学び!とシネマ

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〈主婦〉の学校
2021.10.19
学び!とシネマ <Vol.187>
〈主婦〉の学校
二井 康雄(ふたい・やすお)

© Mús & Kött 2020

 アイスランドの首都レイキャビクに、1942年に創立された「主婦の学校」がある。主に、若い女性が、1年間、いわゆる花嫁修業をするための学校として開校した。
 映画「〈主婦〉の学校」(kinologue配給)は、この学校の今を描いた、なんともほのぼのとするドキュメンタリーだ。「主婦の学校」は、もともと、良き主婦になるために、料理や裁縫、家事一般を学ぶために開設されたが、映画を見ているうちに、いまや、必ずしもそうではないことが分かってくる。
 現在、在校している若い女性たちが語る。「主婦になるために行くのではない」、「編み物に興味があって、自宅から車で通っている」、「ハンバーガーを売る店に勤めているが、料理が好きで、ハンバーガー以外も作れるといいなあ」。
 学校には寮があり、その施設が紹介される。広くて立派なキッチンがあり、多くの食材が保管されている。
 寮の部屋で若い女性たちが話している。刺繍をやりたい、服の穴を繕いたい、ズボンのリフォームを究めたい、などなど。
 校長は女性のマルグレート・ドローセア・シグフスドッテイル先生。ほかに、刺繍や洋裁、調理、織物や編み物の担当の先生たちがいる。
 秋に学期が始まる。丸一日をかけてブルーベリーやクロベリー摘みに出かける。もちろん、ジャムなどに加工する。
 校長が語る。「ここは共学で、性別に関係なく、大事なことが学べる。掃除や料理はもちろん、環境への意識を育てる。服は修繕して着る。ズボンに穴が開いても捨てない」。
© Mús & Kött 2020 先生たちは、とにかく初歩の初歩から、さまざまなことを教える。
 学校では、今でも1年間、学ぶ。1967年に在学した美容師は言う。「祖母や母が何でもしてくれたので、じゃがいもの茹で方さえ知らなかった問題児だった。マナーの知識も役立ったし、食卓の整え方、身の振舞い方を学んだ」と振り返る。
 映画は、現在の調理や編み物などの教室の様子と、過去の教室の映像が交互に出てくる。食卓のセッティング、アイロンかけ、刺繍や編み物、消火器を使っての消火訓練など、丁寧な描写が続く。
 1997年からは、男性も入学してくる。後に環境・天然資源大臣になった男性は、「自分の面倒は自分でしたかったから」と入学の動機を語る。さらに、「料理や裁縫などを自分でしたかったから」と付け加える。「技術が身に付き、うれしい。買ったものを大事にし、長持ちさせられる。穴の開いた服など、捨てるのはもったいないよ」とも。
 父兄を招いてのパーティがある。すべて、先生の指導で、在校生が行う。服や寝具など、生徒たちが作ったものの展示もある。
 校長が振り返る。「経済危機だった2008年から2010年頃は、多くの入学志願があった。定員24名のところ、60人もの応募があった。景気が上向くと、志望者が減った」。
 校長は、礼儀作法を重視する。卒業生は「玄関での客の迎え方を始め、ふさわしい振る舞いを学んだ」と言う。
 学校は、近所の人たちに開放する日がある。コーヒー・ビュッフェが設けられ、みんなで作ったパンを売る。完売になる。
© Mús & Kött 2020 いま、寮には15名、入居できる。食べるもので余ったものは、一切、捨てない。金曜日の食事は、余ったもので作る。
 かつて、あちこちで、このような学校が多くあったらしいが、いまは、ほとんどが閉鎖しているそうだ。いまなお、このレイキャビクにある「主婦の学校」は健在である。そもそも学校は、学位を取得するだけではない。この「主婦の学校」の目標は3点。「日常生活に役立つ教育、進学のためのよい準備を提供する」、「学生が社会の様々な分野の仕事に就くための準備を提供する」、「学生は勤勉さ、自信と自発性を高めることを学ぶ」。
 昔、テレビでおもしろおかしく、若いアイドルのような女性に、野菜の皮むきや野菜を刻ませて、その手際のまずさを喜ぶような番組があった。あちこちでゴミにされる古着が目立つ。洗濯してアイロンをかければいいのに、みんなクリーニングに出す。おそらく、今も、現実は変わらないと思う。義務教育で、裁縫を学んだりしたが、ほんのわずかの時間だった。こんな学校、日本にこそ、あった方がいい。
 ちなみに、この「主婦の学校」の今の授業料は、日本円で約40万円。寮費は約6万3千円ほど。決して安くはないと思うが、長い人生を考えると、安いのではないか。
 見ていて、ほのぼのとして、深く考えさせるドキュメンタリーだった。監督は、ステファニア・トルスという女性の映像作家。これがドキュメンタリー映画のデビュー作で、日々の暮らしを大切にすることが、いかに重要かが、ひしひしと伝わってくる。
 蛇足かも知れないが、アイスランドは、選挙による、女性初の大統領を生んだ国である。性差別など、ほとんどないに等しい、いわゆるジェンダー平等の先進国である。
 学校の先生たちに、また、教育や環境問題関係の官僚、政治家たちに、この映画の感想を伺いたいものだ。

2021年10月16日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

『〈主婦〉の学校』公式Webサイト

監督・脚本・編集:ステファニア・トルス
出演:アゥスロイグ・クリスティヤンドッティル(卒業生・1947年在学)、ラグナ・フォスベルグ(卒業生・1967年在学)、ラグナル・キャルタンソン(卒業生・1997年在学)、グズムンドゥル・インギ・グズブランドソン(卒業生・1997年在学)
2020年/アイスランド/アイスランド語/ドキュメンタリー/78分/カラー/ビスタサイズ/ステレオ/DCP
原題:Húsmæðraskólinn/英題:The School of Housewives
後援:アイスランド大使館
提供・配給:kinologue