学び!と人権

学び!と人権

女性差別と教育(その3)
2022.04.05
学び!と人権 <Vol.11>
女性差別と教育(その3)
森 実(もり・みのる)

 前回に取り上げた女性差別に関わる歴史と現状をふまえて、今回は、③ポジティブアクション、④性暴力をおもにとりあげます。差別の交差性や植民地主義との関連など、女性差別に関わって取り上げたい事柄は他にもありますが、この二つにとどめます。

③ポジティブアクション

 前回、現代の女性差別にあっては、不利益が女性に集中していると述べました。たとえば、男女の賃金格差母子家庭の貧困率 の高さなどがあります。意思決定の場に女性が少ないという問題もあります。たとえば、国会議員のなかの女性比率 や、管理職者の間での女性比率 という問題です。このような点については、幅広く「内閣府・男女共同参画推進連携会議 」が示しています。
 女性が被っている不利益状況を解消するべく、単なる機会均等ではなく、実質的な平等を達成するために取られる積極的な方策をポジティブアクション (積極的格差是正措置)と呼ぶことが多くなっています。
 ポジティブアクションの具体例としては、クオータ制 があります。これは、比率を定めてそれを特定の社会集団のために用意することです。たとえば日本の国会議員の男女比率のように、形式的に機会が平等に提供されていても、結果としては女性の比率が10%程度に止まるという場合があります。日本では、第二次世界大戦後になって女性の参政権が認められました。ですから、いま形式的には男女の平等が定められていることになります。ところが、実質的には不平等な事態があって、男女の比率には大きな格差があるのです。この原因はさまざまでしょう。たとえば、男女の性別役割分業意識が世の中に根強く存在するため、子育て期の女性は地方議員も含めて立候補しにくい。国会議員になれば、生活のかなりの部分を東京で過ごす必要があり、さらに出にくい。2世や3世の国会議員が少なからずいますが、世の中のステレオタイプでいえば、男性の方が政治家にはふさわしいと思われている面があり、そのために2世や3世の議員の多くは男性です。男性にはいわゆる地盤看板鞄が引き継がれやすい。他にもさまざまにあるでしょう。これらをすべて洗い出して変えていき女性が立候補しやすくするという方法もあります。しかし、それではどれぐらいの時間が必要なのかもわかりません。日本では、保育所建設など、女性が働きやすくなるような政策がなかなかとられません。そこで、強力にこの差を縮めるべく、国会議員の半数近くが女性になるよう比率を定めるのです。
 比率を定めるといっても、国会議員の比率を直接定めている国はさほど多くありません。たとえば比例代表制の選挙のもとで、各政党が女性と男性を交互の順番で候補者を並べます。比例代表制ですから、このようにすれば、だいたい男女が同数となります。あるいは、文教委員会や予算委員会など、国会内に設けられる委員会の男女比を定めている国もあります。これが決まっていれば、男性が多くを占める政党は、代表をその委員会に出せないことになります。それで、すべての政党について男女の議員数をほぼ同じにする傾向を促進できます。北欧などの国 では、そのようなクオータ制が進められ、最近では男女の国会議員比率がほぼ5割ずつになろうとしています。このやり方は他の国でも取り入れられようとしています。
 クオータ制は、国会議員の比率だけではなく、政府の審議会における委員の男女比や、企業における管理職の男女比にも適用されています。こうした場合には、ゴールアンドタイムテーブル方式がとられます。日本政府が、政府は、社会のあらゆる分野の指導的地位に占める女性割合を2020年までに少なくとも30%程度になるようにするという目標(ゴール)と達成予定時期(タイムテーブル)をかかげてきましたが、これなどはその例です。残念ながらこの、2020年までに30%という目標はほとんど達成されず、同じ目標を2030年までに達成すること が改めて掲げられています。
 クオータ制などについては、反対論も根強くあります。ひとつは、そもそも平等というときには「機会の平等」さえ守っていれば良いのであって、それ以上のことをするのは逆に差別になるという考え方です。この点については、法律的に日本でもクオータ制は可能です。日本が批准している女子差別撤廃条約 第4条では、「締約国が男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置をとることは、この条約に定義する差別と解してはならない」と定めています。つまり、「機会の平等」からさらに進んで「結果の平等」を追求することが定められており、ポジティブアクションを肯定し、クオータ制なども認めているということです。そして、日本の批准した条約は、憲法に次ぐ重要な法律という位置を占めます。「機会の平等」だけが平等なのだと主張する人と、日本の法律体系の基本はすでに違っているのです。日本では、「機会の平等こそ平等」と考えている人が多いので、このような理屈の面から整理する学習が必要です。「機会の平等こそ平等」という考え方は、さまざまな差別問題についてアンコンシャスバイアス となっているのです。
 ポジティブアクションやアファーマティブアクション、同和対策事業や障害者への合理的配慮など、「機会の平等」からさらに進んで「結果の平等」を求める政策についての反対は、上の、「機会の平等こそが平等」という考え方が根っこにあることが多いのですが、そのさらに根っこには、被差別者が不利益を被っているという実感を持てないという問題もあります。こちらについても、学習を深めるときには大きなポイントになります。わたしが大学の授業でこの点に取り組もうとするときには、たとえば「貿易ゲーム 」をしてきました。貿易ゲームは1980年頃につくられたゲームで、これを通して南北の不平等を体験的・実感的に学ぶことができます。また、所持金に格差のあるオークション「オークション体験で考える平等 」も行ってきました。最近では、紙を丸めて教室前に置いてある箱に入れてもらうという学習方法 があります。
 差別を受けていない側は、自分の有利さになかなか気づけないものです。これに気づくには、上のような体験とともに、この連載の第9回でも触れた「特権 」という概念を差別論との関わりで学ぶことが必要です。このような点については、大阪多様性教育ネットワークや出口真紀子さんの所論が参考になります。
 ポジティブアクションや「結果の平等」をめぐる議論は、女性差別にとどまらず、今日的な差別論を考えるときに重要なポイントとなります。この点を抜きにして不平等論の学習はありえないといっても良いほどです。小学校ではともかく、中学校では間違いなくこの点について学ぶことが求められます。

④性暴力をなくすために

 日本政府の男女共同参画局のウェブサイト によれば、「望まない性的な行為は、性的な暴力にあたります」とされています。性暴力をめぐる取り組みは、以前からありましたが、とくに1970年頃から進んできました。1990年代になると、理論や概念の面でも整理されるようになりました。近年になって、法律改正を始め政府の動きが進んでいます。
 性暴力については、政府でも取り組みを進めており、2001年に内閣府男女共同参画室のもとに「女性に対する暴力に関する専門調査会 」が設置され、「若年層を対象とした性的な暴力の啓発 」(内閣府男女共同参画室、2017年3月)などの報告を出しています。
 2018年に刑法が110年ぶりに改正 され、性犯罪に関連する規定がさまざまに変化しました。「強姦罪」が「強制性交等罪」となり、被害者の性別を問わないものとなりました。また、法定刑の下限は3年だったのが5年となり厳罰化されました。さらに、以前は「親告罪」とされていて被害者本人が告訴しなければ起訴できませんでしたが、「非親告罪」となりました。監護者による子どもへの性的虐待は暴行や脅迫がなくても処罰化されるようになりました。それでも、さまざまな課題が残っています。
 電車内での痴漢に関わって、女性専用車両が導入されています。これをめぐって「男性専用車両がないのはおかしい」などという批判が出てきたりします。この問題を考えるときには、痴漢被害の広がりや歴史的経過をふまえる 必要があります。また、痴漢冤罪についての誤解や誤報 があります。女性専用車両の導入は、女性団体が求めたものではなく、「痴漢根絶」という要望に対して電鉄会社がとった対処でした。「痴漢根絶」という目標からは遠いかもしれませんが、一つの前進ではあります。今後、より強力な対策が求められています。
 性暴力に関連して取り上げておきたいのは、二次加害という問題です。ここでいう二次加害とは、性暴力の被害に遭った人が誰かにその話をしたときに相手方がさらに追い打ちをかけるような言動を返したりすることをさします。同じ問題を被害側に力点を置いて論じるとき、二次被害 という言葉が使われます。1990年代のこと、中学生がクラブ顧問の教員から性暴力を受け、それを訴えました。このことがマスコミで報道され、顧問教員はその学校をやめました。これに対して同じクラブの保護者などからも「あなたのせいであの先生がいられなくなった」などと被害者を責める声が出されました。このように、被害を訴えた人が逆に攻撃されるという問題です。この傾向は、ネット社会が広がって一層ひどくなっているといえます。近年注目されているテーマの一つは男性の性被害 であり、それに対する二次加害 という問題ですが、この問題についても、女性の性暴力被害に関わる二次加害の捉え方が土台となります。
 このような問題とも関連して、国連で『国際セクシュアリティ教育ガイダンス 』が2018年に改訂されました。特にそのなかの「4.暴力と安全確保 」は、性暴力問題との関連が深く、性教育の実施に当たって参照されるべき内容を含んでいます。

 この連載の第9回に紹介したジェンダーギャップ指数で、アイスランド は10年以上にわたってトップを続けています。性暴力への取り組みやLGBTQに関わる動きなどでも注目すべき事柄があります。女性差別克服に関連してこの国の歴史を学ぶと、いろいろなことを考える手がかりが得られます。

就任当時、同性愛者であることを公表したアイスランドのシグルザルドッティル首相(右)とパートナー。氏は同国初の女性首相(2009年)

【参考・引用文献】
・財務省ウェブサイト 財務総合政策研究所資料
・独立行政法人労働政策研究・研修機構資料
・朝日新聞デジタル「女性議員の割合、日本は166位 世界平均は倍増25%」(2021.3.6)
・ウーマンズ・ワークライフウェブサイト「女性管理職とは。現状と課題 ~メリットとデメリット」(2017.8.11)
・内閣府男女共同参画局ウェブサイト
・BAZAARウェブサイト「『クオータ制』についてわかりやすく解説!導入した国の成功例もみてみよう」(2021.10.8)
・事業構想ウェブサイト 三井マリ子氏(女性政策研究課)「女性の政治参加 ダイバーシティあふれるノルウェー議会に学ぶ」(2018.11)
・毎日新聞ウェブサイト「女性管理職3割目標 「20年30%」から「30年まで」に先送りへ 政府」(2020.6.26)
・外務省ウェブサイト
・東京都人権啓発センターウェブサイト 人権情報誌「TOKYO人権」「自由貿易にまつわる人権を学ぶ“開発教育”「貿易ゲーム」で世界経済の問題を疑似体験」(2017.2.28)
・大阪府ウェブサイト
・マガジンハウスウェブサイト「差別や人権の問題を『個人の心の持ち方』に負わせすぎなのかもしれない。 『マジョリティの特権を可視化する』イベントレポート」(2021.6.24)
・東京人権啓発企業連絡会ウェブサイト 出口真紀子氏(上智大学教授)「マジョリティの特権を可視化する~差別を自分ごととしてとらえるために~」(2020.7)
・NHKウェブサイト「性犯罪に関する刑法~110年ぶりの改正と残された課題」(2018.10.22)、「あなたはひとりじゃない~性被害に遭った男性たちへ~」(2021.6.24)、「荻上チキさんと考える #男性の性被害 “セカンドレイプ”をなくすために」(2021.7.9)
・PRESIDENTオンライン 牧野雅子氏(龍谷大学犯罪学研究センター博士研究員)「痴漢問題はなぜ「冤罪被害」ばかり語られるのか女性を「嘘つき」と罵る冤罪論者たち」(2019.12.18)
・警察庁ウェブサイト
・SEXOLOGYウェブサイト
・Guide to Icelandウェブサイト