,地域の様々な条例について調べたことをもとにして考えよう。

3

法律や条例の制定に携わる議員を選出する選挙や,選挙権にまつわる歴史などについて調べ,政治への参画の重要性について理解する。

条例や法律は,自治体の議会や国会で制定されることを知り,議員を選ぶための選挙制度とその歴史等について,教科書や資料集を用いて調べて発表する。
発問例:「条例(法律)は誰が決めているのですか」。
資料:例えば,日本文教出版小学社会6年P48・49「国民主権と人権の獲得」には選挙権獲得の歴史が述べられている。単元後の日本国憲法の学習において,本単元と関連づけて読むようにするとよい。

4

選挙権の年齢制限の是非について話し合い,参政権の行使に伴う責任の大切さを自覚する。

小学生に選挙権を認めるべきかどうかを話題に話し合う。
資料:選挙権が認められる年齢が20歳から18歳に引き下げられた事実(平成28年6月19日施行)を伝えるもの。(新聞記事や教師の説明など)。

5
6
本時

子ども投票の事例を知り,模擬投票を通して,政治について学び,積極的に関わっていきたいという意欲を高める。

北海道奈井江町の合併問題に関する子ども投票について知り,模擬投票を行い,結果について話し合う。

7

全ての法律や条例の根拠となる日本国憲法に関心もって調べて考え,今後の学習への期待を高める。

日本国憲法の概要について,教科書や資料集を読んで調べ,特に関心をもったことをノートにまとめて発表し,聞き合う。
日本国憲法を子どもが楽しく学べるように工夫を凝らした書籍があるので,子どもに紹介するとよい。
参考図書
・『オールカラーマンガで楽しくわかる日本国憲法』,川岸令和 監修,ナツメ社
・『10歳から読める・わかるいちばんやさしい日本国憲法』,南野 森 著,東京書店

8

単元での学びをレポートにまとめて発表し,成果を確認するとともに,今後の学習への展望をもつ。

単元を振り返って,心に残ったこと,さらに学んでみたいことなどをレポートにまとめて,グループで読み合い,相互評価を行う。

6.本時の学習

①目標
○「平成の大合併」と呼ばれた市町村合併について知り,新しい地名の誕生にまつわるエピソードなどを通して,地域に対する人々の思いや,行政区分としての市区町村の在り方などについて考えることができる。北海道奈井江町の市町村合併に関する子ども投票について知り,模擬投票体験を通して,政治に参画することの意味や社会的な価値判断の過程について学ぶとともに,今後の政治学習への意欲をもつことができる。
※この学習活動を通して,教科書を子どもが自ら開き,そこに記述されている議会や選挙の仕組みについて興味をもって学び始めることが期待される。また,そのような動きが見られた場合,大いに褒め,主体的に学ぶ姿を日常的に価値づけていくことが大切である。さらに,関連する情報を探してきた子どもがいたら,可能な限り全体の場で発表する機会を設けるようにする。

②学習展開(5・6時として連続で行うとよい。)

主な学習活動・内容

指導の工夫と教師の支援

資料

○「平成の大合併」で新しく生まれたユニークな地名に関するエピソードを知り,人々の地域への思いについて話し合う。
・新しい地名には,様々な思いが込められているんだね。
・昔からの伝統的な地名を残した方がいいという考えもあって,議論になった場合もあるんだ。

○ひらがな地名,カタカナ地名の例,地名変更を巡るエピソードなどを調べて用意して提示し,郷土に対する子どもの思いを引き出し,話し合いを深める。
○市町村の合併問題は,自治体の利害だけでなく,地名の歴史的価値やイメージなどに関する議論がクローズアップされた点においても興味深い。この授業を機に,地名の歴史について関心をもつ子どもが出てくることが期待される。

参考文献
・『生まれる地名,消える地名』,今尾恵介 著,実業之日本社
・『地名崩壊』.今尾恵介 著,角川新書
・『地名の博物史』.谷口研語 著,PHP新書
これらの文献で紹介されているエピソードをもとにして,「平成の大合併」について説明するとよい。

○ひらがなの地名,カタカナの地名を,都道府県名をヒントに地図帳で探す。
・なぜ地名をひらがなで表すことにしたんだろうか。
・地名に親しみをもってもらいたいと考えて,小さな子でも読めるようにしたのかな。
・いろいろなひらがな地名の自治体のホームページを見てみよう。
・地名は,住んでいる人々みんなに関わることだから,大切にする必要があるね。
・新しい地名がたくさん生まれたのは,どのような理由なのだろうか。

○地名はカードに記入しておいて提示するとよい。ヒントとして,都道府県名を挙げるだけでなく,近くの山脈等の名称を挙げることで,地図学習も兼ねることができる。地図帳の使い方も改めて確認するようにしたい。
○ひらがな地名が増えたことを伝え,その理由について考えるようにする。この活動を通して,地名が人々の思いとつながっていることが理解できる。また,だからこそ,古来の地名を大切にしたいという考えもあることにもふれておきたい。
○インターネットの自治体のウェブサイトを利用して写真を見せれば,子どもがより実感的に学ぶことができる。

○新しく生まれた地名には,「平成の大合併」といわれた市町村合併が関係していることを知る。

○平成時代,全国で市町村合併が盛んに進められたときのことを調べておき,教師が簡単に説明する。地元やその周辺にその事例がある場合は,当時のエピソードを交えながら話すと,子どもの関心を高める上で有効である。

○平成15年,北海道奈井江町で市町村合併に関する子ども投票が行われたことを知り,なぜ子どもに投票権が与えられたかについて話し合う。

豊かな自然に囲まれた北海道空知郡奈井江町

○北海道奈井江町を日本地図上で確認する。
○本単元に限らず,6年生の社会科学習においても,地図帳を積極的に活用できるようにしたい。

学習課題
奈井江町の合併問題についての子ども投票について知り,政治に参加する仕組みや,そのときに大切なことについて学ぼう。

○子ども投票の際に,有権者のための参考資料として配布された文書を読んで,自分だったら,賛成,反対のどちらに投じるかを考え,決定する。
・合併をすることによって,どのような影響が出るかを考えて,自分で判断しよう。
・友達と話し合ってみよう。
・合併問題で,子どもの意見も参考にしようと考えたのは,なぜなのだろうか。
・町について大切なことを決める投票に参加して,自分の意見を示すことの大切さを感じ,将来,責任をもって投票する人になってほしいと願っていると思う。
・町の未来に住む子どもたちの考えを取り入れたことには,これからもこの町に住み続けてほしいという願いが込められていると思う。

○前時に行った選挙権の年齢に関する話し合いを振り返った上で,奈井江町の子ども投票の話題に入る。この場合は選挙権ではないが,政治的な判断に子どもの参加を求めた事例に出合うことによって,政治への参画は子どもでは無理だと消極的に考えていた子どもは特に大きく揺さぶられることであろう。
○条例による限定的な投票権であることを確認する。
○市町村合併について奈井江町が小学生向けに作成した資料を配布し,参考にするように助言する。その読解を通して,政治的判断に子どもの意思表示を参考にすることにしたのは,どのような考えに基づいているかについて考えるようにしたい。
○子どもが資料に目を通す時間を十分に取った上で,「自分だったら合併に賛成しますか,反対しますか」と発問する。
○グループ討論の時間を設けることによって,賛成,反対を考える際の判断の視点がより明確になる。

・奈井江町ホームページ>町の情報>町政情報>市町村合併に関する住民投票(平成15年度)
ここでは,住民投票の概要,子ども向け合併問題説明資料,子ども向け住民投票説明資料等を閲覧することができる。

○投票用紙に自分の判断を記して,投票する。

住民投票で使われた投票用紙

○子ども投票で用いられた投票用紙を参考にして作成した投票用紙を配付する。
○選挙管理委員会に問い合わせれば,模擬投票用の投票箱を貸してくれる可能性がある。これを使用すれば,臨場感が増し,子どもたちの意欲も一層高まる。
○投票所に家族と出かけた経験がある子どもの話を聞いたり,教師の体験談を話したりして,投票の公正さについて考えるきっかけをつくり,単元後の学習につなげることができるようにしたい。

・奈井江町ホームページ>町の情報>町政情報>市町村合併に関する住民投票(平成15年度)>奈井江町合併問題に関する子ども投票実施要綱
ここに投票用紙の画像が掲載されている。

○開票をして,奈井江町での実際の投票結果について知り,結果と比べてみる。
○賛成,反対をどのようにして判断したかを振り返り,友達と伝え合うことによって,人によって重視することが異なること,同じ事実から異なる判断をすることがあることなど,価値判断の多様性について学ぶ。
・賛成や反対の決め手になったことはどんなことかを友達に聞いてみたい。
・今の奈井江町の人たちは,この選択をどのように思っているだろうか。
・自分たちも政治に参加していくためには,どのようなことを学んでいけばいいだろうか。

○開票は,代表の児童によって行う。
○実際の投票結果は,反対が賛成を大きく上回ったことを伝える。大人の住民投票も反対が上回り,合併は見送られた。
○「実際の子ども投票の結果を知って,どんなことを感じましたか」と発問する。
○賛成と反対の比率について子どもと大人の場合を比較する資料を作成して提示し,その違いをどう考えるかを問うのもよい。
○奈井江町の小学生の多くが合併に反対を表明したのはなぜかを考えてみるように助言するなど,単に結果を知るだけで終わらないようにしたい。

・奈井江町ホームページ>町の情報>町政情報>市町村合併に関する住民投票(平成15年度)>投票結果
ここに,成人の註民の投票結果と,子ども投票の結果とが示されている。この数字を棒グラフにして提示すると,より分かりやすい。

○授業の感想を書いて,本時で学んだことをまとめるとともに,次時への展望を持つ。

○感想が具体的であれば,授業作文を対話的な学習を深めるための教材として活用することもできるので,賛成か反対かの判断をするときにどのようなことを考えたか,そのときどのような気持であったか,結果が出たときどのようなことを考えたかなど,具体的に書くための視点を挙げて助言する。
○時間があれば,グループで授業作文を読み合う場を設ける。それができない場合は,授業時に限らず,朝の時間などに授業作文を紹介する場を設けるとよい。このような機会を積み重ねることにより,書くこと,話すこと,聞くことによって追究意欲を持続させ,学びを深めるという学習環境を確立していくことができる。
○投票の結果が意に沿わないものとなったとき,どのような態度を取るべきかを考えることも大切である。子どもたちが当たり前のように用いる多数決の問題ともつながり,少数意見に耳を傾け,生かしていくためにはどうすればよいか,という問題意識を改めてもたせることができる。
○次時の学習とのつながりを意識することができるように,日本国憲法が,様々な法律やそれらに関する判断の根本になっているということを伝える。