読み物プラス

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特別支援教育と「インクルーシブ教育システム」
2014.05.07
読み物プラス <Vol.07>
特別支援教育と「インクルーシブ教育システム」
特別支援教育の果たす役割
国立特別支援教育総合研究所客員研究員 大内進

障害者の権利条約の批准とインクルーシブ教育システム

 マスコミで大きく報道されることはなかったが、我が国は2014年1月20日に国連の「障害者の権利に関する条約」を批准した。この条約は人権条約であり、インクルーシブ教育の推進とも深く関わっている。本条約を批准すると、「障害に基づくあらゆる差別の禁止」、「障害者の社会への参加・包容の推進」、「条約の実施を監視する枠組みの設置」などの措置が求められることになる。そのため、批准に向けて関連国内法の整備が慎重に進められてきたが、2007年に署名してから実に6年あまりの歳月を費やしたことになる。世界で141番目の批准であった。
 この条約にはインクルーシブ教育システムの理念が示されている。このシステムは、「障害のある者と障害のない者が共に学ぶ」仕組みであり、「障害のある者が教育制度一般(※1)から排除されない」というものである。このことは、見直された改正障害者基本法にも反映され、「可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮する」という条文で示されている。我が国のこれからの小中学校の教育にとっても極めて重要な内容だといえる。

インクルーシブ教育システム構築のプロセスとしての特別支援教育

 我が国では、長い間、障害の種類や程度によって教育の場を細かく分けて手厚くきめ細かい教育を行う仕組みを「特殊教育」として保持してきたが、2007年(平成19年)4月からは、特別な支援を必要とする幼児児童生徒が在籍するすべての学校において実施される特別支援教育が推進されることになった。特殊教育の対象だけでなく、知的な遅れのない発達障害も含めてそれぞれのニーズに応じてきめ細やかに対応していく体制に転換した。それにより校内委員会、コーディネーターなどの整備がなされ、小中学校での取組が進展したことは周知のとおりである。
 今後のインクルーシブ教育システムの充実に向けた対応については、中央教育審議会初等中等教育分科会において議論され、2012年(平成24年)7月に報告がまとめられた(※2)。この報告においては、共生社会の形成に向けてインクルーシブ教育システムの理念が重要であることを確認した上で、「可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒が同じ場で学ぶことを追求する」とともに「小中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校と連続性のある多様な学びの場を用意しておくことが必要であること」が示された。こうした方針に基づいて、就学基準に該当する子どもは特別支援学校に原則就学するという従来の就学の仕組みは改められ、最終的には教育委員会が判断するものの、本人・保護者の意見を最大限尊重し、専門家の意見等もふまえて総合的な観点から決定する仕組みとなった。また、多様な学びの場で、障害のある子どもが他の子どもと平等に学んでいくためには、必要かつ適当な変更・調整を行うことが不可欠であり、それが「合理的配慮」として位置づけられた(※3)。インクルーシブ教育システムを構築するためのプロセスとして特別支援教育が位置づけられたと理解できる。

誰のためのインクルーシブ教育システムか

 我が国は、条約の批准により「共生社会」の実現に向けて舵を切ったわけであるが、「相次ぐ障害者ホーム反対」という報道にも接した。国では共生社会実現の一環として障害者の地域生活の支援を推進するためのグループホーム等の整備を進めているが、反対運動のために、それがとん挫している地域が少なからずあるというのである。とくにこの報道では、障害者と接する機会が少ないことがこうした動きの背景にあるのではないかという識者のコメントも紹介されていた(※4)。特別支援教育がインクルーシブ教育システムの構築に向けたプロセスであるという位置づけが、いっそう重視されていかなければならないことを痛感したニュースであった。学校は知育の場であると共に人間形成の大事な場でもある。子どもたちが将来の社会を担っていく構成員の一人であるという視点に着目すると、共生社会の形成の基礎として学校の役割は重要である。
 そして、何よりも重要なことは、インクルーシブ教育システムの構築は、障害がある子どものためだけではないということである。先の報告には「障害のある子どもにも、障害があることが周囲から認識されていないものの学習上又は生活上の困難のある子どもにも、さらにはすべての子どもにとっても、良い効果をもたらすことができる」(※5)とも記されている。例えば障害があるAさんへの「合理的配慮」は、他の子どもたちにとっても有用であるなどの利点が大いにありうる。インクルーシブ教育システムは、障害がある子どもにもない子どもにも双方に利点があるものにしていかなければならない。特に小中学校での特別支援教育ではそうした視点を大事にしたい。

インクルーシブ教育システムの構築に向けた特別支援教育の充実のために

 インクルーシブ教育の理念は、障害がある人とない人が互いにつながりあうという点では望ましいものの、専門性の継承、同じニーズのある子ども同士の交流や指導の継続という点では不安もある。インクルーシブ教育システムの構築をめざした特別支援教育ではそのことに留意して展開していくことが肝要であろう。そのためには、小中学校では、校長のリーダーシップの下、校内支援体制を確立し、地域の関係機関等との連携を深め、チームで対応していくことが必要となる。また、域内の学校が連携して共通の活動に取組むことも有効であろう。本特集ではその好事例が紹介されている。また、特別支援学校には、専門性を蓄積、継承、発展させて、真に小中学校を支援する力をつけてもらわなければならない。
 さらに、柔軟で多様な対応をしていくために、これからはICTの活用も欠かせない。ICTを有効活用することにより個別学習や協働学習がより充実したものとなる。ユニバーサルデザインという観点からもICTの活用は大いに期待できる。
 最後に、将来を見通すと、とくに通常の学級で多様な子どものニーズに的確に応えていくためには、特別支援教育支援員の充実とともに学級の規模の改善を図っていく必要があることを記しておきたい。因みにOECDの調査によると、小学校の教員に一人あたりの児童数は日本では18.1人となっているが、フルインクルージョンを建前としているイタリアは11.7人である(※6)。

 

(注)
※1:原文では「general education system」
※2:「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(報告)
※3:「体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」という前提がついているものの「合理的配慮」の否定は、障害を理由とする差別に含まれるとされていることに留意する必要がある。
※4:「相次ぐ障害者ホーム反対の背景は」
http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2014_0127.html
※5:「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(報告)
※6:Average class size, by type of institution and level of education(2011)
http://www.oecd-ilibrary.org/education/education-at-a-glance-2013/indicator-d2-what-is-the-student-teacher-ratio-and-how-big-are-classes_eag-2013-26-enico_link

 

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大内 進
国立特別支援教育総合研究所視覚障害教育研究部盲教育研究室長、教育支援部部長等を歴任。
視覚障害教育・心理、特別支援教育制度、イタリアの障害児教育などの研究に従事。
文部科学省「学びのイノベーション推進協議会」特別支援教育WG主査。