学び!と美術

学び!と美術

美術鑑賞の現在地 後編(2010~) 第4回「ビジネスと美術鑑賞(3)対談:アートのある生活という『動き』」
2022.04.11
学び!と美術 <Vol.116>
美術鑑賞の現在地 後編(2010~) 第4回「ビジネスと美術鑑賞(3)対談:アートのある生活という『動き』」
奥村 高明(おくむら・たかあき)

株式会社MAGUS 代表取締役
上坂真人
筆者

 企業の力で日本をアートで素敵にするためには、確かな企業戦略が必要と力強く語る上坂さん。対談の後編では新たに立ち上げたMAGUSについて語ってもらいます。

MAGUS設立の願い

筆者:以前シンガポールに調査に行ったときに、美術館で幼稚園生が英語でディスカッションしている姿を見たんですね。思わずその時、20年後、この子たちが大人になったときに、日本人は勝てるのかなと不安になってしまいました。
上坂:英語問題もありますが、それよりも、欧米もアジアも、ほとんどの国は、子どもの頃から「アートについて語る」教育です。そして、アートの専門教育機関での大事な学習内容は「アート作品を言葉で主張する事」です。村上隆さんも相当書いていますが、皆さんの周囲に、海外のアート大学経験者がいたら聞いてください。皆さん言います。「海外と日本のアート教育は全然違う」って。決定的に違うんです。変革以前のステップなんです。
 「人々がアーティストと語り合う」
 「メディアがアートを多面的に批評する」
 「素敵なギャラリーやアートフェアで作品を買う」
 「富裕層がアートを購入する」
 「住まい、オフィス、商業の各空間がきちんとしたアートで彩る(普通の映画の中で見ることができます)」
 「来訪者とアートについて語り合う」
 「自国文化を語る事が日常……」など
 このようなギャップが結局、日本の文化や経済など様々な停滞につながっているのでしょう。似たような社会制度なのに、北欧や米英、中国などと比べると、明らかに文化への時間の使い方、スタンス、保有欲、関連ビジネスも見劣りというか選択肢に入っていませんね。たぶん、美術館に行くスタンスが違います。
 MAGUSを設立したのは、2021年3月です。生活提案、流通、空間、教育、メディア、批評などいろいろなところにあるギャップをつなぎ、アートに働きかけることで、日本をもう少し素敵にしようという事で始めました。この趣旨で、寺田倉庫、三菱地所、TSIホールディングス、東急の4社が2億円以上を出すのは素敵ですよね。
 ちなみに、行政には頼りません。民間で……です。
筆者:なるほど。アートのギャップに目を向けて、そこからいろんな事を起こしていく、それがMAGUSという感じでしょうか。まだ設立間もないですが、どのような事業に取り組んでいるのですか?
上坂:すべて実験とも言えますし、やってみて柔軟に変わりますが、まずは、アート教育、アートトレード、メディアの順でお話しましょう。

MAGUSアートスクール(※1)

上坂:2021年8月~10月に、個人向け事業として、MAGUSアートスクールを立ち上げました。奥村さんにも講師として登場してもらいましたよね。
筆者:ええ、「アートが育む感性とは?」というお題でした。でも、「アートが感性を育てるかもしれないけれども、証明されていないし、そもそも感性のためにアートがあるわけじゃない」と言ってしまいました。そして、「生存価」の観点から、アートはアートであることを大切にした方がいいし、アートの縁起に参加するという考え方の方がうまくいくのではないかという話をしました。
上坂:ええ、「アートはこんな感性を育てる!」と力強く言ってほしかったのですが……やはり期待を裏切ってくれました(笑)。もちろんいい意味です。
 なぜなら、このスクールは、分かっていることを教える学校ではないからです。教育や美術などの講師は3名のみにしました。その他は、医師、歴史学者、地球科学者、社会学者、僧侶、小説家、法律家、銀行、ジャーナリストなどから多様な視点で語ってもらいました。
 実は、これ以降、企業からのアートセミナーの話がたくさん来るようになりました。大手企業の若きエリート(たった8人の新規事業チーム)向けだったり、対法人営業向けやカード会社のVIP向けだったり……そこではもっと踏み込んだ内容にしています。例えば、海外美術館広報、海外アートフェア出展ギャラリスト、海外オークショニアなど世界でアートの実務で取り組んでいる人々の話ですね。
筆者:それは、聞いてみたいなあ! 最近、盛んに行われるようになったビジネスとアートに関する企画や研修会は「主催者側(美術館や美術教育など)が保有しているノウハウを提供する」という形が多いです。でも、主催者側の視野が狭かったり、既存の概念のままだったりすると、その問題点の再生産になってしまいます。
上坂:それは避けたいですね。日本における最近の動きを考えれば、既存の教育が求められているわけではないのです。例えば、現代アートのニュースは増えているし、最近ではNFT等の価格面での報道が相次いでいます。また、若い人や富裕層はアートを実際に購入しています。
 私はよく「買った後にどうしたらいい?」「保存は、修復は、相続が、税金は?」と尋ねられます。「個人美術館をつくりたい」「世界のアートマーケットが知りたい」「オークションに参加したい」などの積極的な声もあるんですよ。このような声に対応できる教育の場が必要だと思います。

CADAN ROPPONGI presented by Audi(※2)

上坂:法人向けには、2021年10月~11月、期間限定のギャラリーを六本木ヒルズのヒルズカフェにつくりました。ギャラリーの資金を出したのはAudi、作品を提供したのは日本の信頼できるアートギャラリー集団「日本現代美術商協会」です。そしてメガバンク、証券PB部、百貨店外商、カード会社などが、それぞれの「顧客」から、このところのセミナー等でアートに関心を持ち始めた「顧客」を呼んでくれました。
 公開対談では、普通は知られていないアートコレクターが、「アートを買う愉しさ」について語りました。また、米国のナショナル・ギャラリーに多数の現代アートのコレクションを寄付した夫妻のドキュメンタリー映画「Herb & Dorothy」も上映して、コレクションについて考えてもらいました。
 結果として、参加企業には新しい「顧客」と接する場を提供し、アーティストには作品の売却を通して利益を還元することができたかなと思います。
筆者:ギャラリーを通してコレクター同士が交流したり、買い方を知ったりするわけですね。それぞれの企業論理に閉じ込められた「顧客」をアートによって開くというか、新しい消費者の開発というねらいもあるのではないですか?
上坂:そうですね。複数の企業が「買う」視点でアートを観る機会がないというのは、本当に世界の常識とかけ離れていると思います。企業がアートを通してつながり合ったり、「顧客」を見直したりするという視点も、これまでなかったでしょう。
筆者:期間中にギャラリーに訪れましたが、オープンな雰囲気で、明るくて、「コアなファンが個展に集まって作品を購入する」という感じではありませんでした。二層、三層に色が動く作品はNFTでの販売でしたけど、相当ほしくなって……かなり心が動きました。やはり「買える」という条件で作品を観ると、その作品を「どこに置こうか」「どう活用しようか」と意識が変わりますよね。
上坂:世界では常識の愉しさです。海外旅行に行く、ジャズに親しむ、ちょっと服でおしゃれする……のと同じなんですよ。楽しみが。そして、知人がうらやんでくれたり、友人との会話が弾んだりする。そして、それがかっこいいと分かれば、人はエネルギーとお金を割きます。
 でも、これまで日本では「どこで、何を買ったらいいの?」「アーティストと直接話したい!」という層にアプローチしてこなかったのでしょうね。そのような人々は、いまだに誰を信じればいいのか分からないし、どのような情報をもとにすればいいのか分からないままの状態におかれていると思います。そこで世界の愉しさを伝える。いわば、明治維新です!
筆者:そこで立ち上げたのが国際メディア「ARTnews JAPAN」ですね。

「ARTnews JAPAN」(※3)

上坂:「ARTnews」は、1904年創刊のアメリカの老舗アートメディアです。「ARTnews JAPAN」はその信頼性をもとに、2022年1月にスタートしました。Webマガジンとニューズレターとたくさんのイベント、企業との共同事業(ギャラリー、イベント、教育)を通して、読者と世界を接続したいと考えています。
 例えば、「ARTnews USA」の全訳記事を毎日1本提供して、世界のアートシーンの愉しさとビジネス度を具体的に伝えます。UBSなど世界的な銀行のアートレポートの概要も紹介します。奥村さんはご覧になったことありますか?
筆者:どちらもNoです。うっすら情報として知っているだけですね。私の場合、美術や美術教育とかに偏っていますし、そもそも、そのような情報にアクセスする手段を持っていません。
上坂:日本では、アート情報に偏りがあるのが現状です。世界では、まず企業が乗り出すための数字がたくさんあります。UBSは毎年300ページのデータです。富裕層の中のアートへの関心と超具体的な用途等々、まあHPで見てください。膨大なデータが公開されています。JPMorgan、AXA……。この事実を日本の企業は知らないわけです。アメリカの大手美術館には営業が10人くらいいます。各美術館ごとにですよ。そして、数値で企業を口説きます。
 世界のアートに関するマーケティングやブランディングの具体事例を紹介したり、日本のビジネスパーソンにとってのアートを考えたりするメディアもありませんでした。世の中にたくさんいるアートコレクターが直接語る場もなかったのです。それでは企業も戦略を立てようがないですよね。「ARTnews JAPAN」はそこを担います。
 ただし、単なる情報提供で終わるつもりはありません。「ARTnews JAPAN」を通して、日本から世界に向けたアーティストやアート情報の発信も行いたいし、ワークショップや交流会を通して、アートコレクターやトップコレクター、既存の美術関係の人脈、文化人やタレント、さらに、ファッション企業、航空会社、銀行、証券など様々な人々や組織などをつなぎたいです。
筆者:情報提供だけでは、因果で終わりますが、そうではなくて、直接、縁起を起こしていこうというわけですね。具体的にはどのようなことを行うのですか?
上坂:分かりやすいところで言えば、「ARTnews JAPAN CLUB」では、リベラルアーツ講座、現代アート体験ツアー、アートコレクター・トーク、アーティストとの交流会、企業戦略としてのアートを考えるセミナー、アートとファッションを研究するワークショップなどを行う予定です。
 他には、個人宅のキュレーションや美術館の貸し切りも提案したいし、顧客に向けたアート購入のアドバイスや、アーティストが個人向け制作をする手伝いなどもしたいですね。サザビーズやクリスティーズでオークションを体験したり、トレードフェアの海外ツアーも楽しいでしょう。でも、トップコレクターから、2000万人ともいわれる美術鑑賞人口までを視野に入れれば、まだまだいろんなことができそうです。
筆者:上坂さんの仕掛けは、それが終わったら「おしまい!」ではなくて、その先も物事が転がっていく感じがします。
 そういえば、先日、上坂さんの紹介で、都市再開発チームに講義とワークショップを行いましたが、あれも具体策の一つなのでしょうね。面白かったのは、そこでの反応や質問などがこれまでと違うことでした。例えば、こんな感想をもらいました。
 「私は、仕事をしながら、アートとエンタメは何が違うのだろうとずっと考えていました。分かったのは、エンタメは単なる因果の提供だけど、アートはそうじゃないんだなということです。すごく腑に落ちました」
 この方は、アートにもエンタメにも仕事で関わっていて、そこで悩んでいたようなんですね。こういう感想はこれまでもらったことがなかったので、とても勉強になりました。
上坂:今までのように、何か一つの事業を行って満足したり、既存のノウハウで収斂したりしているだけではダメなのです。横に、縦に、つなげていって、人や企業を動かしていかないと。だってアートは「社会や文化、経済も含めたダイナミックな『動き』(※4)」なんですから。
 MAGUSとしては、すでに様々な企業に対する経営戦略や事業企画の提案、国際的なブランディング、顧客へのセミナー、社員教育などを始めています。将来的には「世界標準のインターナショナルアートスクール」や「世界への出口があるアートアワード」も立ち上げるつもりですよ。
筆者:上坂さんのお話を伺っていると、そのダイナミックな方向性に目が回ってしまいそうです。また、今回、特に心に残ったのは、冒頭の「すべて実験とも言えますし、やってみて柔軟に変わります」という言葉です。
 それは、小学校図画工作の造形遊びの考え方と同じなんですね。教育とビジネス、まったく異なる実践なのだけれども、基礎の部分で互いに共通性をもつということは、そこに大事なことというか、真髄があるような気がしました。
 2回にわたった対談ありがとうございます。

※1:MAGUS NEWS『MAGUSアートスクール(プレ版)開校のお知らせ』
https://magus-corp.jp/news/1.html
※2:美術手帖『アートが身近にある生活を。「CADAN ROPPONGI presented by Audi」が六本木ヒルズでスタート』
https://bijutsutecho.com/magazine/news/report/24724
※3:『ARTnews JAPAN』
https://artnewsjapan.com/
※4:上坂真人『学び!と美術<Vol.115> 美術鑑賞の現在地 後編(2010~) 第3回「ビジネスと美術鑑賞(2)対談:アートの動き」』より
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/art/art115/