学び!と人権

学び!と人権

「第三次とりまとめ【補足資料】」の示唆するもの
2021.06.07
学び!と人権 <Vol.01>
「第三次とりまとめ【補足資料】」の示唆するもの
森 実(もり・みのる)

著者近影 この連載では、SDGsや新型コロナウィルス、世界各地での差別事象と人権運動の広がりなどを受けて、これからの人権教育がいかにあるべきかを考えていきます。2011年に国連の採択した「人権教育・研修に関する国連宣言」においても人権教育とは「人権に関する教育」「人権を通じた教育」「人権をめざす教育」といった側面があるとされています。すなわち人権教育とは、教育内容だけではなく、教育の方法や環境、教育目標(行動力)などをカバーするものだということです。国連などの動きも受けて、日本国内でもいろいろな動きが生まれています。この連載では、そうした国内外の動きを味方にしつつ現代的人権教育のあり方を考えることが課題です。
 2021年3月、文部科学省は「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]補足資料」(以下、「補足資料」と略)を発表しました。2008年に「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」(以下、「第三次とりまとめ」と略)が発表され、注目されてきました。それから12年がたち、国内外にさまざまな動きがあるもとで、「第三次とりまとめ」を現代的に読み解く必要が出てきました。それを文書化したのが、この「補足資料」です。
 したがって、「補足資料」には、「第三次とりまとめ」には出ていなかった論点がさまざまに盛り込まれています。この連載の第1回では、「補足資料」を手がかりとしながら、現代的人権教育がいかにあるべきかを3つの観点から論じたいと思います。

①新学習指導要領と人権教育は緊密な関係

 第1の観点は、学習指導要領と人権教育との関係がどうなっているかという問題です。「人権教育に取り組もうとしてもどの教科や領域で取り組めばよいのか?」といった疑問がよく出されます。工夫している学校では、すでにさまざまな時間を活用して人権教育に取り組んでいるのですが、文部科学省はどう考えているのかがここでは問題です。
 この点について、「補足資料」(4ページ)は「第三次とりまとめ」の次の箇所を紹介しています。

教育課程においては、各教科等の形で「人権教育」が設定されていないため、学校における人権教育は、各教科や「特別の教科 道徳」、総合的な学習(探究)の時間、特別活動、教科外活動等のそれぞれの特質を踏まえつつ、教育活動全体を通じて行うこととなる。

 また、現在の学習指導要領に関連しては、新学習指導要領で初めて「前文」がつけられ、そのなかで次のように述べられている箇所(4~5ページ)を引用して、「人権教育の理念とも共通している」と論じています。

これからの学校には、こうした教育の目的及び目標の達成を目指しつつ、一人一人の児童(生徒)が、自分のよさや可能性を認識するとともに、あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる

 さらに、次の3つの領域と課題について特に必要とされる内容も論じています。3つの領域と課題とは、(1)人権教育の充実を目指した教育課程の編成、(2)人権尊重の理念に立った生徒指導、(3)人権尊重の視点に立った学級経営や学校づくり、のことを指しています。
 これらのことからわかるのは、人権教育は人権学習だけを指すのではなく生徒指導や学級経営をも含むということ、新学習指導要領は「第三次とりまとめ」と軌を一にしているということ、学校は組織を上げて人権教育に取り組むよう文部科学省から求められているということです。

②個別人権課題に重点

 第2の観点は、個別人権課題に重点を置くということです。文部科学省は、2008年と2012年の2回にわたって全国の小・中・高校を対象に「人権教育の取組状況調査」をおこないました。この2回の調査で浮き彫りになったのは、日本における人権教育が、ともすれば自己肯定感や多様性尊重など、情緒的ともいえる点を重視して進められ、知識やスキルを軽視しているのではないかということです。この点については、調査の中心となった「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」の席上でも危惧の念が表明されました。
 それに対して「補足資料」では、個別人権課題をとりあげ、それぞれについて近年の動向を振り返っています。それらのうちでも、部落差別、アイヌ民族、在日外国人、ハンセン病については、令和3年度向け「人権教育研究推進事業公募要領」において、次のように述べています。

 本事業において取り扱う人権課題については、全ての事業で「子供」を必ず取り扱うこととする。本項(1)④及び(2)④で扱う重点課題は、「同和問題」、「アイヌの人々」、「外国人」、「ハンセン病患者等」とし、重点課題を取り扱う企画提案書を優先的に採択する(以下「優先採択」という)。なお、重点課題以外の人権課題について企画提案することを妨げない。

 つまり、文部科学省が推進する人権教育にあっては、これら「同和問題」を筆頭とする4種類の課題に積極的に取り組むことが奨励されているということです。

③行動力育成こそが現代的課題

 第3の観点は、行動力こそが現代的な目標だということです。従来、人権教育の目標は「差別してはいけない」と教えることだと誤解されてきた面があります。先に述べた情緒的目標の端的な例です。1947年に日本国憲法が施行されて以来、「差別してはいけない」ということそれ自体は多くの国民にとって「常識」となってきました。「教えられなくてもわかっている」事柄になったということです。それ以後の人権教育の課題は、「差別してはいけない」ということではなく、どうすれば差別をなくせるのか、そのために自分が何をすればよいのか、といった点を学ぶことになりました。子どもたちの側はそのような内容を期待しているにもかかわらず、学校の人権学習では「差別してはいけない」という結論にとどまることが多いのが実情です。近年になればなるほど、教員と子どもとのこのギャップが大きくなっているようです。
 これからの人権教育では、身の回りで差別的な言動が起こったときに自分がどうすればよいのか、社会のどういう面に差別の根っこがあるのか、差別のある社会を変えるために自分に何ができるのか、といった点を考えるべきだということになります。

 「補足資料」では以上のような点を特に重視しています。では、わたしたちの学校では、具体的にどうしていけばよいのでしょうか。これがこの連載の課題です。その点を考えるために第2回では、SDGsについて論じてみたいと思います。