学び!と共生社会

学び!と共生社会

イギリスにおける小中学校のインクルーシブ教育
2021.12.27
学び!と共生社会 <Vol.23>
イギリスにおける小中学校のインクルーシブ教育
大内 進(おおうち・すすむ)

 イギリスのインクルーシブ教育については、日本が手本としてきたこともあり、数多くの論文や文献によって紹介されています。しかしながら、それらは特別支援教育の担い手に向けたものが多く、日本の通常の小学校、中学校の先生方に、「我がこと」として読んでもらえるような内容のものは限られているようです。そこで、本稿では、小学校、中学校等の先生方に知っておいていただきたいイギリスのprimary school(日本の幼稚園・小学校)やsecondary school(日本の中学校・高等学校)でのインクルーシブ教育の要点をイギリス教育省の資料(*1)を基にお伝えしたいと思います。

障害からニーズへ

 イギリスがインクルーシブ教育に舵を切ったのは、「障害」で分類して対応するよりも一人一人の子どもの「特別な教育的ニーズ」に着目することが大事だとする内閣府の委員会の報告がきっかけでした。ウォーノック報告といわれています。これを受けた1981年の教育法において特別なニーズのある子どもの通常の学級(mainstream class)での教育の原則が宣言され、いわゆるインクルーシブ教育システムが導入されることになりました。実際には、障害やニーズのある子どもはprimary schoolやsecondary schoolの通常の学級だけでなく、special school(特別支援学校)など多様な場で学んでいます。また、primary schoolやsecondary schoolに特別学級は設置されていませんが、ニーズのある子どもが安心して過ごせる場所、落ち着いて学習に臨める場所として、「SENユニット」(Special Educational Needs Unit)を設けている学校もあります。

通常の学級におけるインクルーシブ教育を支える仕組み

 イギリスの初等学校の学級規模は、2018年のOECDのデータでは26人となっています。EU圏では最も大きい数値(EU平均:21.1人)です(*2)。日本の27.2人に近い値になっていますが、人数の多い通常の学級で多様なニーズのある子どもの教育に対応するために、以下に示すような様々な仕組みが整えられています。

ティ-チングアシスタント(TA)

 通常の学級に担任や担当の指導の下に、特別な教育的ニーズや障害のある子ども(SEND)の教科指導や休み時間、昼食時間、授業時間外の生活をサポートするスタッフが、数多く校内に配置されています。TAは教師の代行はできず、「1対1または小グループで児童生徒に合わせた教育活動を提供する」、「教師の指導の下で、特定のクラス活動を主導する」ことなど、その業務が明確に示されています。
 イギリス政府は2002年に学校の労働力改革の基準を発表し、TAを含めてサポートスタッフの労働力の活用を図っています。こうしたサポートスタッフの全スタッフに占める割合は3分の1から2分の1ほどになっており、通常の学級での教育活動に欠かせない存在になっています。

ナショナルカリキュラム

 イギリスにも日本の学習指導要領にあたるナショナルカリキュラムがあります。インクルーシブ教育が成立するためには教科の連続性が欠かせません。ナショナルカリキュラムの適用が困難な知的障害がある子どもなどのためには、Performanceスケール(Pスケール)が開発されています。これにより通常の学校における教科と知的障害児等の学習の連続性が担保され、一貫性のあるインクルーシブ教育への対応が可能となっています。なお、読み書きが困難な最重度の子どものためには、別途カリキュラムが準備されています。

SENサポートとSENCO

 通常の学級で学ぶSENDに対しては、「SENサポート」というプログラムが提供されます。「SENサポート」では、担任がSENCO(Special Educational Needs Coordinator)や外部専門家の助言を受けて保護者とともに個別教育計画を作成し、それに基づいて必要な教材や教具個々に応じた指導が行われることになります。2014年からはEducation, Health and Care (EHC) planという教育・医療・福祉機関が連携したサポートも行われるようになっています。
 SENCOは、日本でも「特別支援教育コーディネーター」として形式的に導入されていますが、イギリスではSENCOに対しても予算が投入され、人的配置と専門性の質の強化が図られています。

予算付加

 通常の学級で学ぶ特別な教育的ニーズのある子どもには、日本の教育委員会に当たる機関(LA)から付加的な予算(resourced provision)が配分されています。

広がるインクルーシブ教育

 紙面も限られており、凝縮したイギリスの状況の紹介になってしまいましたが、イギリスを参考にその仕組みが整えられた日本のインクルーシブ教育システムの構築は、まだまだ道半ばにあるといえそうです。また、インクルーシブ教育の捉え方は一様ではなく、イギリスでは「ニーズ」の概念がとらえにくいなど、その在り方を巡って論争が途切れることなく続いています。そうした中で、昨年、イングランドではLGBTインクルーシブ教育が全ての学校で義務化されたという情報も入ってきています(*3)。通常の学級で多様なニーズに対応するという基本方針は揺らいでいないようです。

*1:Special educational needs in England: January 2021
https://www.gov.uk/government/statistics/special-educational-needs-in-england-january-2021
*2:Education at a Glance 2020: OECD Indicators, Chapter D, Figure D2.3.
https://doi.org/10.1787/888934165434
*3:イギリスにおける障害のある子どもの教育について
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1306642.htm