学び!とシネマ

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ユダヤ人の私
2021.11.18
学び!とシネマ <Vol.188>
ユダヤ人の私
二井 康雄(ふたい・やすお)

©2021 Blackbox Film & Medienproduktion GMBH

 3年ほど前に、「ゲッベルスと私」というドキュメンタリー映画が公開された。ナチスドイツの高官で、宣伝大臣ゲッベルスの秘書を務めていたブルンヒルデ・ポムゼルという女性の証言を記録したもので、ポムゼルが103歳のときのインタビューだった。この映画が「ホロコースト証言シリーズ」3部作の第1弾で、この「ユダヤ人の私」(サニーフィルム配給)は、第2弾である。
 映画は、マルコ・ファインゴルドという、1913年にハンガリーで生まれて、ウィーンで育ったユダヤ人男性の証言を記録したものだ。インタビューしたのは2019年で、ファインゴルドが105歳のときだった。
 映画は、ファインゴルド自身の証言で構成され、合間に多くのアーカイブ映像が挿入される。
 ファインゴルドの証言をもとに、ざっとの履歴を辿ってみよう。
 ナチスが政権をとった1913年、ファインゴルドは、兄エルンストとともにイタリアで床用ワックスなどの販売をしていた。パスポート更新でウィーンに戻った1938年、ドイツはオーストリアに侵攻、ファインゴルドはイタリアに戻れなくなる。
©2021 Blackbox Film & Medienproduktion GMBH ただユダヤ人というだけ で、迫害を受けたファインゴルドは、1939年、チェコスロヴァキアのプラハで逮捕される。ちょうど、ドイツがポーランドに侵攻した頃である。
 1939年11月、ファインゴルドは、プラハの刑務所からポーランドのクラクフにある刑務所に移送され、1941年から、アウシュヴィッツをはじめ、ドイツのあちこちにある強制収容所を転々とする。過酷な状況のなか、終戦の1945年4月まで、収容所で生き延びる。
 その間、母は病死、父は爆撃を受けた傷が原因で死亡。上の兄ナタンも死亡、兄エルンストとは、同じ収容所にいたことがあるが、1942年、安楽死関連施設で死亡している。偽名を使って、1945年までドイツにいた妹のローザは、消息不明。
 終戦後、生き延びたファインゴルドは、ユダヤ人への支援や、ナチスの犯罪を暴く講演活動を行い、ナチスに協力したオーストリアの責任を、70年以上、訴え続けていた。また、10万人ものユダヤ人難民をパレスチナに逃がした経緯も、自身の言葉で語っている。
 「国家と人は過去の過ちを忘れている」と語るファインゴルドの言葉が、重くのしかかる。
 ファインゴルドは、2019年9月、106歳で亡くなる。
 この映画を撮った、4人の監督グループの一人、クリスティアン・クレーネスは言う。「オーストリアの多くの若者は、アイヒマンやゲッベルスが何者であったか、分かっていない。いまなお、世界じゅうで、反ユダヤ主義や人種差別を目的にした暴力行為が、年々、増加している。これまで堅実だった民主主義国家が、危険な方向にゆっくりと傾き始めている」。
©2021 Blackbox Film & Medienproduktion GMBH いまの日本も、まさにそうではないか。世界で唯一、原爆の被災国なのに、憲法を変えようとし、敵を想定し、自衛力を増強し、戦争に加担しやすくなる状況を作ろうとしているように思える。
 映画で挿入されるアーカイブ映像は、1930年、ベルリンでの少年たちのボクシングの練習を描いた「ボクシングの技術」から、1961年、エルサレムでのアイヒマン裁判の一部までの全14篇。いずれも、本編と何らかの関係があっての使用だろう。映像に込められた意味を深く考えていただきたい。
 数百万人ものユダヤ人が虐殺された歴史は、さまざまな形で検証されている。映画「ユダヤ人の私」も、そのひとつに過ぎないが、マルコ・ファインゴルドや、「ゲッベルスと私」のブルンヒルデ・ポムゼルの残した証言は、永遠に語り継がれるべきだろう。
 ちなみに、この「ホロコースト証言シリーズ」の第3弾は、アウシュヴィッツで人体実験を繰り返した、ヨーゼフ・メンゲレという医者についてである。さらに、このシリーズは、まだあと2、3本、製作が予定されているようだ。
 日本は、ポツダム宣言すら、つまびらかに読んでいないという元総理大臣がいる国だ。ドイツやオーストリアは、映画というメディアを駆使して、自らの歴史を必死に検証している。見習うべきだろう。

2021年11月20日(土)より、岩波ホールにてロードショー

『ユダヤ人の私』公式Webサイト

監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、クリスティアン・ケルマー、ローランド・シュロットホーファー
製作:ブラックボックスフィルム&メディアプロダクション
オーストリア映画/2021年/114分/ドイツ語/16:9、4:3/モノクロ
日本語字幕:吉川美奈子
協力:オーストリア文化フォーラム東京
配給:サニーフィルム