学び!と人権

学び!と人権

女性差別と教育(その2)
2022.03.07
学び!と人権 <Vol.10>
女性差別と教育(その2)
森 実(もり・みのる)

 女性差別について学ぶうえで、他の人権課題とも関連して特に重要なテーマとなるのは、①女性差別の歴史、②いまの社会の女性差別、③ポジティブアクション、④性暴力などでしょう。今回と次回では、この4種類のテーマについて学習するうえでのポイントを提案してみたいと思います。今回は、①の歴史と、②のいまの社会の女性差別という二つについて論じます。次回には、③④に進む予定です。

①女性差別の歴史

 女性差別の歴史は、古代から考えるべきかもしれませんが、ここでは、現代とのつながりや他の差別問題とのつながりを念頭に置いて、明治維新以後の歴史を論じポイントを整理するよう努めます。日本では明治維新以後「富国強兵」などの政策が進められ、女性差別だけではなく、さまざまな差別が強化されました。この点は、この連載の第9回でも述べたとおりです。
 「富国強兵」とは「国を富ませ、軍事力を増強していく」という意味です。「富国」とは「経済を発展させること」という意味のはずですが、実際には財閥と地主を豊かにしました。
 「富国」と一体だったのが「貧民化」です。これは、侵略を進めるうえで不可欠の要素でした。松方デフレ政策だけではなく、諸施策の影響により農民は生活を圧迫され、土地を売って小作農になったり、都会に出て労働者になったりしました。国民が貧しいのですから、ものをつくっても国内で売れる可能性は低いことになります。<資源も乏しい国だから、資源と市場を求めて海外に出るしかない。国民であるわたしたちは貧しい生活を余儀なくされているが、それはやむを得ないのだ。日本の生きる道は戦争以外にない。>そう思ってこそ、「生活を豊かにするには海外へ」という発想になりやすいといえます。1936年に起こった2・26事件のときの青年将校たちは、昭和恐慌にあえぐ貧しい農村の若者たちが多かったといいます。
 「富国強兵」策の土台として、徴税、学制、兵役の三つがあります。学制は、1872年に発布されました。江戸時代の寺子屋では近代的工業や近代的軍隊に適合する人は育たないということで、学制が導入されたのです。1873年には地租改正が行われました。江戸時代の税制は物納で、生産高に応じて増減しました。それでは国の財政を安定して確保できないと、たとえ凶作の年であっても地価の3%を毎年貨幣で納税することとしたのです。徴兵制に象徴される兵制改革も重要でした。江戸時代には、武士のみが武器を持って闘うことを認められていました。近代的軍隊を創るためとして、国民皆兵を進め、徴兵制度を敷きました。これらすべてが、さきにのべたような国づくりに役立ちました。学校では、工場労働に向くよう、正確な時間単位で動くことが大切にされました。遠足のように、軍隊の行軍の練習として学校に導入された行事もあります。運動会などの行進練習は、軍隊として動くための準備でした。農業をするなら、号令に従って分単位で動く必要はありません。国民は、地租改正反対一揆をはじめ、全国各地でこうした政策に反対を唱えて立ち上がりました。
 財閥と地主を富ませ、国民を貧しくして、海外侵略を進めるという政策は、明治時代になって以後、10年に一度は内戦や海外侵略戦争を起こすという結果につながりました。貧しい農村からすると、「富国強兵」を前提に考え、自分たちが生き残るには、海外侵略をしてそこに移り住み、農業などを広げていくしか道はないという発想に導かれた人たちもいました。あくまで「富国強兵」を前提にすれば、ということです。
 この政策が、日本という国を破綻させ、国土を荒れさせて終わったことは、よく知られています。第二次世界大戦に突入し、アメリカ軍などの攻撃を受けて、日本は焦土と化しました。
 このような一連の過程と女性差別の強化は、結びついて進みました。江戸時代までの日本は、当時海外から日本に来ていた宣教師や外交官によると、ヨーロッパと比べて男女平等だったといわれます。これが明治時代に変わります。それまでは武士の世界における価値観だった「三従の教え」などがすべての国民に求められ、民法などによって家父長制が法制化されていきます。明治の民法のもとでは、女性に親権は認められていませんでした。詩人の金子みすゞ も夫から離婚を言い渡され、娘を夫にとられそうになって、抗議の自死をしました。「男性は外で働き、女性は家で家事・育児」という男女の役割分業論は、戦時には「男性は戦争に出向き、女性は銃後で国を守る」となりました。男らしさが強調され、天皇の「御真影」 は髭を伸ばし、軍服を着た姿となっています。明治天皇は、江戸時代の間は眉や髭を剃り、顔におしろいを塗って暮らしていました。それが明治時代に入って、髭を伸ばし、軍服を着て描かれ、それが全国の学校に配られたのです。これが男らしさの象徴とされました。
 第二次世界大戦後、連合国は、このような国のあり方を問題にし、日本が二度と侵略国家にならないように財閥解体や農地改革などの政策を打ち出しました。また、国民主権(主権在民)、基本的人権の尊重、平和主義という三原則に立った憲法制定(改正)を支援しました。その中には、婦人参政権をはじめ男女の平等が定められています。

②いまの社会の女性差別

 現代の女性差別について学んで議論をし始めると、学習者の年齢や経験にもよりますが、女性差別の有無などが話題になることがあります。大学で取り上げた経験で言えば、「男と女は生物として違いがあるのだから、そもそも平等にすることはできない」とか、「男性差別もある」とか、「男も大変なんだ」とか、「女性差別反対を主張する人は言い方に問題がある」など、さまざまな意見が出てきます。このようなことを考慮するとき、女性差別をめぐる社会的状況に関する事実 から入ることには意味があります。
 そこで参考となるのがジェンダーギャップ指数です。前回紹介したジェンダーギャップ指数は、小学校高学年以上で学ぶなら、早い段階で資料として提供できるものです。世界経済フォーラム という経済団体によって指摘されていることであり、その影響も大きいといえます。日本政府も 、ある程度はジェンダーギャップ指数を意識して政策を立てるようになってきています。もっとも、政府は、目標を立てても、なかなかそれを達成できないでいるのが現状です。なぜそうなるのかが問題です。
 ジェンダーギャップ指数を取り上げることにより、「いったいなぜ日本が女性差別の度合いで世界でも120位の低い国とされているのだろう」という疑問は抱くことができます。この疑問をしっかりと抱くことができれば、そこから自分たちの周りを確かめる方向へとつないでいきやすくなります。日本の政治や経済、労働や教育など、さまざまな領域における事実を子どもたち自身で確かめていくことにつなぎたいものです。
 なお、ジェンダーギャップ指数(GGI)を紹介するときには、他にも、「ジェンダー開発指数 」(GDI)や「ジェンダー・エンパワーメント指数 」(GEM)、「ジェンダー不平等指数 」(GII)や「社会制度・ジェンダー指数 」(SIGI)もあることを知っておいた方がよいですし、必要に応じてそれらでの日本の順位などを学習者に紹介しておくこともあってしかるべきです。ちなみに「ジェンダー開発指数 」(GDI)でみると、日本は167カ国中55位(2020年12月16日発表)となっています。「ジェンダー不平等指数 」(GII)では、162カ国中24位(2020年12月15日発表)です。つまり、日本はジェンダーギャップ指数以外では、そこそこの順位にとどまっているということです。では、この三つの指数にはどのような違いがあって、なぜジェンダーギャップ指数を基本に考えようとするのかが問われます。少なくとも教員は、このあたりを認識しておく必要があります。

G7男女共同参画サミットに参加した各国の代表(2017年、イタリア)

 ジェンダーギャップ指数を出発点に調べて見えてくるのは、日本社会が、女性に不利益が集中している社会だということです。2018年8月、入試得点を操作して女性の合格率を低く抑えてきた医科大学のあることが発覚しました。それを報じた新聞記事などでは、「医師の長時間労働が背景に 」あったと述べています。いまの医師の長時間労働を前提にすれば、子育てなどと両立させることが困難です。男女の性別役割分業を前提にすると、女性は結婚や出産をきっかけにやめる可能性が高い。だから、家事・育児は女性に任せて男性に医師になってもらうことが必要だ。そういう論理から女性差別が正当化されたのだというのです。言い換えれば、長時間労働を維持することと女性差別はセットになっていたということです。
 医学界だけではありません。日本の産業界全体でも同様の問題 が指摘されています。特に1980年代以来、1986年に労働者派遣法 が制定されるなどして非正規労働が急速に増え、特に女性の間に広がりました。社会に競争が広がるもとで追い込まれた人たちが増えていき、女性に期待されてきたのは、家庭や地域でそういう人たちのケア活動をすることです。その一方で正社員が絞られていき、長時間労働を求められてきました。これは悪循環をもたらしています。正社員の長時間労働を前提にし、年功序列や終身雇用などで一つの企業への縛りを強くする。男性が多くを占める正社員は、能力を発揮して業績を上げるよりもお互いの気持ちを大切にする人間関係重視の発想を強めていく。人間関係が「得意」で「空気を読める」人間の方が重宝される。こうして、能力を発揮するより、人がもたれ合う傾向が強まり、企業としての生産性は低下 する。「女子力 」という発想もこういう組織のあり方に合致します。経済活動で必要なスキルも、企業を超えて社会的に標準化されている度合いが少なく、結局同一価値労働同一賃金 が実現しにくい。女性差別とこうした企業の体質が一体化して、ますます女性を排除する。力と意欲のある女性は、こういう企業では管理職になりにくく、力を認められないことから退社しやすくなる。その一方で、女性の人材は、福祉やケアに関わる領域などで低賃金労働者として働くようになり、それでも社会的な問題状況を解決するには至らない。安心して子どもを産み育てにくい環境のため、子どもの数が減っていく。企業はますます生産性を低下させる。結果として日本社会は経済的に沈没していく。このような社会のあり方が、男女をともに追い込んでいるといえます。
 これは、いつか来た道ではないでしょうか。明治時代に入って「富国強兵」をスローガンに、財閥や地主など一部の人を富ませ、国民の多くを貧困化させていった。侵略しなければ自分たちの暮らしも良くならないと思い込む。だから、政府の進める戦争・侵略政策を支持する。それによってますます財閥や地主などが豊かになり、国民の多くは貧しくなる。そして戦争に突入し、最後は焼け野原になって終わった。敗戦によってようやく、社会の体質とも言える仕組みを変えることができた。
 ところが、第二次世界大戦の敗戦により仕組みを改善したはずの日本では、また社会的な価値観や仕組みにより問題状況が生まれ、それに縛られている限り問題状況を抜け出せなくなっているということです。長時間労働と多くの人たちの不安定労働を前提にした産業構造が、日本社会を縛り付けています。現代日本でのアンコンシャス・バイアス として最も大きいものの一つは、これではないでしょうか。さまざまな人の力を生かせる社会を創れるかどうかにより、日本の未来が変わるでしょう。そして、そのような方向に向けての変化も現れています。

 ジェンダーについて考えるには、まず、①女性に不利益が集中しているという事実を明らかにすることです。次いで、②そのことにより男性も追い込まれていることを示すことが必要です。そこから③それらの土台にあって人びとを追い込む重石のようになっている仕組みを変えていこうとすることへとつなぎます。①と②の順番を間違えると混乱が広がります。
 こうして、経済面から見たときに現在の女性差別の土台にある仕組みとは、長時間労働と不安定な非正規労働であり、同一価値労働同一賃金から遠い賃金体系です。そして、それらを正当化する役割を果たしているのは家父長制や性別役割分業です。これらを乗り越えて行けるかどうかが、現代日本の大きな課題だといえます。

【参考・引用文献】
・金子みすゞ記念館ウェブサイト
・日本文教出版ウェブマガジン 大濱 哲也氏(北海学園大学)「学びと!歴史」(2007.11)
・内閣府男女共同参画局ウェブサイト
・世界経済フォーラムウェブサイト
・厚生労働省ウェブサイト
・国連開発計画駐日代表事務所ウェブサイト
・OECD開発センターウェブサイト
・国連開発計画人間開発報告書(2022)
・朝日学生新聞社ウェブサイト(2018.9.2)
・独立行政法人経済産業研究所ウェブサイト 山口 一男氏(客員研究員)「日本的雇用システムが女性の活躍を阻む理由」(2014.12)
・Manpower Clipウェブマガジン 岡 佳伸氏(特定社会保険労務士)「労働者派遣法とは? 2021年4月改正までの派遣法の歴史」(2021.5.25)
・Start ITウェブマガジン「日本の労働生産性を低下させる原因と生産性が低い会社の共通点とは?」(2019.6.13)
・朝日新聞デジタル フォーラム「女子力って?」(募集期間2016年12月26日~2017年1月24日14時 計1621回答)
・情報産業労働組合連合会ウェブサイト 朝倉 むつ子氏(早稲田大学教授) 特集「格差是正をもっと前へ「同一労働同一賃金」「同一価値労働同一賃金」へ「基本給」に踏み込んだ議論を」(2016.7.19)
・株式会社クオリアウェブサイト「アンコンシャス・バイアスとは? 事例と対処法」